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石板

「先生、昨年の魔物処理の予算概要をまとめておきました。

 国からの補助がないとやっぱきついですね。

 もうちょっと報酬貰ってもいいんじゃないですか?」


そう言って俺は先生に書類を渡す。


「その厳しい予算でやりくりするのが私たちの仕事だ。

 まだ切れるところがあるのではないか?

 君は頭がいいのだから人員配送の効率を考えたり、できることを考えてからそういうことを言ってきてくれ」


もう何回も同じようなやり取りをしてるな。

思ったほど教会ってお金ないのね。




10歳になったルーデルハインです。ごきげんよう。


俺は貴族としての地位を失い、この教会で見習い神職として日々の仕事に追われている毎日です。

あの事件以来、教会に住み込みで働くようになってもう3年ですか。

あっという間だったな。


あの事件のことはしばらく王都でも話題になっていたようで、当時は毎日針の筵状態でした。


フルスエンデ家は領地を返納し法衣貴族としてまだ存在しているそうです。

働いていた人たちは、一部は残っているみたいですが、残せる余裕が無くなった方たちは縁のあった貴族家で働けることになったそうです。


法衣男爵家となりお爺様は騎士団長から引退。

武術教官として騎士団には残っているそうです。

ランドさんは騎士団に復帰して事務方として働いているそうです。


お爺様、お婆様ごめんなさい。

こんな俺のせいで由緒あるフルスエンデ家がこんなことになってしまうなんて。



頭の冠錠は取って貰えました。

2年目くらいでこの生活にも慣れ、世間の噂も落ち着いたころですかね。

かゆかったので嬉しかったです。


外す際は俺がいきなり魔法を使って暴れださないか、十人くらいの神職と騎士団の人が呼ばれていました。

いや、そんな馬鹿な事しませんよ。

これ以上、家には迷惑かけられませんって!


まぁ、危険人物扱いは今も大して変わっていないかな。

いまだに俺が大きな声を出したりすると、守衛さんが来る時があるもん。




で、今俺がしているのは先生のお手伝いなんですが。

これがもうめちゃくちゃ忙しい。


こんな仕事をこれまで一人でしてたのかこの人は?ってくらい最初は忙しかった。



具体的に言うと


この世界には魔物がいます。

魔物はどこからか生まれてきます。

その魔物を冒険者や騎士団が倒します。

倒すと魔石や素材が手に入ります。


で、その魔石や素材は使えるものは利用しますが、大半の部分が残ります。

魔物によっては素材として全く使えないものもいます。

魔石も使用済みのものは廃棄物として残ります。


そう、ゴミ問題である。


教会はゴミ処理事業も手がけているのでした。

しかも格安で。


国がやんないの?と思う人もいるかもしれません。

その場合もあるんですけど、基本は焼却処分になるわけですよ。

焼却場もあるが、それは街の中にある。


街道沿いで倒された魔物など街から離れた所で倒された魔物は、一部は獣に食べられますが。

残る場合がけっこうあるのです。魔物はなぜか魔物の肉を食べないしね。


残しておくと腐って疫病の元になっても困るし、景観も悪いです。

割れ窓理論がこの世界にあるかどうかはわかりませんが、治安も悪くなるみたい。


それを焼却しに行く神職を派遣するのが教会の仕事になる。


神職がパーティにいる場合もありますが、基本魔法使いの神職は役に立ちませんし、

いても回復で魔力を使ってしまうので焼却まで手がまわりません。



その処理が結構な数なんですよね。

それだけ冒険者の数も、被害も多いという事です。

特に最近はその数がますます増えていっていますし。


まぁなんにせよジェキル先生がその担当だったわけです。

こんなの一人でやってたらいつかパンクすると思っていたところに、使えそうなバカが一人いると。

そういうことで先生の仕事を手伝う助手をしているというわけです。



「ルーデルハイン。

 そこにある私の決裁印が済んだものを出納局に持って行ってくれないかね。

 今年の予算にまだ間に合うだろう。

 私は今から君の作った資料を読んでおくから、頼んだよ」


「はい、わかりました。行ってまいります」


俺はすぐに資料をもって部屋を出た。


先生は資料読み出すと長いからな、細かいところに目が行くというか、細かいところにうるさいというか、大雑把な性格の俺としては少々きついものがあるのだ。


たぶん今頃、ぶつぶつ言いながら俺の資料を直しているかもしれない。

君子危うきに近寄らず、だ。




「おーい、ルーデルハイン。ちょっと面白いもんがあるんだが、見ていかんか?」


この声は教皇様ではありませんか。

お暇なんですか?


