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使徒、三倍以上になる

 10日が過ぎ、サクラ姫によるリストアップされた孤児院や留置場の()()は終わった。


 現在、洗脳したギルドの孤児は70人くらい。

 彼等の今の価値観は『サクラ姫の喜ぶ事をすること』『サクラ姫の嫌がる事をしないこと』である。

 彼等は協同生活をして各団体の要請に応じて派遣社員のように出向して働く。そして過去の精算ということで、給料は無く町への奉仕となっている。そもそもウエアルの財政はまだマイナスで支払う能力はない。サクラ姫の個人財産でも足りる訳がない。彼等は衣食住が確保されている程度。


「奴隷じゃね?」

 ユキオはそう呟いた。


 元は問題児。

 学力が高い者が少ない。

 現場作業員は足りているが、事務方が足りない。



 しかし、意外な所から人材は出た。

 サクラ姫の使徒になりたいと人が集まって来たのだ。


 初めは1人。また1人と増える志願者。それは男性だけでなく女性も。

 この人たちはギルド時代に不幸になり絶望し心壊れた者。絶望の理由は様々。ウエアルはギルドから解放されたが彼等は笑顔を取り戻すことは出来なかった。

 そしてそんな彼等の目に映る元ギルドの孤児の姿。記憶はあるが別人格。そして嬉々として労働する姿。過去を忘れて居ないのに忘れたかのように幸せそうな姿。既に教祖と使徒の噂は広まっていた。


 心壊れた者はサクラ姫に救いを求めた。お金の救いではない。心の救いだ。


 サクラ姫は初めてその者に頼まれたときに迷った。

 救って欲しいと言われるけれど、自分のしていることは救いではなく洗脳だ。この人達は勘違いをしている。


 最初は心の助けを求めた人に当たり前の優しい説得をした。よくあるカウンセリング。でもまた来る。他にも次々来る。



 そして洗脳してもらえなかった1人が首を吊って死んだ。






 彼等は首を吊る、川に飛び込む代わりにサクラ姫の元に歩いていたのだ。彼等は来世かあの世か・・・・そしてサクラ姫に救いを求めた。





 サクラ姫は自殺されるくらいならと彼等を受け入れる事にした。カウンセリングは無意味だ。




 使徒は100人を突破した。




 洗脳をする度にサクラ姫は自問自答する。本当は間違っていないか、これでいいのかと。


 自殺する代わりにサクラ姫の元に来る者達。

 彼等が使徒になったことで、色んな分野の職場にも派遣出来るようになった。新たな使徒の中には兵士もいたし。

 彼等の中には家持ちも居る。その家は協同生活の場として使徒の何割か収まった。ヤりたい盛りの年頃の男女がひとつ屋根の下に居ても間違いが起こらない。同じ部屋でも何も起きない。


