タクトウ左岸農園
俺はグーイ。
タクトウの田舎の青年部のひとり。
今、農園の奥の林にいる。鬼が出たからだ。
鬼退治は俺達地域住民の仕事。
だからといって俺達は強いわけじゃない。
一番強いギルド員達は鬼退治をしない。後ろで楽々座ってるだけだ。
鬼が出たらまず地域の自治会に連絡して警戒してもらい、ギルドに行って鬼退治用の武器を借りてくる、有料だ。その武器を使って青年部の勇士で鬼退治をして、終わったら後ろで待っているギルド員に武器を返却して、レンタル時間の確認と追加伝票があったらそれを受け取り、怪我人の治療用具が要る場合はまたギルドから買う。
俺達が鬼に殺されてもギルドは困らない。見舞いも優しい言葉もない。
それどころか、ギルドに鬼退治を頼もうものならいくら請求されるか・・・・
家も財産も村の女を取られ、男は奴隷となる。
領主はなにもしてくれない。いや、何も出来ない。
領主タクトウはタクトウギルドの言いなり。予算も殆んどなければ人員も居ない。兵なんて居ない。
だがあの日全てが変わった。
オーリンの銀の夫婦が現れた。
たった1日でタクトウギルドを叩き潰したらしい。
初めて聞いたときは耳を疑った。ギルド員と言えば強くて武器をいっぱい持っていて、戦うときはどんな卑怯な手段だって使う奴等だ。
それを全滅?
1日で?
たった二人で?
しかも、ギルド全員を一度に相手したというのだ。
銀の夫婦とはどんな化け物だ?
ギルドが無くなって嬉しいが、銀の夫婦が怖い!
まさかギルドに代わる新たな支配者か?
ギルドを討伐したのはギルドの資産と権力の横取り?
銀の夫婦は余りの強さに、身長10メートルもあるとかいう噂を聞いた。腕のひとふりで何人も薙ぎ倒すとか。夜の道をおたけびを上げながら走り回るとか。
ギルドは無くなったが、新たな恐怖の時代の始まりか?
不安は尽きないが、今は鬼退治だ!
ギルドが無くなって、武器が借りられなくなった。
事情を話して壊滅したギルドの武器を取ってかき集めた地域の人から武器を貸して貰った。貸してくれた人も俺を疑ってた。ギルドの生き残りの手先じゃないかと。借りる為の説得と説明だけで凄い時間を使った。
せめて領主が動いてくれればいいのに、領主のほうも今は大変らしい。漸くギルド残党を取り締まる方向に動き始めたようだが戦力は殆んどないし、内部に今までギルドの新派だったものも居て、その対処に追われてるらしい。つまりは役に立たない。今は他領の役人が色々業務代行しているという。
帰ってくる前に役場に、
「左岸農園に鬼が何体も出た。直ぐ助けてくれ!」
と、頼み込んで来たがどうなるだろう? 何体もと言ったけど、何体かは俺も判らない。遠目にも5体は居た。もっと居るかも。
俺の話を聞いてくれたのは制服の違いから他領の役人だった。通じたか?
何とかしてくれると信じるしかない。
そして俺は大急ぎで村に戻った。
ーーーーーーーーー
「武器は?」
「借りてきた!皆に渡してくれ!」
「有難い!」
「応援も頼んだけど期待はしないでくれ。受付に他所の領の役人しか居なかった」
「やっぱりか。領主は宛にならないな」
「すまん」
「お前が謝ることじゃない。お前はよくやった」
「いや、残ったお前らの方が大変な筈だ。今鬼は?」
「今、四番地の畑を荒らしてる。だけどそのうち村に入ってくるぞ。鬼の好きそうな野菜があんまり実って無いから、人肉欲しがるのも時間の問題だ」
「まずいな。見張りは?」
見張りとは鬼を見張り、いざとなったら鬼を引き付けて村から遠ざける『肉の囮役』だ。一番危ない役割。
「いま、見張りはソウタがしている」
「俺も行く」
「グーイ、大丈夫か?疲れてないか?走ってきたばかりだろう」
「お前らより疲れてない」
「すまん頼む」
俺はソウタの方向に二人分の武器を持って向かう。
丸腰で鬼の見張りと囮をしているソウタ。こん棒は持っているだろうが、そんなもの鬼相手には武器になりはしない。
どこだ?
ソウタどこだ?
「うわああああああ!」
ソウタの声だ!
向こうの木の合間に小さく走るソウタが見える。たまに振り返り、わざと大声出してからまた走る。
囮をしてるのか!
鬼が動いたか!
村と逆方向に移動するソウタ。それを追うデカイ図体の怪物! 2、3、4、、、7体!
「ソウタ!」
「グーイ!」
ソウタの方向に走る!
「武器だソウタ!」
「早く!」
俺はソウタと合流して武器を渡す。
後ろを見れば鬼が悠々と後を追ってくる。
俺達が武器を持ったところで恐ろしくは無いんだろう。実際、鬼の方が強い。それが7体だ!
俺がソウタと合流して、鬼は喜んでいるようにも見える。肉が増えたと。
「走りにくい、林を出るぞ!」
森の中は隠れるにはいいが、追いかけっこだと不利だ。俺達がよじ登り越える倒木も巨体な身体を持つ鬼はひと跨ぎ。
走って走って草原に出た!