この人も慣れたら人の良い爺さんになった。

最初の威厳はどこへ行った?ってくらいに。


ま、国全体でみると大きいが。王都の教会もそこまでバカでかいわけじゃない。

中に何年もいて、たびたび顔を合わせていたら緩くなってしまうのも仕方ない。


ましてや俺はまだ10歳だ。中身はあれだが、爺さんたちからしたら孫のように扱われても仕方ない。


堅い人もいるよ、先生みたいに。

あ、ちなみに先生はまだ20代後半らしい。



「猊下。私はジェキル師の言いつけで出納局に向かうところでございます。

 申し訳ございませんが、その後でもよろしいでしょうか?」


「よいよい、出納局は先ほど予算の擦り合わせで城に出払ったわい。

 行っても誰もおらんと思うぞ」


しまった。出遅れたか。

今年の予算申請に入れられなかったら、また面倒なことになるじゃないか。

こりゃまた先生の眉間の皺が深くなるな。



「申し訳ございません。すぐに先生のところに戻ります。

 そのあと必ず寄らせて頂きますので。

 失礼いたします!」


ダッシュで先生の部屋まで戻る。


うへえ、気が重い。

扉を開けると先生は部屋を出たままの姿で資料を読んでいた。


「どうしましたか・・・・?

 まさか。もう締め切られて城に向かったのではありませんか!?」


「はい、申し訳ありません。

 既に城に向かったということでした」


「そうですか、仕方ありません。また次回の分に回すしかないですね。

 それよりもこの資料ですが、全体的にはよくできていると思います。

 ですが、この部分とこの部分についてもう少し詳しく詳細を入れるべきだと思います。

 すぐに取り掛かっていただきたいのですが、よろしいですか?」


やっぱりきたか。


「すいません。先ほど教皇様より部屋に来るように言い付かっておりまして・・」


「またですか?まったくあのお人は。

 そういう事でしたら仕方ありません。行ってきなさい。

 これは私がやっておきます」


「はい、よろしくお願いいたします」


そう言うと先生は書類にペンを走らせながら、ぶつぶつと仕事を始めてしまった。

やっぱそうなりますよね。


さて、俺は教皇様の所にでも行きますか。いったい何の用だろうな?




「猊下、ルーデルハインです。お呼びにより参りました」


「入りなさい」


扉を開けて部屋に入る。

おや、誰かいるな。

面白いものって言ってたけど、この人が持ってきたのかな?


「さ、座りなさい」


教皇様に言われて席に着く。

俺はいつものように応接ソファーの下座の位置にちょこんと座った。

お客様は俺と同じソファーの反対の端に座っている。

向かいのソファーに教皇様が座る。


「エーリッヒ。紹介しよう。こやつがルーデルハインじゃ」


「ルーデルハインです。よろしくお願いいたします」

「エーリッヒと申します。そうですか、あなたがフルスエンデ家の」


あ、やっぱりそんな反応ですよね。

ここに来てから会う人の反応はだいたいこんな感じだったのでもう慣れたからいいけど。

やっぱあの事件はショッキングだったよね。


「はい、もう家は除籍されたのでただのルーデルハインですが」


「すみません。いきなり失礼でしたね。

 話は聞いていたのですが、本当に子供だったんだと思いまして。

 今はいくつになられたのですか?」


「10歳になりました。今はジェキル先生の元で働かせて頂いております」


「そうですか、彼の元で。 いやすいません。思い出させてしまいまして」


「いいですよ。もう慣れましたから。今はいい子にしていますから」


「エーリッヒよ。それくらいにしておいてやってくれんか。こやつはすぐに拗ねよるからの」


教皇様はそろそろ本題に入りたいのか、助け船を出してくれた。




「失礼いたしました。それで彼を待っていたという事はこの話は彼に聞かせても?」


「うむ、よいだろう。ルーデルハインの意見を聞いてみたいと思ってな。

 こやつは儂らと見ているものが違うのか面白い考えをしているでの。

 ほれ、先のハイデルンでの魔物討伐でやった魔法の三段撃ち。

 あれはこやつの考えじゃ」


ああ、あれね。なんか上手くいったけど。


縦一列に攻撃魔法が撃てる神職を3人を並べ、1人目が魔法を撃つ間に残りの2人が準備をして、順番に前に出て連続して魔法を撃つやつね。


あれは信長さんの逸話のパクリですよ。

俺の頭から出てきたわけじゃない。


この世界の神職の魔法は詠唱もあるし、集中もしなくちゃいけない。

元の世界の火縄銃みたいだなと思ったから提案してみたら上手いこといっただけ。


あれって後世の創作なんだってね。



そんな感じでちょこちょこと知識チートっぽいことをしているわけだ。


「なるほど、天才というやつですか。

 それなら面白い話が聞けるかもしれませんね」


なんかハードルが上がったぞ。

これでなんも出てこなかったら使えないやつ扱いされるんだろうか。


仕事減らないかな。労働基準法早くできないかな?

俺は中身がおっさんだから耐えられるけど、世の中の庶民の子供は我慢してるんだろうな。




「こちらがお話ししていたものになります。

 私の所属しているパーティーで見つけたもので、猊下ならご存じかと思いまして」


この人何者なんだろ?

うちの教皇様に面白いものがあるって見せに来れるなんて、上位貴族の人かな?



