ギルド長
「だから、違うって言ってるでしょ!」
冒険者ギルドの中はいつものように騒がしい。
ルナの強い声がそれを一瞬だけ静めたが、次の瞬間には元通りの喧騒が戻ってきた。
「なんでわからないかなぁ。
あの地竜を倒したのはファーストなの!
たしかに私たちも居たけど、何もできなかったって言ってるじゃない。」
「いや、お嬢。俺も頑張りましたよ・・・」
ルクスさんが消え入りそうな声で訴えていた。
そうですよねルクスさん。
「しかし、少し負傷されているとはいえ。
ダーレスさんもドルガンさんもご健在ですし。
回収させて頂いた地竜の状態を見ても、到底一人で倒したとは言えないと思うんですが」
「ファーストがシュンってやって、ズバーッ!って!」
相変わらず語彙力が残念だな、ルナ。いや、それ以前に説明になってないんだが……。
なんでルナが説明してるんだろ?
ダーレスさんはどこ行った?
「もういいよルナ。
みんなで倒したのには間違いないんだからさ。
別に俺は手柄が欲しいとかそんなんじゃないし。
ルクスさんから報酬も貰ったからもういいって」
「納得できない!絶対納得できないんだから!」
なんでそこまで俺の手柄に固執するのかねぇ。
ぷんすか言いながらルナは諦めきれずに、ギルドのお姉さんになおも食い下がる構えだ。
その時、ギルドの奥の方からダーレスさんが出てきた。
と、その後ろから背の高い20代後半くらいに見える男性も出てきた。
「ルナさん。それくらいで勘弁してやってくれませんか。
続きは私が聞きますので」
男性がちらりと受付のお姉さんを見て、仕事に戻るように視線で合図する。
「お嬢。みんな。ファーストもちょっとこっちに来てくれないか?
続きは部屋の中で話そうってさ」
ダーレスさんが奥の部屋を指さして俺たちを呼んでいる。
ぷんすかしているルナをダーレスさんが引っ張るように部屋に連れて行き、俺たちもそれに続いた。
部屋の中はきれいに整頓されており、中央には応接セット、奥には立派な執務机が置かれている。
装飾は控えめで、全体的にシンプルだが、落ち着いた雰囲気が漂っている。
別の部屋に続くであろう扉もある。
たぶんこの部屋はこの人の執務室なんだろう。
奥が私室になるのかな?ここで話の続きをするのか。
「お座りなられて少しお待ちくださいますか。今、お茶を入れてきますんで」
部屋の主と思われる人は扉から奥の部屋に行き、お茶の準備をするようだ。
俺たちは思い思いの場所に座る。
なぜかルナが俺の隣にどっかりと腰を落とす。
6人が部屋に入っても特に息苦しさを感じることがないくらいに部屋は広い。
椅子もゆったりとしたもので質のいいのがわかる。
けっこう偉い人なのかな?あの人。
「お待たせしました。お口に合うかわかりませんが、お菓子をどうぞ。
茶葉も少し奮発しましたので、よければお楽しみください。」
「変わってるだろ、お茶に関しては人には触らせないんだぜ。
ま、うまいからいいんだけどさ」
「こだわりと言って欲しいですね。
自分でするのが好きなだけで触らせないわけではありませんよ」
「よく言うぜ。俺が触ろうとしたら怒るくせに」
「それはあなたが、がさつだからですよ。
あなただってその腰の剣をおいそれと他人には触らせないでしょうに」
ダーレスさんと仲がいいみたいだな。
気心が知れてるって感じがする。昔からの知り合いなのかな?
「おっとすまんなファースト。お前は初めて会うだろ。
こいつはエーリッヒ。
こんなんでもここのギルドの長をやっている。
ちょっと入り組んだ話になりそうだから、間に入ってもらおうと思ってな」
「はじめましてファーストといいます。まだルーキーです。よろしくお願いします」
「はじめまして。エーリッヒといいます。
噂は聞かせていただいていますよ。
最近にしては仕事を選り好みしないまじめな方だと」
柔らかな笑顔を見せながら話しかけてくれるエーリッヒさん。
優しそうな人だな。
仕事も偉い人に知ってもらえていたのか。
うれしいな。まじめにやっといてよかった。
エーリッヒさんがまじめな表情を見せて姿勢を正す。
「地竜がこの近くで出現した件ですが、あまり広く話すつもりはありません。
当然、上には報告します。しかし、事情があって喧伝することは避けたいのです。」
「それはどうしてですか?
住民にとって、特に行商などをしている商人の方たちにはかなりの死活問題になると思うんですが?
注意喚起ぐらいするべきだと思います」
「僕もそうだと思う。
実際あの地竜はかなり強かったし、注意喚起ぐらいはしておくべきでしょう」
ルクスさんが同意する。
「俺もそう思う。どうしてだ?」
ダーレスさんが鋭い視線をエーリッヒさんに向け、問い質すようにエーリッヒさんを見つめた。
「おそらくその地竜は誰かが連れてきた。
もしくは呼び出されたものである可能性が高いです。
今、国のいくつかの場所で同様の事件が起きているそうです」
「俺たちがすれ違ったあの一行か・・・」
「おそらくそうなんでしょう。
今はまだ幸いにも街や住民が襲われるといったような大きな被害は出ておりません。
騎士団が捜査を続けているようですが、手掛かりはまだそんなに掴めていないようです」
「だったらなおさら!!」
ダーレスさんが納得いかないと語気を強める。
「そんなの絶対おかしいでしょ!危ないじゃない!
