ジェキルと教皇
あの瞬間はまさに衝撃的だった。
光の束が壁に激突した瞬間。城の城壁が一瞬で破壊されたのだ。
私は教会の庭にいたので偶然その瞬間を見ることができた。
教会と王城は距離があるが、それでもあの音と衝撃は凄まじいものだった。
後で調べたのだが。壁が一部熱で溶け落ちているところから、相当な熱量もあったのだと思われる。
何よりあの破壊力だ。
光には重さはないと思われている。
なのにあの光の束が壁に当たっただけで破壊されたのだ。
理解不能だ。まさに神の御業としか思えないものだった。
幸い人通りの少ない時間だったので、怪我人はいなかったとあとで聞いた。
それこそ神の御業のおかげではないだろうか。
すぐに騎士団が動き出す。
たとえ壁とはいえ王城の一部が破壊されたのだ。
王家の権威、騎士団の権威。そのどちらもが激しく傷つけられたのだ。
これが他国からの攻撃であれば、このあと更に恐ろしい被害が出るかもしれない。
騎士団の行動はとても迅速であった。
しばらくして容疑者と思われる人物が捕えられたと聞いた。
なんと子供だというのだ。
それも騎士団長である、あの英雄ジルベルト・フルスエンデの孫だという。
王城、そしてこの教会にも重苦しい雰囲気が流れた。
下手をすれば英雄が逆賊として王家に牙をむくと思われたからである。
しかし、そうはならなかった。
その英雄自身が容疑者である孫を捕えたということであったからだ。
容疑者の名はルーデルハイン・フルスエンデ。
まだ7歳だという。
信じられんことに、ルーデルハインはこれまで魔法を使ったことは無かったという。
一緒に住んでいた祖父母や使用人も使えることを知らなかった。
剣術は剣聖と言われるコジロウ様に師事していたという事だが、それも短期間であったらしい。
当初は単独犯ではなく協力者がいると思われたが、魔法発生現場の状況、自供内容などから単独犯ということに落ち着いたらしい。
「ジェキル様。教皇猊下がお呼びとのことです」
「わかった。すぐに向かうとお伝えしてくれ」
このタイミングでの猊下からの呼び出しか・・。
おそらく事件に関わる事であろう。
私はすぐに準備を整え、猊下の執務室へと向かった。
「猊下、お呼びと聞き参りました」
「よく来た。ジェキル。そこに座ってくれ」
執務室の応接で猊下と話すなどめったにないことだ。なにか重要な役目でも仰せつかるのだろうか。
「昨日の事件の事は知っておるな?」
「はい、私は偶然庭にいましたので。目撃いたしました。
この距離からでも凄まじい力であるのはわかりました」
「そうか、見たのであれば話が早い。あれをどう思った? 率直な意見を聞かせてほしい」
「はっ。
まず先ほども言いましたが凄まじい威力でした。
あの距離からでも対象にあれだけの破壊をもたらせられる魔法など聞いたこともございません。
しかも、屋敷の壁を破壊してから城壁に当てたと聞きました。
事実であれば神話や伝説にある魔法を再現したと言われても信じられるでしょう」
「そうか。やはりそう思うか。
容疑者はすでに捕まっているという事も知っておるか?」
「はい、まだ弱冠7歳の少年だと聞いております。ジルベルト様のご令孫であるとも」
「そうなのだ、ジルベルトの孫なのだ。
まさしく英雄の孫だと。
英雄の孫が神の御業と思われるほどの魔法を使い。城の壁を破壊した。
もう王城は上から下に大騒ぎだったぞ」
「その少年はどうなりますか?」
「ひとまず王都外にある重犯罪者用の収容施設に入れられたという事だ。
ただ、本人も大人しくしており、ジルベルトの孫という事でどうするか決めあぐねているようだ」
おかしい。王城への攻撃は国家反逆の大罪だ。
場合によってはその場での処分もあることだ。
「王家への反逆なら即刻極刑では?」
「通常はそうなのだが、まだ7歳の子供。貴族の子息。英雄の孫。
見たこともない魔法の聴取もせねばならんし。
