転生①
俺は今年で45歳?いや46歳になるどこにでもいる普通のおっさんサラリーマンだ。
気が付いたらこの年になってた。
他人から見たら俺は幸せに見えるかもしれん。
結婚もして子供もそれなりに大きくなった。
別に不満はない。
いや無いわけじゃないか。
人生に後悔はつきものだというがご多分に漏れず後悔しっぱなしの人生だったと思う。
みんなそうじゃないか?
学生だったあの時、もうちょっと勉強していれば。
あの子に告白していたら。
あの時あれに気づいていたら・・・。
会社の健康診断で再検査の通知。
それくらいならしょっちゅうあることだ。なんなら毎年貰ってる。
太ってるしな。ほっとけ。
再検査の通知を半年くらいほったらかしにしていたら、妻からいい加減に再検査に行けとしつこく言われた。
嫌々ながら会社の休みを取ってそれなりの検査を受けにいった。
「すぐに入院されたほうがいいですね。この病院では今後の対応は難しいと思いますので、大きな病院を紹介させていただきます」
死に至る病だということだった。
そんな時の医者の言葉って本当に耳に入らないもんなんだな。
今はわりと治る病気みたいらしいのだが、俺のは厳しいということだった。
ぼんやりと家に帰って妻と子に話す。
そこからは保険やらの手続き。
会社に行って部長と総務への説明。
今後の過ごし方など、自分のことじゃないかのように周りが動いていった。
今のうちにやりたいことでもやっておこうかと、やったこともない釣りを始めたりもしたが、すぐに飽きてしまう。
「子供の頃、親父といったハゼ釣りはあんなに楽しかったのに。何が違うんだろな?」
おやじとお袋にはまだ話していない。
もう年だし心配かけたくない。
子供が死ぬ話なんて、俺だったら死んでも聞きたくないしな。
やりたいこともなくブラブラと散歩に出かける。
最近は痛みも出てきたが、まだ動ける。
痛む腹を気にしながら、とぼとぼと歩いて家を後にした時の、妻の心配そうな声が今も耳に残っている。
優しい声だった。
まだ死にたくないな。あいつをもっと幸せにしてやりたかった。
妻は旅行があんまり好きじゃなかったから、遠出をしたことはほとんどない。
週末の買い物でスーパーで一緒にあれこれ悩んで買う時間が俺は好きだった。
死は誰にも訪れるものだが、こういう時は「俺って何か悪いことしたか?」って思ってしまう。
そこまで悪いことはしてないよな。
無料のエロ動画サイトを見たことか?そんなことで死ぬのか?
そんなわけないじゃないか。少し笑いがこみあげてくる。
今日はどうしようか。
いや、わかってはいるんだ。
治療をして少しでも長生きしようとあがけばいいんだろう。
でも病院に入院してそこで終わるってのはなんか嫌だった。
そのうち管につながれて、自分が衰えていく実感を感じて生きていくのはなんだか寂しかった。
いや、実際治療を頑張っている人はすごいと思う。尊敬する。心から尊敬する。
辛い治療の果てに希望があると頑張れるのはすごい。
でも、俺だけは助かるはずがないと思ってしまっている。
それが家族や少ないながらも友人と呼べる人たちを悲しませていることもわかっている。
「まだ少し風が冷たいな」
春も終わり夏が近づいて来ようとしているのにその日は少し肌寒い感じがした。
もう一枚持ってきたらよかった。
「もっと早く検査に行っていればよかったのか?いや半年くらいでは変わらんかっただろう」
そんな言葉が不意に口から出ていた。
日頃の不摂生の蓄積がこの状況を招いたんだ、そんなこといまさら言っても仕方ないじゃないか。
俺は裕福ではなかったが普通の家の次男として生まれた。兄が一人。
運動は苦手だったが子供のころからやっていた水泳が得意で中学高校と全国大会にも行った。
大学では遊びのサークルに入ってしまって。そこでやめてしまったが。
あの頃は嫌々ながら夢中で泳いでいたな。今の友達もそのころの部活の友達だった奴らだ。
しんどかったけど毎日楽しかったな。
仕事は2回転職した。仕事なので楽しいことは無かったが、やりがいはあった。
でも上司は全部クソだったな。
ヤンキー上がりのめちゃくちゃ偉そうなやつ。
社長の息子だってことだけが唯一の取柄だったバカ息子。
人のミスを泳がせておいて大きくなってから騒ぎ立てる陰険野郎。
あいつらは死んでも許さん。
でも仕事自体は嫌いじゃなかった文系上がりのたんなる営業だったが、
それなりにやりがいを感じ、客とは話の合う人もいた。
社内よりも外にいた方が楽しかったのはどこにいても一緒だった。
妻はそんな俺を見て、頑張ってるね。
いつもありがとうねとか言ってくれていた。
生きがいってあるんだなと本当に思っていた。
ああ、いい人生だったのかもしれないな俺は。
でも、できれば戻りたい。あの頃に戻れるならやり直してみたいと思ってしまう。
バカなことを。そんな事考えてもむなしいだけじゃないか。
せいぜい、残された時間を楽しく過ごした方がいいに決まっている。
それはふいに来た。
痛い。めちゃくちゃ腹が痛い。
そのまま俺は地面に横倒しになり、身動きが取れなくなってしまった。
次に目が覚めた時、そこは病院だった。
「知らない天井だ」
「なにバカなこと言ってるの。心配させないでちょうだい」
泣きはらした顔をした妻が、心配そうに寝ている俺の横に座っていた。
「悪いな、心配かけた。帰ろうか」
「ダメだって。先生が状態を考えると退院はさせられないって言ってた」
「そっか・・・。ごめんな」
言ってしまったあとで後悔した。
いつまでも泣き続ける妻の手をそっと握り、また俺は意識を失ってしまった。
そのまま俺は息を引き取ったらしい。
全体的に暗い話になってしまいました。
急に話が現代になって戸惑った方がいましたら、申し訳ありません。
気づいている人もいるかもしれませんが、この人は誰なんでしょうか?
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