みんなに知らせれば、すぐに見つけられるはずよ!」
さっきまでぷんすかしていたルナが、もっとぷんすかして言った。
ルナの剣幕に少し落ち着きを取り戻したダーレスさんが続ける。
「そうできない事情があるのか?上の方が絡んでるとか?」
「そうですね。
これは他言無用でお願いしますが、かなり上の方の貴族が絡んでいると思われています。
それと他国も絡んでいる可能性もあるようで・・・」
「なるほど、その尻尾を掴んでしまいたいわけだな。
上級貴族が絡んでるのを国としては隠したい。
他国との繋がっている証拠もあわよくば押さえて、一網打尽にしてしまいたいと」
「そのために民を危険な目に合わせるってことですよね?
そんなのにギルドは従うんですか?」
「ギルドも国の機関の一つですから・・・。
街の一つでも襲われたらそうも言ってられないんでしょうけど。
すいません。
そんなこと言うべきではありませんでしたね」
「まだ被害が出ていないから、泳がせてるってことか。
くそっ!相変わらずだなこの国は!」
ダーレスさんが吐き捨てるように言った。
昔なにかあったんだろうか?
「で、お前さんはお国の犬だからそれに唯々諾々と従うと。そうなのか?」
「そういじめないでください。
今、このギルド長の座を退くわけにはいかないのはあなたも知ってるでしょうに」
「わかってるよ!でも、納得できるのとは話が違うんだ・・・」
沈黙が部屋を通り過ぎる。
誰もが納得できていないが今はどうすることもできない。
無力感が重苦しく覆いかぶさっているようだった。
「ファースト君の件はどうなんですか?
このまま何も無しっていうのは、ちょっとかわいそうかと」
ルクスさんが話の流れを変えようと俺の方に話を振った。
「そうですね。
疑うわけではありませんが本当に彼が地竜を仕留めたのか信じがたいのですが」
「本当なんだから!ファーストがシュンって動いて、ズバーッ!って切ったの!すごいんだから!」
ルナさんよ・・・いや、もう何も言うまい。
君はそのままであってくれ。面白いから。
「ファーストは師匠に似た技を使える」
キキョウさん。お茶菓子全部食べ終わったんですね。
みんなの分も。
ドルガンさんは寝てるのかな?
最初から目を閉じてずっとうんうんうなづいているだけだ。
「そうなんですか?
彼もコジロウ様の縁者なのでしょうか?
それなら納得できますが」
んん?コジロウ様?ルナのじいさんの名前かな?
「違うわよ!自分で修業したんだって!すごいでしょ!」
なぜかルナが胸を張って元気に答えた。
あっさり言われちゃったなぁ。
まぁいいかそのうちばれるだろうし。
ここまで来たら時間の問題だ。
「それは・・・いいんですかダーレス?」
「いいもなにも、そうとしか教えて貰ってねえんだから考えようもない。
せいぜいこいつを見張るか、うちの領に引っ張って行って、ご隠居に絞めてもらうしかねえだろ」
「そうですね。それがいいでしょう」
えー。俺どっか連れていかれるの?
なんか嫌な感じしかしないんだけど。
「そうよ!ファーストもそうしたいって言うわよ!
そう!それがいいわ。すぐ帰りましょう!」
「いや、ちょっと待ってよ。一体全体何がどうなってそうなるんだよ!」
「坊主。あきらめてくれや」
「ファースト君。一緒に帰りましょうか」
「お爺様もきっとファーストのこと気に入るはずよ!」
「ファースト。一緒に領に行こう」
「zzzzz」
いや、ドルガンさんほんとに寝てるじゃん!
なんでそうなるんだよ!
まぁ、ルクスさんの頼みを聞いた時点で、こうなる予感はしていたよ。
正直、嫌な予感というよりは、ちょっとした期待感があったのも事実だ。
ある程度覚悟はしていたわけで、それもいいかなと思ってしまっている自分がいる。
だって知らない領だよ。
冒険みたいでワクワクするじゃないか。
「さて、話が一段落したところで、彼の処遇についてですが……ギルド長の権限で、彼をEランクに昇格させるというのはどうでしょう?」
ふむ、GからEへと2ランクアップかいいじゃないか。
「だめよ!一人で地竜を倒せるんだからせめてAにしてよ!」
「いや、お嬢・・・俺も頑張ったよ・・」
ルクスさん・・・
「Aはさすがにちょっと・・・。
今回、あくまで彼はパーティの一人として戦ったということにさせてもらえませんか?
先だっての話もそうですが、あまり目立つと国に目をつけられてしまうと思います。
彼は強いかもしれませんが、まだ経験が少なく人脈もありません。
この段階で目を付けられるのは得策ではないと思うんですが?」
「そうだな。下手したら消されるかもしれんな。
まったく嫌な国だぜ。いつからこうなった?」
おー怖い怖い。
いやいやEで十分ですよEで。
ありがとうございます。
そんな感じで、もやもやは残る感じであったが、これからの予定が決まっていったのだった。
地竜の魔石と素材はギルドの回収班が引き取りに行ってくれました。
守備兵も駆り出されたことでしょう。
素材と魔石の報酬はダーレスさんに預かってもらっています。
通常ギルドのランクアップはそうやすやすとできない決まりとなっています。
国の機関ですから国の仕事を依頼することもあるので、強さよりも貢献度を重視される傾向にあります。
まだEですので下から数えた方が早いですが、一人前とみられるランクになります。
依頼をこなさなければ下がることもありますが、ダーレスさんやルクスさんのように別の仕事が入った時に登録を停止しておくこともできます。
その間は討伐に貢献してもランクは上がりませんので、実力と見合わない場合もよくあります。
ブックマークして頂きありがとうございます。
見て頂いた人に評価を頂くのがこんなに嬉しいものかと、更新の励みになっております。