特訓
「ルー様、今日は外で運動でもなさいますか。最近よく本をお読みのようですが体も鍛えねば強い騎士にはなれませぬよ」
本ばかり読んでいる毎日が続くとランドも心配になってきたんだろう。
「そうだね。今日は外でランドさんと遊ぼうかな」
久しぶりだな庭に出て日に当たるのも、おっと急に動いたら怪我するかもな。
軽く足を曲げたり準備運動する。
「ルー様、普通の子はそんなことしませんよ・・・・」
俺が庭に出て久しぶりに遊ぶというので、お婆様とメイド達が出窓から見ていた。
しまった。やっちまったかも。
「らんどさん。こうやって、うんどうするまえは、たいそうするんだよね?さっきおしえてもらったよ」
出窓のお婆様たちに聞こえるような大きな声で言う。
「え、ええ。そうです。ルー様は覚えがいいですね。さすが団長のお孫様です」
ランドさんもお婆様達に聞こえるような声で答える。
ふー、やばいやばい。
ランドさんは出窓の方をちらちら見ながら、はーっとため息。
「ルー様、気を付けてください」
「ごめん。そっかお婆様が見てるのか。ちょっとやりにくいな」
ひとまず、お婆様が見ている間は無邪気に走ったり、ランドさんと追いかけっこをして遊ぶふりをしてみる。
子供の体は軽いな。
疲れもしない。
何より腹が出てないのがいい。
そんな当たり前のことを考えながら走り回っていた。
「はぁ、はぁ。今日はこれくらいにしときましょうか。私はもうそろそろ限界です」
「なんだよ情けない。それでも元騎士団員なの?だいぶ体がなまったんじゃないの?」
「そうかもしれません。私もルー様と一緒に鍛えなおしですね」
そんな感じで本日の運動時間は終了。
この日のあとも、ほぼ毎日外で遊ぶようになった。
見た目はただの鬼ごっこのように見えるけど、徐々にスピードを上げたりフェイントを使ったりして難易度を上げていくランドさん。
この人、ほんとに俺との遊びで鍛えなおす気だな。
いや、それだけじゃないな。
朝方に剣を振ったり、夜にお爺様と模擬戦をしているようだし。
真面目だねえ。
お爺様も休みの日には庭で遊ぶ俺を見ることもあった。
その時にランドさんに何か指示を出していることもあったので、少しずつ俺も鍛えられているってことなのかな?
ある日の午後いつものように運動するために庭に出てみると、今日はお婆様やメイド達はいないようであった。
「ランドさん。今日はちょっと本気でやってみない?」
「いいですよルー様。最近は私のフェイントにもついてこれるようになってきてるみたいですし。
おもしろいですね。やってみましょうか?
あ、でも無茶はしてはダメですよ。あなたはまだ子供なんですから」
「わかってるよ。じゃ、よろしくお願いします」
ランドさんなら大丈夫かな?
アレを試してみるか。
俺は少し態勢を低くし、前傾姿勢になって飛ぶイメージで走り出す。
え!?なんだこれ音が消えたぞ。
その瞬間、俺は10メートル先の芝生の地面を抉りながらすっころんでいた。
「だ、大丈夫ですか?ルー様。お怪我はございませんか?」
「あ、ああ。大丈夫。怪我もないと思うよ・・・」
慌てて俺の体をチェックするランドさん。
「びっくりさせないで下さいよ。
しかしそんな技いつ覚えたんですか?
たしか瞬歩ですよね?
誰に教えて貰いましたか?
私以外に接触があったとは思えませんが?
まさか団長ですか?
いや、団長はそんなことはしないはず。
では一体だれが?やはりルー様は」
「ちょ、ちょ、ちょっとストップ。ランドさん落ち着いて」
「これが落ち着いていられますか、その技は騎士団でも団長と他数名しか使えない体技ですよ。
私でもできるかどうかって技なんですから!」
そうか、ランドさんは一応使えるんだね。
「あー、これはね。この前読んだ本に載っていたんだ」
「この間の本って、団長の部屋にあった本ですか?」
「そう。東方の技について書かれてた本だったかな。
書いた人は東方の人じゃないみたいだから、考察みたいな感じだったけど。
それに書かれてたんだよ」
「しかし、本で読んだだけでできるもんじゃありませんよ。
もしそうだったらみんな使える技になってますから」
そう言われてもできたもんはできたんだから仕方ない。
「イメージの問題じゃないかな?
