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短編集

ごりんじゅう

作者: しゅーなな

単なるダジャレもの

【ごりんじゅう】


「お母さん。残念ながら息子さんは五輪獣です」


 午後二時。気怠さの残る診察室で、小児科医は忠実に職務を全うしていた。診察した結果から所見を述べる。


「先生。五輪獣って、一体なんですか」


 男の子―――まだ生後半年程の赤ん坊を抱く母親が、不安げに返す。

 ミルクを飲んでお腹が一杯の赤ん坊は、グズる事も無くご機嫌にしている。

 母親の顔を見て、回りを見て、自分の拳を舐めて、忙しそうだ。


 極めて健康そうに見えるこの赤ん坊に、不安げな視線が降り注ぐ。 


「渋谷スクランブル交差点をご存知ですね」


 小児科医の言葉に、母親は無言で頷く。


「五輪獣とは、国際的なスポーツ大会が開催されると渋谷スクランブル交差点に集まる性質を持つ、獣の総称です」

「ニュースで見た事があります。大声で騒いでいる人達……」


 小児科医は頷く。赤ん坊を見つめながら、残念そうに言葉を続ける。


「息子さんは、その性質をお持ちです。あと十年もすればそうした獣になって、世間に迷惑をかけるようになります」

「そんな……!」


 母親は絶句する。世間に迷惑をかける。

 おしっこ、うんこ、何も迷惑などかけられた事が無い。そんな愛しい我が子が、世間に迷惑をかける。

 想像も出来なかった。


「事実です。検査結果から、そう結論づけられます」

「な、何かの間違いということは無いんですか!?」


 母親の強い口調に、赤ん坊がビクリとする。次の瞬間には、うぇ、うぇ、と涙の抗議を始める。


「証拠をお見せします」


 小児科医はこれ幸いとばかりに赤ん坊に顔を寄せる。マスクをつけたまま、あやそうとでも言うのか……


「坊や、見てご覧。ふなきぃ~」


 顔を震わせながら人名を口にする小児科医に、訳が分からないという顔をする母親。

 しかし、グズりだした赤ん坊だけは、そのグズりを中断し、小児科医をジッと見つめていた。


「続けます。コケちゃいました」

「キャッキャッ!」


 赤ん坊が嬉しそうに笑う。母親は、驚愕する。


「こんなパターンもあります。外れるのは、市川。カズ、三浦カズ」

「…………」


 笑わない!この子は違うかもしれない!


 母親の涙目の中に、俄に希望が湧き上がる。


「それと北澤」

「ブキャッ!バッブゥ!キャッキャ!」


 俄に湧き上がった希望は、あっという間に崩れ去った。


「ダメ、笑っちゃダメ! あなたは普通なの! そんなはずないの……!」


 母親の切なる思いを、赤ん坊の笑い声が粉々に打ち砕く……。


「お母さん。今すぐに決断しろとは言いません。ご主人とよく話し合って―――」

「育てます!」


 小児科医の言葉をみなまで聞かず、母親は鋭く言う。

 その目とその口調に、小児科医はいつも何も言えなくなる。

 例え何年キャリアを積もうと、慣れる物ではない……。


「絶対に世間に迷惑をかけない五輪獣に育てます! 私の命をかけて、絶対に!」


 皆、そう言うのだ。そう言って、最後には渋谷スクランブル交差点の映像を目にする。

 その俺の悔しさが分かるのか。

 その言葉をグッと呑み込み、小児科医は違う言葉を代わりに伝える。


「……わかりましたお母さん。困った事があればいつでもご来院下さい。私も、医師として協力を惜しみません」


 そう言葉を受け、母子は診察室を後にした。


 待合室では、低俗で無意味なワイドショーが流されている。

 母親は、呪い殺さんばかりの目で画面を見つめる。


 なぜ、この子が残酷な未来を宣告されたのに、コイツラはゲラゲラと笑っているのか。皆、皆、死んでしまえ……!


 その願いが通じた訳ではないだろう。低俗な連中が消え去り、代わりに神妙な顔をした若い女性が映し出される。


「ここで速報です。たったいま、東京五輪の中止が決定されました。新型コロナウイルスの深刻な影響を懸念し、これ以上の感染拡大を~~」



 しばらくすると、先程の小児科医が慌てて待合室に入ってくる。


 そして母親と赤ん坊に、こう告げた。


「お母さん。五輪終です」


 おわり

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