団長と副団長
「うちの孫はもしかしたら天才かもしれん。いや天才だ。間違いなく」
「はあ、それは良かったですね。で、次の遠征は来月の初めごろと考えているんですが、よろしいでしょうか?団長」
「まあ聞けランド。まだ1歳になったばかりだというのに、ルーのやつはこちらの言葉を理解しているような反応を見せるんだ。これを天才と言わずしてなんと言う?将来は儂のあとを立派に継いでくれよう。これでわが家も騎士団も安泰だ。めでたい!」
よく言うよ、この間まで娘がどこぞかよくわからんやつと子供を作っただの。
喧嘩して出て行っただの。大騒ぎだったくせに。
そんなにかわいいものか?孫というものは。
いまだに独身の俺にはわからん感情だな。
こちらの話(仕事の話)は見事に耳に入っていないかのように団長は俺に爺馬鹿な姿を見せる。
延々と孫の話を続ける騎士団の英雄。
これがミルドランにその人ありと言われたジルベルト様なのか?別人じゃないのか?
騎士団の連中はこの英雄様の苛烈なしごきでけが人が続出してたんだぞ。
その後始末をした副団長の俺としてはなんとも納得がいかない。
ジルベルト様はミルドラン王国の騎士団長だ。
騎士団とは、内外の敵から王家とそして民と領地を守る役目を持っている。
軍みたいなものだが、ただの兵士とは違う。
どちらかといえば近衛兵や儀仗兵に近いかもしれない。
いわゆるエリートというやつだ。
皆、祖国を守る役目に誇りをもって働いている。・・・と思う。
まぁ中には違うのもいるかもしれんが。
ちなみに軍には他に
一般兵:兵役の役目で軍に入る農民や町民など。これは時期や状況によって所属する長さは変わる。
工科兵:戦争に使う道具を作ったり運んだりする。土木工事もこの兵科が担う。
魔法兵:教会に登録はしているが受け持ちの村がなかったりして、一時的に国にその力を貸しているという名目の神職たち。
衛生兵:医学の心得があったり、回復系の魔法が得意な神職などが所属する。
などがある。
細かく言うともっとあるのだが、主なところはこんなところだろう。
騎士団に入るには3つの方法がある。
一つ目は、騎士団を志し、剣と槍の腕を磨き入団試験を受ける。
試験は年に一度、春ごろに行われる。
そこで実力を示せば、騎士団に入るのを認められる。
騎士には戦う以外には儀礼的な仕事をする必要もあるので、知識や振る舞いも選考基準に入る。
見た目もある程度選考基準になるので、おかしなやつは普通は入れない。
入ることができれば自動的に準貴族の扱いも受けられ、年金も出るとあってたいそう人気の職業でもある。
二つ目は、貴族に生まれる事。
「ノブレス・オブリージュ」。
貴族には「自発的に無私の行動を促す」明文化されない不文律がある。
それはどの国でも似たような思想があるのだという。
本来の意味は自発的なものなのだが、習慣として貴族は騎士団に入り心身を鍛え国を守るという考えから騎士団に入るものが多い。
入団テストも一般のものに比べて体力的なものは緩かったりする。
入るのは貴族であれば簡単というわけだ。入るだけならな。
ただ、貴族は自領の軍を率いたり国の役職に就くこともあるので、作戦立案などのいわゆる軍学についてはかなりみっちり仕込まれる。
もちろん貴族だからといって日々の訓練が緩くなるわけでもない。
それについていけず辞めていくものもそれなりにいるので、貴族だからといえそんなに甘いものでもないと思う。
三つめはスカウト。
多くは軍属で騎士団のお手伝いをしている子供たちから優秀なものを引き抜いて騎士に昇格させる。
軍属になるものは様々だ。
下級貴族の親が子供を見習いに出させる場合もあれば、
戦災孤児など身寄りのない子、孤児院に入れるには大きな子を養うために仕事をさせるために軍属にする場合もある。
騎士との交流もある程度あるので仕事を覚えるのも早い。
私はこの軍属から昇格した身だ。
名乗るが遅れたな。
私の名はランド。