 端から見れば異様。


 そう、彼、彼女らは通常の性行為に興味を示さなくなっていた。


 そして彼等は自分達でサクラ姫の肖像を描きあげ、皆で崇拝した。

 サクラ姫としては神社だの教会だの神殿だの神事はするつもりは無かったが、使徒達は休みを利用して勝手に盛り上がって行った。

 そしてまだ使徒はじわじわ増えている。


 もう戻れない。

 一度かけた洗脳は解けない。全てサクラ姫が背負うしかない。

 サクラ姫は覚悟を決めた。この者達と運命を共にしよう。心を奪った者の義務だと。




 ーーーーーーーー




 ここは城の中のサクラ姫の執務室。

 朝の公務を終えたサクラ姫は次に職業訓練中の使徒の元に向かう。新たな依頼に使徒を派遣するためだ。

 これから職場に向かう使徒達にはふんだんに笑顔を振り撒かねばならない。これが彼等の癒しになり活力となる。儲けも渡さず笑顔だけで濃き使おうというのだから質が悪い。

 当のサクラ姫はその罪悪感に胃が痛くなるので、度々ユキオにヒールを掛けて貰っている。今日もだ。


 執務室の仮眠ベッドに横たわるサクラ姫にヒールを掛けるユキオ。

 傍らには側近で事務方取り纏めをするヤシチと、新たに見習いとして入った30代後半の女性。名前をキリという。

 キリは使徒である。

 器量は普通。元は商家で働いていて仕事の出来る女と言っても良い。だからヤシチの助手見習いとして配属された。



 身体を起こしながらサクラ姫がヤシチとキリに声を掛ける。


「もうしばらくしたら出発します。ヤシチとキリは先に降りて準備をお願いします」


 サクラ姫の言葉に従い部屋を出ていくヤシチとキリ。


「ふう」


「サクラ姫、今日も休めないのですか?」


「大丈夫です。慣れましたから」


 一年前、クロマツギルドからの逃亡生活も大変だったが、今も別の意味で大変なサクラ姫。


「ユキオ様。今の悩みを聞いてくださる?神子には相談しても理解してくださりませんでしたの」


「なんでしょう」


「本当にどうしたら良いやら。私が人の感情が読めるのはご存知ですよね」


「ええ」


「ここ数日感じていたことですが、ヤシチがキリに惚れています。困りました」


「え?ヤシチさんが?」


 ユキオは驚いた。

 あり得ないことではないけれど、無いと思ってた。ヤシチさんは仕事に私情を持ち込まないと思ってたから。


「困ったわ。使徒は恋愛をしないの。ヤシチの想いは報われないわ」


「なんとかならないのです?洗脳解くとか」


「洗脳は解けないの、私が死んでもね。ただ私がキリに()()()すればヤシチの伴侶になってくれるでしょう。でもそれはキリの本意では無いでしょう。私に洗脳された時点で価値観の最優位は私で他の男を本気で愛する事は有りません。当然セックスをしても満足しません。しかも、彼女が洗脳されてなくても20歳以上年上で初老のヤシチでは振り向いて貰えなかったでしょうし」


 サクラ姫は口には出して言わなかったが、歳をとってるだけでなく、ヤシチさんは良い男ではない。

 サクラ姫がキリに()()()すればカップルは出来上がるだろう。サクラ姫にはその力が有る。

 だがそれはサクラ姫がキリを本当に物として扱う行為。そしてカップル、伴侶になったとしてもヤシチはキリの心だけは手に入らない。


「ユキオ様、どうしたらいいのかしら?」


「分かりません。キリさんはどういった方なのですか?」


 サクラ姫は少し迷ったが、キリの素性を話し出す。


「キリはね、我が子を殺したの。結婚して普通の家庭を持ったのだけれども、仕事で家を開けていてばかりで子供が悪い仲間(ギルド)と行動するようになってね、それに気付かなかった。そして気が付いたときには泥沼。子供は男の子だったのだけれども、家の金は残らず使い込むし、町で悪事は働くし、酷いものだったそうよ。子供の被害者にはキリの知り合いも。何をしていたかは・・・・言わない方がいいわね。キリは夫と何度も子供を探して見つける度に説得して拒否され、被害者に謝罪して回り、損害の支払をすると約束するけれど金は子供が持ち逃げしててないし、その分働かねばならないのに子供の悪評で職場にも居られなくなり、キリと夫は消耗していったわ」


「もしかして」


「そう、後はお察し。財産を失い借金だらけで、夫も仕事も失い、自身は投獄。その瞬間は憎くて刺した筈なのに頭に蘇るのは幼い頃の無邪気な我が子の笑顔。牢で狂ったように泣いたり叫んだり死のうとしたり。キリは刑があけたらギルドに買い取られる予定だったのよ。何をやらされるかはお察しよね。ギルドは勝手に子供をギルド員登録してキリ夫婦に損害賠償を求めたのよ。親によ?」


「酷い・・・・旦那さんは?」


「行方不明。逃げたのか、ギルドに捕まって炭鉱に放り込まれたのか、殺されたのか自殺したのかも判らない」


「キリさんと初めて会ったのは?」


「牢獄・・・・と言いたいところだけれど、手遅れで()()()()()の宿から来たわ」


「そうですか・・・・

 その、ヤシチさんは知っているのですか?」


「全部知っているわ。私と常に行動を共にしていたのですもの」


「辛いですね」


「何も出来ないのが一番辛いわ。悪手でも何か出来るのならこんなに悩まないのに」



 サクラ姫は立ち上がり、身なりを整える。今は見慣れた白とピンクと赤の衣装。もう行かねばならない。

 サクラ姫は思った。ユキオ様ならこの苦しみをわかってくれる。神子ではわからない。こんなことで神子は苦しまないから。


「ひょっとして・・・・」

 そう言い掛けてサクラ姫は口を止めた。



『神子もこうやって誰かに作られた人格なのかしら?』


 サクラ姫に神子からの答えはない。


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