いや、ここは麦畑。
鬼も追ってきた。
ソウタと二人で振り返り鬼に向かう。
もう逃げれない。走りすぎて足が辛い。心臓がおかしくなりそうだ。
「ソウタすまない。もっと早く俺が来てれば」
ゼイゼイしながら話す。
「ああ、待ちくたびれたよ。でも仕方ないんだろ?」
同じようにソウタも息を切らしている。
「すまない・・」
「せめて何体か鬼を減らそう」
「分かった。少しでもな」
俺とソウタはきっとここで死ぬ。鬼の餌になる。
だが、村のために少しでも鬼を殺しておきたい。どうせ死ぬなら少しでも・・・・
少しでも・・・・
バアアアアアアアアアアアアアアアアアアアーーーーーーパンッ! ブゥゥゥゥゥアアアアアアアアッ!
なんだ?
この変な音は?
鬼じゃない。鬼もその音に気を取られている。
聞いたことの無い種類の音。
バアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ、バアアアアアアアアアアアアアアッ、バアアアアアアン、バン!
あまりの奇怪な音に鬼も気を取られている。
そしてその奇怪な爆音の主が現れる!
なんだあれは?
見たことの無い乗り物に乗る人間。変な被り物で顔は見えない。あれだけの爆音だったのに案外小さい。馬よりすこし小さい?
そしてゴツい。
車輪が2つ。
それが前後に並ぶ形で着いている。見たことの無い車輪。そして車体。
それがどうして前に進めるんだ? 確かに馬も牛もなく走っていたぞ? しかも何故か横に倒れそうなのに倒れない。
その謎の乗り物は少し遠くに止まり、音も止まる。
乗っている人間はそれに股がったまま片足を伸ばして地面につける。そして、反対の足を大きく上げながら降りた。
あ!
あれが倒れる!
しかし、それは倒れそうなのに倒れない。なにかつっかえ棒みたいなものが出ていて自立している。
それから降りた人間はゆっくりと被っていたつるんとした被り物を脱ぐ。
被り物を取ったその姿は女だ!
自由になってさらりと靡く銀の髪。
女はその被り物を乗り物の上に置くと、代わりに乗り物から長い刀を引き出した。
「助けに来たわよ」
男と変わらない背丈。
すらりとした体格。
スカートでなく黒いズボンを履いているが、かなり細いズボンだ。それも見たことが無い素材。上着もかなり細身で胸の盛り上がりが分かる。
さっきは動転していて思わなかったが、確かに女だ。それも美しい部類の。
女は剣を鞘から抜き、歩き出す。
重い剣を持つのに体軸がぶれない。細身なようで筋肉はしっかりついている。
そして目付きが凄い。
恐ろしい7体の鬼を目の前にして全く恐れが無い!
鬼斬り。
少し前に絶えたと言われた一族。
鬼斬りなのか?
「役場からの依頼できたわ」
「役場? あっ!」
そうだ、役場に無駄だと思ったが鬼退治を頼んでおいたのを思い出した!
今まで役場に頼んでも来てくれたことなんてない!
でも来た!
だけど、勝てるのか?
女だぞ?
「あなた達は休んでなさい。これでも飲んで」
女は変な透明なビンに入った濁った飲み物を一口飲んで、残りを俺に投げて寄越した。
バシッと空中でつかむと、ビンの感触が変だ。透明なのにガラスじゃない。
呆気に取られる俺とソウタをそのままに女は剣を肩に載せて鬼に向かって歩き出す。
「グガガガガガ!」
「グガガガガガ!ガッ!」
鬼が2体同時に女に襲いかかる!
危ない!
しかし、次の瞬間地面に鬼の手がよっつ転がっていた。
既に女の姿は無い。
そう思ったら別の鬼の首が跳ぶ!
女は地をするりと抜けたり宙を飛ぶように跳んだりしながら次々と鬼を斬り倒す!
その度に美しい銀の髪が揺れる。
1人の圧倒的強者に逃げまとう生き残りの鬼。
「銀の夫婦・・・・」
咄嗟にそう思った。
「まさかあれが」
「銀の夫婦の女かもしれない」
「そうなのか!?」
「いや、判らない!でも!」
あの強さ。
俺達が束になって作戦組んでやっと一体づつ倒せるかどうかの鬼をこんなにあっさり斬り倒すなんて。
1日でギルドを壊滅させた銀の夫婦の女なのか?
身長10メートルとか噂で聞いたが、見た目だけならただの美しい女だ。
「グギャガガガガガ!」
「クアアアアア!」
見えないが向こうで鬼の声がする。雄叫びじゃない、悲鳴だ。
恐ろしい銀の女に鬼が恐怖している。
そ、そうだ!
「ソウタ!その鬼のトドメを!」
「そうだった!」
女が最初に両手を切り落とした鬼がまだ生きてる。血を失って瀕死だがまだいきてる!
俺とソウタは一体ずつ芋虫のように地面に転がる鬼の首を切った。
すると、鬼は首から血を流し遂に動かなくなった。
俺は渾身の力で鬼の首を切ったのに骨は断てなかった。鬼の骨は硬い!
ソウタも同じだ。
あの女は一発で切り落としてたぞ。
「ソウタ、なんであの女は一発で切れるんだ?」
「わからん。相当な怪力なのかも」
「終わったわよ」
気が付けは背後にあの銀の女。返り血を全く受けてない。刀は血だらけだが。
すると女は腰の物入れから不思議なうすい物体を取り出し、それを見る。
そしてまたしまう。
「これでこの辺の鬼は全部ね。終わったから帰るわ」
「待って!」
素っ気なく、あの乗り物の方に行こうとした銀の女を呼び止めた。
歩き始めた銀の女がまたこちらを向く。
美しい!
ずっと見ていたい!
吸い込むような瞳が俺を見ている。
「なに? 忙しいんだから」
「命を救って頂いて有難うございます!あなたが銀の夫婦ですか?」
これだけは聞きたかった。
「違うわ」
そしてそのまま女は去って行った。あの爆音の乗り物に乗って。
そして手元には不思議なビンだけが残った。




