初めてのお店
朝、目が覚めるとルクスさんは既に出て行った後だった。
まぁ、そうだよな。この状況で得体の知れない奴と一緒に熟睡なんて普通できないだろうし。昨日のこともあるし、俺が逆の立場でも警戒するだろう。
顔を洗い、宿屋の親父さんと軽く会話を交わしながら朝食をとる。
「どうやらルクスさん、しっかりお金を置いて行ってくれたみたいですね。助かりました。」
親父さんはニヤリと笑って言った。
「ま、よくあることだ。でも女は連れ込むんじゃねーぞ。」
「はいはい、そんな相手もいませんからー。じゃあ、行ってきます!」
親父さんの軽口に笑いながら返事をして、俺はギルドへ向かった。
今日の仕事は街中の清掃、いわゆるどぶさらい。地道で匂いもきついが、ギルドの仕事としては定番だ。これも冒険者としての立派な役目だと思えば耐えられる。が、夕方にもらった報酬――銅貨5枚を見て少し考え込む。
「うーん、やっぱり兎狩りとかの方が稼げるのかな……。」
そんなことを考えながら宿に戻ると、親父さんに「水浴びしてこい」と言われて仕方なく裏手に回る。清掃の仕事をしていたこともあって、体が匂うのは仕方ないが、少しショックだ。
(ギルドのお姉さんが少し距離を取っていたのも、もしかしてこれが原因か……?)
ため息をつきながら水浴びを済ませ、気分を切り替える。
その後も、兎狩りや薬草集め、草むしり、清掃作業などをこなしながら1週間が過ぎた。この生活にも少しずつ慣れ、街の人々からの視線も柔らかくなってきた気がする。最初はよそ者扱いだったけど、挨拶を交わしたり、地道な仕事を続けることで信頼を得られつつあるようだ。
ギルドに通い続けたおかげで、ギルドのお姉さんとも少し打ち解けてきた。何より、知り合いが増えたのが嬉しい。
そういえば、初日に俺を「おっさん」呼ばわりした子供のことも少しわかってきた。あの子は近所の孤児院の子らしい。孤児院の子供たちは特別に街中の軽い仕事を受けられる仕組みになっているらしい。これは領主の貧困対策の一環で、市民からも概ね好評だそうだ。
とはいえ、俺の感覚だと子供を働かせること自体に抵抗がある。でも、この世界ではそれが常識のようだ。今の俺にそれを変える力なんてないから、せめて子供たちが無理なく仕事をできるよう、場所を譲るくらいはしている。それを見ているせいか、大人たちも自然とそうするようになっているみたいだ。
街にも少しずつ詳しくなってきた。ベルファスの街は大きく5つの区画に分かれている。宿が多い南東の区画は冒険者や外から来た人々が住むエリア。その北には商業区が広がり、店や商人たちが集まる賑やかなエリアだ。そしてその向かい、西側には農民たちが住む農民区がある。農地に直結している南西の門を通じて、農作物が街に運ばれてくるらしい。
さらに北には教会区があり、ここには教会と孤児院がある。教会が炊き出しなどを行う影響で、教会区には貧民街も形成されているとのこと。そして、その奥には貴族区が広がっていて、貴族やその関係者が住んでいるらしい。街の人口は約12,000人。王都には30万人もいるらしいから、この街はその規模には及ばないが、それでも十分に活気がある。
「そろそろイロスさんのところに顔を出してみようかな。」
イロスさんは、俺がここに来て最初に世話になった人だ。商業区の中ほどにある彼の店はそこそこ大きいらしい。この間帰ってきたばかりだと言っていたから、まだ街にいるはずだ。
仕事を早めに終えた今日は、一旦宿に戻って体を拭き、気分を整えてから商業区へ向かった。商業区には多くの店が立ち並び、活気にあふれている。食べ物の店なんかもあるようで、ちょっと興味が湧いた。いつか誰かと一緒に来てみたい。
目的地の店に到着し、中に入ると「いらっしゃいませー」と明るい声が飛んできた。店番をしているお姉さんと目が合う。ちょっと緊張するな。
「何かお探しですか? 日用品なんかはうちでは取り扱っていないんですけど。」
「いえ、買い物ではなくて……。イロスさん、いらっしゃいますか?」
「お父さん? えっと……知り合いなんですか? あ、もしかしてファーストくん?」
名前を呼ばれて驚いた。このお姉さん、イロスさんの娘さんだったのか。
「ちょっと待っててくださいね。」店番のお姉さんがそう言うと、奥に向かって声を張り上げた。
「お父さーん! ファーストくんが来たわよー!」
「おーう。ちょっと待っててもらえ。すぐ行く。」
奥からイロスさんの声が聞こえる。なんだか懐かしい感じだ。1週間しか経っていないのに、ここに来てよかったと思う。
しばらく待っていると、イロスさんが奥から慌てて出てきた。少し眉間にしわを寄せているけど、嬉しそうだ。
「よく来たね、ファー坊……いや、もうファーストと呼ぶべきか。」
「ありがとうございます。今日は早めに仕事が終わったので、せっかくだから挨拶に来ました。あの時のお礼も、ちゃんと言えてなかった気がして。」
俺がそう言うと、イロスさんは少し驚いたような表情を浮かべて俺を見た。
「驚いたね。かわいい子には旅をさせろと言うが、たった1週間で随分大人びたじゃないか。」
「いえいえ、まだまだです。」
「そうだ、紹介しておこう。うちの娘のサーリヤだ。君よりちょっと年上で18歳だよ。この店の店番を任せているんだ。いずれ婿を取って、私の後を継いでもらいたいんだが――」
「お父さん! 初対面の人にそんなこと言わないでよ! 私、まだ結婚なんて考えてないってば!」
「はっはっは! こんな感じだ!」
親子のやり取りを微笑ましく見守りながら、俺はほっとした気持ちになった。
イロスさんが久しぶりに出てきました。
行商人かと思っていたら、そこそこの店だったので主人公は少しびっくりしています。
従業員もいることはいますが、基本手分けして各地に出向いているので基本サーリヤさんか奥さんが店にいます。
地方の街なので交易商人は少なく取引は街や商店などといったところが相手となります。
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