6 リッチィさん、魔族領冒険者ギルドに
ドス黒い何かが飛び散った扉を押して入る。
「ここが冒険者ギルド……」
扉が開くと同時に、室内の酒臭い空気が外に漏れる。
「意外と綺麗ですね……」
一歩勇気を振り絞り中に入ると、黒い建物の禍々しい外見とは違い室内は普通だった。
酒臭い匂いの元は、この室内の端にある酒場のような場所のせいであり、それ以外は割りとお役所の待ち合い室と同じ感じの造りだ。
この時間帯は割りと空いているのか、待ち合い室で座って待つ人は少ない。酒場の方では『ガハハハハ』と笑い声が響いて盛り上がっていたのだが、私が扉を開けて入ると急に静かになった。どうか絡まれませんように。
「えーと、確かあの子が受け付け嬢に渡したらいいって言ってましたよね」
今更ながらローブに着いていたフードを思い出し、顔を隠すように被り直す。
幼女に翻訳して貰った手紙を手に室内を見渡すと、離れた場所に四つほど少し長い列が出来ていたので、あそこが受け付けみたいだ。
「そう言えば門番のおじさんが『俺の娘が勤めている筈』って言ってました」
四つの受け付け人達は見る限り皆女性だ。
「誰がおじさんの娘なのでしょうか……」
一つ目の受け付けの女性は年配の方。少し小太りで頭の横に羊のような丸い角が生えている。
「おじさんの娘にしては歳がいきすぎてます」
二つ目の受け付けの女性は若く、見た目からして十代前半の可愛い子供。真っ赤な目と口を開けた時に時折見える鋭い牙は吸血鬼だろうか? 何故か私をとても凝視していて……怯えている? 何故?
「おじさんの娘にしては若すぎますね。確か『俺には今年成人した娘が』と言ってたような」
魔族の成人年齢は分からないが、今は置いておこう。
牙と言えばあの幼女を思い出すのだが、あの子は黒目の片牙だった。一体どんな種族なんだろう。
三つ目の受け付けの女性の方は……何と言うか、違う。あれは絶対に違うと断言できる。
「人魚……いや、マーメイド?」
見た目は十代後半だろうか。
水色の長い髪に蒼い目の美人さん。上半身は背中が薄い鱗に覆われ、下半身は紫と蒼が混ざった綺麗な尾びれがついている。
これはもう種族として違うだろう。おじさんは獣耳だったし。と言うか、マーメイドが普通に陸地にいて大丈夫なのだろうか。
「……あの方ですか」
四つ目の受け付けの女性は若い獣耳の美少女。見た目歳は十代半場に見えるが、おじさんと同じ茶色の髪と獣耳。この二つで決まりだろう。
酒場の方でガタンと誰かが立ち上がる音が聞こえた。
急いで受け付けに並ぼう。
四つ目の獣耳女の子の列は二番目に長い。
一番長い列はマーメイドで、三番目が吸血鬼っぽい女の子、四番目が羊の角を生やした年配の女性で列の待ちはゼロだ。
後ろからコツコツと誰かが近付いてくる。
列の長さから獣耳の女の子は諦め、三番目に短い列の吸血鬼っぽい女の子の方へ……駄目だ。既に私を見て涙目でイヤイヤと震えている。私が何をしたのだろうか。
コツコツと足音が真後ろで止まる。
急いで四番目に並ぶ事にした。
「オバちゃん助けて下さい」
「誰がオバちゃんよ、誰が」
涙目で受け付けのカウンターに身を乗り出す。
「え? ……ひゃっ!」
突然ローブのフードを剥ぎ取られ、首元に人の吐息が掛かる。
「お前、いい匂いがして旨そうだな」
「……ぅえ?」
クンクンと後ろから匂いを嗅がれ、何を思ったのか羽交い締めにされた。
「ちょっとこっちに来い」
足が地につかない。
誰か助けてー!
じたばたと足掻いていると、目の前のオバちゃんが溜め息を吐くようにして、
「ギルド長、冒険者に手を出してはいけませんよ」
「あ? 何故だ」
ギルド長?
「何故って、駄目なものは駄目なんですから」
「何故だ、こいつは見た限りまだ冒険者ではないぞ」
オバちゃんはそうなのかと私を見る。
「いえ、私は紹介状を書いてもらって冒険者になるためにここへ来まし……ひゃっ!」
「お前、やっぱり旨そうだ」
「今すぐ手続きの方を何とぞ迅速にお願いします!」
首筋を味見された。
オバちゃん見てないで助けてー!
