使徒増加中。そして会議と懇親会
ええと、あれから毎日サクラ姫は忙しく動きまくっている。午前中公務、午後は孤児院と牢獄巡り、夜は夜で各種団体と懇親会やら説明会やら。
俺のヒールが無かったら過労死してるわ。
サクラ姫の使徒獲得が気になるからウエアルに残っていたけれど、今はサクラ姫の体調が心配だからここに居る。
でも、俺のヒールで身体が治っちゃうからまた無理をしちゃうんだろうな。俺が居れば身体は治るし栄養もとれる。でも心は大丈夫なんだろうか?
胃潰瘍はヒールで治せるが心労が有るのは間違いない。
村の方ではあれからラーメン屋の営業を2日連続営業を2回した。
「俺もラーメン屋手伝おうか?」
と、言ったけれど車二台で食材を受け取りに来たラララとコユキに、
「来なくていい」
と、断られた。
実際、材料さえ有れば俺が居なくても店は回るし、奉行エチゴヤと領主オーリンも気をきかせてくれるから客層や治安に心配はない。
それと、コユキとラララはサクラ姫が一番大変だと分かってて俺を呼ばないのだろう。ヒール役としてサクラ姫の近くに居ろと。
さて、現在使徒は30人を越えた辺り。
サクラ姫、まさかモーホーすら手懐けるとは恐るべし!
完全なる洗脳。
元日本人の俺はどうしてもこのやり方が気に入らないが、現実として狂暴性が消えて従順になり、犯罪を一切しなくなった。
サクラ姫に洗脳されて使徒になったのは殆んど未成年。
未成年とはいえ、ギルド直営孤児院育ちは子供の頃から殺しや拷問や恐喝のやり方を仕込まれてきた存在。そして、支配者であるギルド員が消えてストッパーが無い状態。
それが大人しくなったのは確かに良いことなのかもしれない。
成年のギルド系犯罪者はギルド壊滅と共に殆んど消えた。逮捕されずに居たものも殆んど町民に殺されたからだ。それほどまでに強い恨みを買っていたのだ。
ただの町民が仇討ちとはいえ、人殺しをする。
これも元日本人の俺には考えられない事だ。
でも、これも仕方の無いこと。ウエアルでは戸籍も完全ではなく、犯罪記録もギルドに邪魔されていたので余り残っていない。現状警察役も人手不足でうまく機能していない。通報して逮捕して貰って裁判とか、今は無理なのだ。現状では犯罪やったもん勝ち。だから町民による反撃も今は目を瞑るしかない。
だが一日も早く番屋、奉行所の整備と訓練が求められる。町民を放置すれば、今度は町民が悪に染まるかもしれない。
今夜は呉服組合青年部への新体制の説明会と懇親会。懇親会とは飲み会。
サクラ姫は部下に指示を出す。それもかなり下っ端の部下に。
「宴会場は一時間でお開きにします。貴方達は参加者を連れて夜の町に繰り出しなさい。そして飲ませて会議で彼等が言わずに飲み込んだ本音を言わせるのです。『実は・・』その先を聞いて来なさい」
誰彼構わず洗脳するのかと思ったら違うらしい。部下と各団体代表を洗脳すれば楽なのだろうが、それはしないらしい。それにはほっとした。
夕方の呉服組合との会議は静かに終わった。一応、後学のために俺も脇に座っていたけれど、皆建前で話すような会議だった。問題点を訴え、補助金と税金の話、ウエアルの展望の設定。いかにも会議という会議。そしてあらゆるものの決定が先送りにされ、みんな頑張りましょうで終わった。
そのあとの懇親会は隣の部屋で用意された料理と酒で行われた。豪華でもなく質素でもない微妙な料理だったわ。二次会のほうが美味しいもの食えるかも。
サクラ姫は最初の挨拶だけ済ませるとそそくさと退席。それは、自分が居ると自分への挨拶会になって全然懇親会にならないからだと。自分より部下と仲を深めて欲しいとの事。
懇親会を退席したサクラ姫は自身の執務室で俺と二人きり。他の人からはサクラ姫とユキオがしけこんだと思われてるかもしれない。しかし、サクラ姫にはそれは不利にならない。将来俺との政略結婚をしたいと思ってるくらいだし。
サクラ姫は一本だけ持ってきた酒を飲んでいる。俺にも進めて来たから一杯だけ貰ったが不味かった。
「サクラ姫。『実は・・』のあとを聞いてこいって言ってたのは何故?その内容を今後の方針や警戒に使うのですか?」
「そうね、それもあるわ。それとね、部下に目標を持って欲しいの。この人のために働きたいって」
「それって、癒着になるのでは?」
「景気を上げて町を盛り上げてくれるなら誰でもいいわよ。あの人達も会議では団体職員として話していたけれど、今頃は個人の夢や悩みを言い合ってるかもね。案外そういうところに起爆剤はあるかもよ。それに今夜お金使い過ぎたらまた働かなきゃだから、それも狙いね」
「そうですか。彼らに洗脳はしないのですね」
「ああ、心配していたの?無暗やたらにしないわ。私からの洗脳は価値観の上位に私が割り込む事ですからね。例えば既婚者を洗脳するとその人の大切なものが家族より私になっちゃうの。そんな酷いこと出来ないわよ。価値観を変えるってその人の過去を握りつぶす事に近いわよ。嫌な能力よね」
「そうですか」
サクラ姫が洗脳の乱れ打ちしなくて良かった。
そうか、その人の大好きなものを変えてしまうということか。妻子より上の存在になってしまう理不尽さ。
「それにね、するからには人生と引き換えにしてもいいくらいの快楽と幸せを与えるわ。それは私の意地」
「意地・・」
「でも理不尽よね。洗脳とはいえ、私は天に登るような快感を与えてるの」
そう、それは通常の人間では得られない快感。それはサクラ姫の男達から聞いた。洗脳ではベッドを共にせず与えているが。
「でも、誰も私にあの快感をくれる人は居ないわ。私は目の前で指を咥えているだけ。私は味わえないの。洗脳する度に私は欲求不満になるのよ」
そうか。
サクラ姫は快感に陥る人を見るが、自分は快感を得られない。
椅子を立ち、サクラ姫に向かおうとした。今なら・・
しかし、サクラ姫はコップを机にカンッと音を立てて置いた。
「今、私に同情したわね。それと抱こうとも思ったわね。でもね、残念だけどユキオ様でも私をこれっぽっちも満足させられないわ」
これは拒絶?
厳しい目を俺に向けるサクラ姫。
「もし、覚悟が決まったら教えてね。なん十回でも天国に送ってあげるわ」
サクラ姫に勝てはしない。
俺は引き下がることにした。