俺はできないって思わなかったし、みんなできるもんだと思ってたから」
そうなのだ。
お爺様の部屋で読んだ本に出てくる人はみんな超人的な動きをしていたと書かれていた。
さすがにそこまでは無理かもしれないが、せめて技の一つくらいこの世界の人ならできるもんだと思っていた。
それで一番基礎っぽい技、瞬歩というやつを試してみただけなんだが。
だって物語に出てくる人って修行とかしてなかったし。
生まれた時から強いみたいな感じだったもの。
「とにかく、ルー様が天才だってことはわかりました。
しかし、危険なので本で読んだことを試す前は私に確認してからにしてください!」
「えー、いきなりやった方が面白いじゃん!」
「ダメです!怪我でもしたらどうするんですか?!」
「ちぇっ!わかったよ」
「じゃあ、さっきのをもう一回」
と、さっきと同じ態勢をとってみるとなんだか足が重く感じた。
全身にも力が入らなくなってきてしまった。
疲れちゃったのかな?いや1回使っただけだし、これくらい大丈夫だろう。
これくらいの疲れで試すのをやめたら訓練なんか無理だろう。
ふっと足に力を入れなおしたところで、俺の意識は薄れていってしまった。
次に目を覚ました時は俺はベッドの上だった。
「知ってる天井だ」
「なにを言ってるんですか、ルー様。いきなり倒れこんでめちゃくちゃ心配したんですから」
あのまま倒れちゃったのか。
ランドさんには申し訳ないことしたな。
たぶんお婆様も心配しただろうし、迷惑かけちゃったな。
てか体力なさすぎだろ。
いや、まだ子供だから仕方ないのか?
これから鍛えて瞬歩くらいバンバン使えるようにならなきゃな。
練習だ練習。
次の日から俺は瞬歩の練習ばかりするようになった。
もちろんお婆様たちが見ていないタイミングでね。
次の日も1回だけ。
その次の日も1回だけ。
1週間たってやっと2回できるようになってきた。
やっぱり慣れなのかな?
そんな急に体力がつくはずはない。
そりゃちょっとはついたと思うが、瞬歩ばかりやってるからそんなに走り回ってるわけではない。
わかんないけど、他にいい方法も思いつかないから続けるしかないか。
2か月も経ってくると瞬歩で倒れこむようなことになることは無くなった。
でも、足が速くなったわけでも無いし。
重いものが持ち上がるようになったわけでもない。
ランドさんは単純に体力がついたと思っているみたいだが、
そんなに変わっていないのは俺自身が一番よくわかっている。
これは慣れというより当たり前になったってことじゃないかな?
俺の中の瞬歩に対する壁が無くなったとかそんな感じだ。
たぶん、最初はまだ自分は子供だとかそういう考えがあって、これくらいしかできないと思い込んでいたんだろう。
それが使っていくことでこれくらいはできるはずだって思っていた上限が変わっていったって事じゃないかな?
いや、そう決めつけるのは早いかもしれない。
その理論が正しければ、誰もが英雄になれるってことだもんな。
でも英雄は少ない。
ギルドのS級とかいう人外の人たちも世界に数名しかいないらしいし。
やっぱわかんないや。
俺にできることは今のうちにせいぜい体を鍛えて、いろんな本を読むことだな。
まだ子供のうちの自由な間にしっかり鍛えておくか。
それからは心配そうに見守るランドさんを傍に走り回ったり、誰も見ていないときに瞬歩の練習をしたりしていた。
剣の練習もしたかったが、それはさすがに使わせてもらえなかった。
3歳の子供が剣を振りまわしてるなんて怖いもんね。
お爺様は騎士団の仕事が忙しく家にいないことの方が多いようです。
ルー様付きのメイドもいますが、基本は家の仕事をしているので遊び時間(勉強時間)に関してはランドさんが付くようになっています。
ランドさんはルー様の家に1室貰って住み込みで働いています。
この家の外向きの仕事を手伝っています。
それぞれの後書きにその話にまつわる設定などをちょこちょこと書いていっています。
あとでまとめて設定資料にするつもりではありますが、気になる方は見返していただければ幸いです。
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