「ギルド長、食べちゃ駄目ですよ」
「何故だ」
「この娘は紹介状を既に持っているようですから冒険者扱いですよ」
「……そうか」
後ろから羽交い締めにされて確認は出来ないが、声からして諦めてくれたようだ。おじさん、ありがとー! おじさんの手紙がなかったら私の貞操が危うく食べられる所、
「……右手一本だけでも駄目か?」
イヤー、離して!!
この人、物理的に私を食べるき満々ですよ!
「…………」
オバちゃんも右手一本だけならとかそんな目で見ないで!!
まさかの補食の危機に暴れていると、ぐるんと後ろからの羽交い締めの体制が前からへと代わる。
「…………」
ここでようやく、私を羽交い締めにしていた人物の顔が拝めた。
「女性、ですか?」
「それ以外に何が見える」
赤色の短髪に金色の目。
端正な顔立ちからしてかなりの美人さんだ。
頭のてっぺんに付いている角はなに?
もしかして鬼さんかな?
「すみません、急に抱き付かれたので男性だと思ってました」
「そうか、じゃあ食べていいか」
「駄目です。冒険者は食べちゃいけないとオバちゃんが言ってました」
「誰がオバちゃんだよ、まったく」
「よし、じゃあギルド長命令だ。食わせろ」
「どんなギルド長命令なんですかそれは! 駄目ですよ!」
まさかとは思ったが、この人が冒険者ギルドのトップなのか!?
「今ならこのポーションもつけるぞ」
「ポーションですか?」
「腕の一本くらいなら直ぐに生える。だから――」
「駄目です」
「――食わせろ。金払うから」
「だ、だだ、駄目ですよ!」
無一文の私にはぐらつく言葉だ。
「そ、それに私はアンデッドですから美味しくないと思いますよ?」
「お前が、アンデッド?」
クンクンと私の首筋に顔を寄せる。くすぐったい。
「お前からは死人の匂いはしない。むしろ極上の匂いが……」
「誰か助けてー!」
そんなこんなで助けを求めるも、周り人達は視線すら合わせてくれない。酒場で飲んだくれている厳つい男達ですら酔い潰れた振りをしてテーブルに突っ伏している。
吸血鬼っ子だけは唯一、此方を震えるようにして見ているが、一体何がしたいのですか。
「はいはい、じゃあ右手を……左手を借りるよ」
オバちゃんは紹介状を元に一人マイペースに手続きを進めている。
丸い水晶のような物に私の左手を翳すと、左手首に輪っかの腕輪が装着された。
「はい、登録終わり。それが冒険者としての証だよ」
そう言って冒険者登録はあっさり終わったようだ。
「あの、一つ聞いてもいいですか?」
「なんだい」
ギルド長に襲われながらも、どうしても気になるとオバちゃんに尋ねる。
「皆さん右手にこの腕輪、冒険者の証をつけているのに、何故私だけ左手に……?」
オバちゃんはニッコリ笑ってこう言った。
「冒険者の証は無くすと再発行の手数料が掛かかるからね。念の為だよ」
「右手に代えてくれませんか?」
それは私が右手を無くすのが前提にしているのか。
ふと、周りを見てみれば、ちらほら左手に冒険者の証をつけている人達もいるが………右手がありません。
私と目が合うと『南無南無』としたポーズを取るのを止めてほしい。
突如、右手に冷たい感触が!
「あの、噛むのは止めてくれませか? 甘噛でも凄く恐いんです……」
「気にするな」
「気にしますよ!?」
この人おかしいよ!
「それにしても、お前本当にアンデッドか? 冒険者の証にはアンデッドの印が着いているが……」
「アンデッドの印?」
左手の冒険者の証を確認してみると『十』の印が付いている。お墓のマークかな?
「正直、私にはお前の匂いを嗅いだ限りでは全くそんな感じはしない。それに普通のアンデッドと比べても姿形が整い過ぎている」
「整い過ぎている、ですか?」
「なんだ知らんのか。アンデッド種は殆どが死んでから暫くしてから蘇る。よってアンデッドは死人、体が何処かしら腐っている」
ギルド長は続けて、
「スケルトンみたいな食う所も無い奴は別だが、お前からは新鮮な……いや、何処か芳ばしい匂いがする。そう、何処か懐かしい濃密の気配が」
「なんですか、それは……」
食えるかどうかの基準で話すギルド長もギルド長だが、確かに話を聞く限りでは私はおかしいと思う。
そして何故か吸血鬼っ子がギルド長の言葉に激しく頷いているのはどう言う事なのだろうか。
「あの、それって多分……」
まぁ、大体の原因は考えつきますけどね。
それは多分私が、
「リッチだからじゃないでしょうか?」
その瞬間、冒険者ギルドが凍り付いた。
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