姫の小さな一人旅
窓の外の景色が高くて四角い建物から少しずつ緑色を帯びた風景に変わって行く。今日は一人でこの電車に乗った。前回は横にキラ星さんが居た。初めてキラ星さんと来た時のことをふと思い出す。あの時、彼は仕事を途中で休んで付き合ってくれた。
待ち合わせ場所にいた彼はスーツ姿だった。朝のうちだけちょっと仕事があったからと笑った。現地を歩きながら「こうやって歩いていると、僕たちはどこかのセレブとそのセレブに物件を案内している不動産屋さんみたいですね」なんて言っていた。そんなことを思い出すとふと笑みが込み上げてくる。
誘えば今回も付き合ってくれたかもしれない。実際、彼もそう言ってくれていた。けれど、私の休みが不定期で直前にならないと判らなかったこともあって誘えなかった。行くと決めたのは昨日のことだ。
「じゃあ、明日は仕事を休むから一緒に行きましょう」
キラ星さんならそう言ってくれるのではないかとちょっとだけ期待してみたりもした。そうなったらどんなに嬉しいか…。そんな思いでキラ星さんに伝えた。
「明日行ってきます」
「気を付けて行って来て下さ」
キラ星さんのそんな返事にホッとした。キラ星さんをいつも私のわがままに付き合わせてばかりなのは良くない。
「ボクは姫と一緒に居られるのならいくらでも時間を作りますよ」
そんなことを平気で言うキラ星さんの顔が思い浮かぶ。そんなキラ星さんにはだいぶ慣れたと思っていてのだけれど、やっぱり顔がほてって赤くなる。
窓の外に大きな観音様の像が見えて来た。
「久しぶりに観音様を見に行こう」
目的地はここではないのだけれど、電車が止まると私は駅のホームに降りた。夏の日差しが肌を指す。同時に汗がどっと噴き出してくる。気ままな一人旅。予定は未定ではないのだけれど、変更するのは大いに“有り”。朝早くに出たのだから、これくらいの寄り道は問題ない。そのまま途中下車して観音様へ向かう。到着すると同時に噴出した汗が冷や汗に変わる。入口の門が閉まっている。
“開園時間9:00~”
時計を見る。8:32。さすがにこの暑い仲30分も待ってはいられない。気を取り直して目的地へ向かうことに。観音様を後にしてチラッと振り向くと観音様がニヤッと笑ったように見えたのは気のせいに違いないのだろうけれど、少しイラっとした。
モノレールの最寄りの駅に着く。いつもと同じようにここから歩く。最初の目的地は漁港。その敷地内にキイチゴの木がある。今頃が実をつける時期のはず。それを確認したい。前にキラ星さんと来た時にはまだ実が生っていなかった。
歩いて漁港に着くとその木は切られて無くなっていた。でも、全部ではなくて残っているものもある。けれど、キイチゴの実は生っていなかった。
「時期じゃないのかしら…」
せっかくここまで来たので海岸の方へ降りてみる。海岸で平べったくて可愛い石を見つけられたのでちょっと気持ちが上向いてきた。
「さて、次はこの前キラ星さんと歩いていて見つけたキイチゴの木を見に行ってみよう」
再び歩き出す。山沿いの道に入りその場所までたどり着く。
思い返せばその時もキラ星さんはスーツ姿だった。そして革靴でこんな道を歩いてくれた。私が道の入口で待っていてくださいと言ったのにもかかわらず。
「せっかくだから姫と一緒に行きます」
相変わらずのキラ星さん。
ここもやっぱり実は生っていない。更にキイチゴの木を探して坂道を歩いていると、坂の上に教会があるのが見える。坂を上って教会に立ち寄りお願いをする。
「実がなっているキイチゴの木が見つかりますように。そして…」
もう一つのお願いは内緒。
その帰りの坂道でついに見つけた。実を付けているキイチゴの木を。神様がこんなに早く願いを叶えてくれた。
「やっぱり時期は今なんだ」
嬉しくて実を一つ摘んでいただく。そして写真を撮るとキラ星さんにLINEする。それから私が行きたかった場所へ。いつかキラ星さんを連れて行きたい場所。山の中にある場所なのでスーツ姿のキラ星さんを連れていけなかった場所。そこからの景色が私は好き。いつかきっとキラ星さんと一緒に見たいと思う。
目的が達成できたのでそのまま帰路に着く。帰ったらゆっくりお風呂に入って汗を流そう。モノレールを降りて乗り換えの駅でキラ星さんからLINEの返信。
「その景色を一緒に見たかったです」
本当にいつかそうしたいと思う。でも…。電車が来たので乗ってからキラ星さんへ返信する。
「ホタルを見に行きますか?」
キラ星さんからすぐに返信。
「ここにホタルが居るんですか?」
心地よい電車の揺れに眠たくなってくる。気が付くとキラ星さんからまたLINEが着ていた。
「ホタル、見に行きたいです。ボクは姫の顔ばかり見ているかもしれませんけど」
本当にキラ星さんったら。