今年で36歳になる。この国の騎士団の副団長をしている。
副団長とは騎士団の事務方の実務と隊員を兼任する役だ。
いわゆる雑用係、中間管理職というやつだ。
普段は事務方の仕事がメインなのだが、有事の際は剣を取って戦いに出る。
職務には忠実な方だと思う。事務方の仕事にも慣れてきて上手く騎士団の運営も回っていると思う。
剣士としてはそんなに強いわけではない。
騎士団では剣だけでは出世できないもので、その点はありがたいと思う。
給料は上がったからな。
あとは嫁さんがいればいいんだが、そればっかりはどうもな・・・。
幸い今まで怪我らしい怪我はしたことは無いので、まだ実戦の方でも働けるだろう。
だれか嫁さん紹介してくれないかな。
ま、俺のことはどうでもいい。
ここ最近、我らが騎士団長様の様子がすっかり変わってしまい。
団員(主に俺だが)が困惑しているのだ。
その原因というのが、孫がかわいいというのだから世界は平和なのだろう。
団員たちはここ最近お決まりになっていた、時間外の特訓という名のうさばらしに付き合わされていたもんだから、ほっとしているものが多い。
中には違うもののいたようだが。
私としてはほっとした部類なのだが、その代わりに事務方の仕事がこんな感じで捗らなくなってしまい頭の痛いことだ。
「で、団長。そのお孫様の件はまた後日ありがたくお聞きします。こちらの書類の決裁は今日中になっておりますので、よろしくお願いいたします」
「お前は固いな。ランド。そんなのだから嫁さんが来ないのかもしれんぞ」
ほっといてくれ!
そう喉まで出かかったが、ぐっと飲みこんでにっこり書類を団長の机に乗せる。
さっさと済まして店で一杯やって帰るぞ今日こそは。
最近はこんな感じで俺の帰宅時間が遅くなっているんだ。勘弁してくれ。
しかし、あのお嬢様がな・・・・。
俺もそれなりに長く騎士団にお世話になっているので、団長の家にも何度か遊びに行ったこともある。
孤児出身の俺を卑下もせず受け入れてくれた。
とても温かい家庭だったと覚えている。
名工が作った人形のようなきれいな顔立ちの美しいお嬢様だった。
あのお嬢様がまさか子供ができて、しかも亡くなったとは・・・・。
人生とはわからないものだ。
名家に生まれようが不幸はやってくる。
本人は幸せだったのかもしれないが、一般的に見ると不幸と言われるだろう。
そう思うと団長に同情ではないが、「せめて孫には」と思うところもわかる気がする。
「天才ですか・・・」
ぼそっと俺が漏らしたのを、衰えを知らない英雄は耳聡く拾った。
「そうじゃ!天才じゃ!お前も一度会いに来い!そうだ。明日はお前は非番だったろう?そうだそれがいい。どうせ、彼女の一人もいないんだろう。明日うちに来てルーに合わせてやろう!どうだ。うれしいだろ。なんせめちゃくちゃかわいいからな。いやー明日が楽しみだ」
「ちょっと。団長。俺にだって用事くらい・・・・」
「なんだあるのか?」
「いや、まぁ無いですけど・・」
「そうだろう。寂しいお前に癒しを与えてやろうというのだ。あのかわいい姿を見ればお前もきっと嫁さんが欲しくなるぞ。うん。言い案だ。素晴らしいな」
おいおいせっかくの休みなのに・・・勘弁してくれよ。
まぁいいかお嬢様が亡くなってから、奥様にも挨拶できていないしな。
いい機会だし、行ってみるか・・・。
あの悪魔に会うとはこの時は思いもよらず、安易に引き受けた俺がバカだったな。
これから長い付き合いになるルーデルハイン様との出会いのきっかけはこんな感じだった。
団長のジジバカが炸裂してます。
ランドさんは貧乏くじを引きやすいタイプでしょうね。
これからルー様に振り回されるんでしょうか?
しかし、女性の登場人物が少ないです。
これはなんとかしなければと思いますが、無理に登場させるつもりは無いつもりです。
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