案内役 ルタチ(キバラ)
ドアが開いて入ってきたのは若い美女だった。
スラリと背が高く、整った体型の銀の髪の女。
整っている。そう、完成された美だ。強調するだけの肉体でもなく、白いだけの肌ではない。
その女は離れた俺の向かいの椅子に座り、長い剣を杖代わりに体の正面に立て、腕を乗せた。行儀が悪い。だがそんなポーズも美人がすると絵になる。
銀の髪の中のひとふさだけ紫の髪が後ろから、さらりと前に流れた。
こいつだ。
間違いなく、銀の夫婦の片割れ。
美しいだけではなく、とても強い。
きっとこの女を抱ける男はそういない。知らずに狼藉を働けば命を失う。
暗闇で俺が押し倒そうとしたところで叶いはしない。
「私はあなたの探していた2人のうちの1人。名前はミユキ。貴方はなんと呼べば良いかしら?ウエアルの職員さん」
ミユキか、いい名だ。
俺は名前を名乗っては居ない。
それは、ギルド討伐の依頼を持ってきたウエアルの使者として、討伐失敗した際の報復をされないためとしている。
ギルド討伐が失敗したならば、領主もそうだが、関わった職員もギルドに殺される。家族も。
だが、この討伐以来自体がギルドの罠。実際はウエアル職員はギルドの駒のようなものだ。殺されることはない。しかも俺は本当はギルド員。今だけウエアル職員となってる。
一応名前は用意してある。
「私のことはキバラとお呼びください」
「全てが終わったなら本名を教えていただけるのかしら?」
「まあ、その時は」
この女も俺が本名を言ってないのは分かっているようだ。馬鹿ではないらしい。
「あの、旦那さんは?」
「いないわ」
「そうですか」
夫は何処にいるのだろう。
恐らくはこの女より強い夫。
いつも一緒ではないらしい。
オーリンギルドとクロマツギルドを無血制圧したという夫婦の夫。
殺さずに制圧するのは殺しながら制圧するより強くなければ出来ない。
だが、ウエアルギルドの見解は、
この夫婦は人を殺せないのじゃないか?
というものだった。
人を殺せないというのは足枷になる。人の死に滅法弱い。
そういう相手には人質作戦がよく効く。
親族の人質が手に入るなら最善だが、別に親族や親友でなくても良いのだ。そこら辺の子供で充分。
「ギルド討伐の依頼だけれど、受けるつもりよ。そこでいくつか質問があるのだけれど」
「本当ですか! ウエアル様にいい知らせが出来ます! なんなりとお聞きください」
「いつからしたらいいのかしら? もう始めていいのかしら」
「もう? 一旦、領主様に会って頂いて依頼が本物だと確認していただかなくても?」
「必要ないわ。貴方も依頼も本物なんでしょう?」
まずい。
あの依頼書は間違いのない本物。ウエアル側が一枚噛んでいるから用意できた本物の依頼書。
計画では移動前に連絡係に一報いれて指示通りのルートを歩くことになっている。
街道で奇襲の為だ。もしその奇襲が破れても領主の所に行って、第二の奇襲を城ですることになっている。それは領主側と打ち合わせ済み。
「ウエアルには不慣れでしょう。私が案内いたしますよ」
「必要ないわ。ウエアルギルドくらい知ってるわ」
「いえ、隠れたアジトもありますし」
「あれを隠れたとは言わないわ。悪趣味で丸わかりじゃない。壁の絵も下品よ」
なぜ知っている!
「それと」
「それと?」
「殺していいのよね?」
「 !! 」
話と違う!
「ああいうのは後で取り調べと裁判すると言い逃れされるから殺しちゃった方がいいのよ。貴方もそう思わない?」
「でも、冤罪とは言わなくても、微罪な者も・・・」
「そうかしら。ウエアルギルド員は下っ端の人夫から薬草採取まで皆極悪人だし。斬り残す必要なんてないわ」
「そ!」
ヤバい。脂汗が湧いてくる。
この女はヤバい。
俺もギルド員だと知られたら殺される!
「クロマツの時は殺しちゃ駄目と言われたからだし。ああいうのって面倒なのよね」
「そうだったんですか・・・」
「もう討伐始めていいかしら?」
「お待ちください!」
「なに?」
まずい!
このまま銀の夫婦に動かれたらウエアルギルドの計画が崩れる!
奇襲するどころか奇襲されることになってしまう!
なんとしても先に連絡を入れて準備の時間を稼がなければ。
「あの、その、城に連絡を入れないと」
「終わってからでいいじゃない」
「こちらにも準備がありますし・・・」
「なんの準備よ」
「その・・・」
困った。
なんて言えばいい!
なんとか直ぐ出発するのを止めなければ!
考えろ! 考えろ!
「いいわ。4日後に出発しましょう。色々準備があるのよね?」
「え、ええ」
ほっ。
「それから、報酬は?」
「ほ、報酬はウエアル様より書面通り、1億イセ用意させていただきました」
「2億よ」
「え!」
「2億。ウエアルに連絡入れるんでしょう。そう言っておきなさい。今は損でもギルドが無くなればそのくらい簡単に捻出できるわ。追加1億分の依頼書を作成してもらいなさい。そうね、それが届いたら出発するわ」
「は、はい。そう伝えます・・・」
なんてがめつい女なんだ!
だが、銀の夫婦が死ねば終わりだ。
1億だろうが2億だろうが関係ない。
もし、銀の夫婦が勝ってギルドが滅びても、俺は逃げれば助かる!
ウエアルは2億という莫大な支払いが発生するかもしれないが、俺は逃げる!
ギルドが倒されたら悔しいが、どうせウエアルは2億は払えない。奴らが泣いて値引きをすればいい! 俺は知らん!
逃げた俺を追いかけるギルド員は居なくなってる筈だ!
「もし、1億の支払いだけだったら、捕まえたギルド員を1億イセ分解放しようかしら?」
俺は青ざめた!
そんなことをされたら俺が殺される!
ギルドと領主側の両方から恨まれる!
逃げても地の果てまで追われる身になる!
銀の女が俺を睨む。
さっきまで美しく見えた顔が今は恐怖の対象。
ウエアルギルド、大丈夫なんだよな? こいつを倒してくれるんだよな!
作戦も戦力も大丈夫と言って居たが本当だろうな!
ギルドが勝ってくれないと俺も詰む。
ルタチ、道案内役中に銀の夫婦と一緒に、大勢のギルド員から弓矢で奇襲されることを分かって居ないおバカさんです。