なにより、ジルベルトはもちろんだが、コジロウも使者を通じて助命を嘆願しておる」
「それで上層部もうかつに刑を執行できぬということですか」
「対応を誤れば、フルスエンデとトーエン家がそっぽを向くどころか背くかもしれんと考えているようだ」
「なるほど、その二家は武の名門中の名門ですから。
これまでの魔物討伐や武技の師事などで恩義を感じているところも多い。
下手をすると国を割ることになるかもしれないと上層部は思っているのですね」
「そういうことだ。まったくやっかいなことだ。
ふふ。ジルベルトなど 自分と妻、守役のランドと言ったか、元副団長の命。
それに領地の返納もするから孫の命だけは助けてくれと死に装束で王と王子へ嘆願しておったぞ。
コジロウも普段は使わぬ伝達の魔法具を使ってまで、助命を願ってきたという事じゃ」
「教会としてはどうされるおつもりでしょうか?」
「取り込むことにする」
「取り込むとは、その少年をでしょうか?」
「そうだ。あの魔法は神の御業という事にする。
神の御業を使うような少年を、王家の威信だけで殺させてはならんという事にする」
「それは・・・。
たしかにその状況で教会が後押しすれば助命の方に傾く確率は高いと思いますが、
王家に借りを作ることになるのでは?」
「ジルベルトとコジロウに借りが作れる。
ま、返すとも言ってもいいがな。向こうは勝手に借りができたと思ってくれるだろう」
「危険ではありませんか?王家に疑心を抱かせるかもしれません。
取り込むという事は教会にて管理するということでしょう。
あんな魔法を使えるものを教会に取り込むというのは、無用な危険を招く事になると思います。
王家からの教会への監視が強くなりますし、それにその子自信が危険極まりない。
たとえ英雄二人に借りが作れたとしても、割が合うとは思えません」
「うむ、危険だ。しかしそれ以上の価値があると儂は思うのだが、どうだ?」
猊下は何を考えておられる?
まさか、あんな制御できるかどうかもわからない力に頼って、現状変化を求められておられるのか?
「たしかにここ数百年、魔法はあまり発展しているとは思いません。
特に敵に対する備えとしては、直接的な攻撃方法である剣術などに大きく後れを取っているといえます。
しかしその分、生活に関する部分では利用価値の高いものが生まれてきております。
それではいけませんか?」
「近頃、魔物の動きが活発化しておるのは知っておるな。
それも年々大きなものになってきている。
何者かが魔物を使って世に乱を広めようとしているとも噂する者もいる。
それに対して教会は神の教えを説くことだけしかできておらん。
儂には現状を変える力はない。
この時期にその子が神の力に匹敵する魔法を使ったというのが天啓に思えてしまったのじゃよ」
やはりそうか、思い切って踏み込んでみるか。
「猊下はその子を権力の争いに利用しているのではないと?
教会の権威を強めるための道具にしようとされているのではありませんか?」
「儂も人間じゃ、人並みに尊敬もされたいし権力にも魅力は感じる。
しかし、それだけでその子を助けようとしているわけではない。
人はいくつもの顔を持つものじゃ、考えも朝と夜で違うこともある。
今、儂の中にあるのは才能ある子どもの命を助けたいということ。
それがいつの日か民衆を守る力になれば、それこそ神の思し召しではないかという事だけじゃ。
そこに嘘はない」
どうするべきか。
猊下は悪い人ではない。それはわかっている。
私にもこうやって話をされているのだし。
しかし、私に話をされているという事は他の司教や枢機卿の方たちには既に方針を伝えて進めているのだろう。
こうなったらこの話が私のところに来たという事を幸運だと思い。
最悪の方向に進むことを私が食い止めるしかないか・・・・
「わかりました。 私は猊下のお心を信じ、それに従います」
「ありがたい。で、そこでじゃそなたを呼んだ理由なのじゃが・・・」