エーリッヒさんは石板のようなものを机の上に置いた。

そこには文字が書いてあった。


日本語で。


そう、懐かしい日本語の平仮名と漢字で書いてあった。

この世界に来て初めて見たかもしれない。


懐かしさのあまり食い入るように見てしまっていることに気付いたのは、1分ほどたってからであった。

しまった。やっちまったか。

教皇様とエーリッヒさんが石板を見つめる俺を見ている。



「ルーデルハイン、お主はこれが何と書いてあるのかわかるのか?

 これは古代文字。しかも神代文字まで使われておる。

 あまりに難解で、未だ解読されておらぬ文字だ。

 読めるものはエルフ族の長老くらいであろう。

 いや、それでも満足には読めないかもしれぬ」


「あ、いえ。珍しい文字だなーっと・・・」


「そうか、ではそういうことに今はしておく。

 今回の話ではそこまで重要ではないからな」


「はい・・・」


「驚きました。

 いや、それは置いておくんでしたか。

 で、こちらの石板ですが見たこともない物質でできているのか、何をやっても傷一つ付きません。

 試しにうちのパーティーのダーレスに切らせて見せましたがビクともしませんでした」


「ほう、珍しい。魔法は試してみたのかの?」


「はい、火と氷では何も起きませんでした」


ふーん、そりゃ珍しいというかびっくりオーパーツみたいだな。



たしか昔見た漫画にこんなのあったな。

時間が止まっているんだっけ?

時間が止まった物体は変化しないので絶対に壊れないってやつだったと思う。


「そうか。ルーデルハインは何か分かるかの?」


言っちゃっていいのかな?

アホな子だと思われないだろうか?


「あー、笑わないで下さいね。単なる想像になりますけど」


「よいよい、何もわかってないんじゃ。創造だろうが妄想だろうがなんでもいい」


まぁいいか。たぶん違うだろうし。


「たぶんですが、時間が止まっているのではないでしょうか?

 時間が止まっているから、変化が起こらないので壊れないって感じで」


ほら、教皇様とエーリッヒさんが呆れて固まっているじゃないか。

恥ずかしい。言わなきゃよかった。



「ルーデルハイン。エーリッヒ。この事については厳に他言を禁ずることとする」


「はっ。承知いたしました」


エーリッヒさんが恭しく、慌てて片膝ついて誓った。

俺もあわててそれに倣う。


なんだ?またいらんこと言っちまったか?

なんか、いやーな予感がするんだが。


「この石板は儂が預かってもよいだろうか?

 もちろん遺跡発掘品として相応の謝礼はするが、いかがかエーリッヒ殿」


教皇オーラを出してエーリッヒさんに問いかける教皇様。

やめて!うちの予算はもう無いのよ!

言い値で買うとかやめてね。教皇様!


「いえ、猊下。こちらは猊下に献上させて頂きます。

 教会で管理されてしかるべきものでしょう。

 われら冒険者には手に余る品になります」


セーフ。さすがはエーリッヒさん。

うちの予算はなんとか耐えられそうだ。



「そうもいかんじゃろう。これだと教会が取り上げたみたいじゃ。

 そうじゃのう。何かよい落としどころはないか?ルーデルハイン」


はい来ました。無茶ぶりです。

うーん、そうは言ってもなぁ。エーリッヒさんに何か欲しいものがあればいいんだけど。


「エーリッヒさんは何かないんでしょうか?

 お金はうちの予算が厳しいんで、なんか口利きとかそんな感じのもので」


「そうですね。ではお言葉に甘えまして。


 実はうちのパーティはもうすぐ解散する予定なんです。

 それで、この石板を売ったお金でそれぞれ次の仕事を探すまでの資金にしよう。


 という事になっておりまして。どこかに就職先でも斡旋してもらえれば助かるのですが」


「ふむ。して人数は?」


教皇様は斡旋先を思い描いているんだろうか?


「私と、ダーレスとその妻の3人でございます」


「何か希望はありますか?」


「ダーレスとその妻はどこかの領の護衛役にでも推挙頂きたいです。

 私は国のどこかの機関にでも紹介いただければと思います」


「ふむ。わかった。

 ダーレスというやつとその妻に関しては、コジロウ宛に儂が推挙状を書いてやろう。

 お主は冒険者ギルドでよいか?

 王都は無理だが、他領であればギルド長の椅子が空くのを待ってそこに推挙する」


「ありがとうございます。

 願ったりかなったりでございます。猊下の推薦状など勿体ないくらいです。

 感謝いたします」


よかったよかった。

こういう時、教皇パワーはすごいからな。

就職斡旋など決まったも同然だ。



「さて、そろそろいい時間じゃな。

 二人ともくれぐれもこの事は他言無用で頼むぞ」


「はい。承知いたしました」

俺とエーリッヒさんの声が重なる。



「ルーデルハイン。お主はほんとに何者なのじゃ?

 いつもいつも驚かせよって。

 今日は少し考えをまとめるので、また後日にでも詳しく聞かせて貰おう。

 ジェキルには儂から言っておく」


「はい・・・」


またやっかいごとが始まる予感です。

さ、戻ってメシ食って寝るか。


エーリッヒさんを門まで送って俺は部屋にとぼとぼとと帰るのであった。



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