桜の葉っぱ
いつものエチゴヤ邸でございます。今日は俺一人。
いつものように空き缶を奉行所に納品してお金貰って、いつものようにエチゴヤ邸に生八つ橋の差し入れ。
お奉行はどちらにも仕事で居なかったが、女中頭が俺の相手をしてくれた。いや、してくれたというより待ち構えられていた。菓子について聞きたいことが山のようにあるのだろう、本の中の説明文とか。
目の前に現れた女中頭は既に本のいくつかのページに指を突っ込んで開く準備をしている。
そうくると思ったさ。
しかし俺も準備してたのだよ、新たな課題を。レシピ本を抱えて俺に詰め寄ろうとする女中頭に先制攻撃。
スッ。
新たなお菓子を出す。
「先ずはお茶にしませんか?」
「ユキオ様、これは!いやたしか・・」
「先ずは食べてみてください」
そう、これはカステラ。
女中頭に渡したレシピ本に載ってた筈だ。
しかも、カット済み。
俺がひとつ食べてみる。うむ、うまい。
女中頭もひとつつまむ。
「凄く柔らかい」
女中頭はまだ食べてないがカステラを目の高さでまじまじと観察している。彼女にとって、写真でしか見たこと無いものが目の前にある。写真ではこの柔らかさは分からないだろう。サブレのようなものだと思ってただろうか? それとも餅のようなものだと思ってただろうか?
そして遂に口に。
「甘い」
何故か一番下から食べる女中頭。そこら辺は砂糖っぽいから相当甘い筈。そして少しづつそのひときれを食べすすめた。
「なんて柔らかくて美味しい。あのユキオ様」
「なんでしょう」
「読んでください!」
女中頭は本を開いて俺に向け、深々と頭を下げた。
しまった、かなりめんどくさいことになっちまった。しかも今食べたばかりのカステラのページ。
その後は中年女性にべったり隣で本の読み聞かせなんていう萌えない作業に費やした。
主に桜餅、生八つ橋、カステラの作り方。動作は写真に載っている所はイメージで判るという。
問題は材料だ。
粉が米粉なのか小麦粉なのか、芋で代用出来るか。材料欄のそれに該当するこの世界の穀物はどれにあたるか。小豆が豆というものであり単品では甘味が足りないこと、蜂蜜がなんなのかとか。砂糖は同じではないがこの世界にも似たようなものが普及していたから使えるとか。やはり甘いものはどの世界でも求められるからだろう。
「これは調理だけでなく製粉から始めないといけませんね」
「なんかめんどくさいことになってしまいましたね」
「いえ、今出来ないものがあるということは、新たな目標となります」
「そ、そうですね」
元ニートには耳に痛い。
結局、女中頭と製粉談義を一時間するはめになった。
俺も素人だが頑張った。
この世界では、小麦、米より芋が普及しているという。練り物も殆ど芋だった。米と麦は少ない。お陰でパンも殆ど流通しない。人気がないのかも知れない。
そして、女中頭は手にはいるものを片っ端から粉にして練ったり加熱して団子にして試すと言っていた。大変そう。団子にして、固いか柔らかいか、繋がりが良いか離れがいいか色々な粉を探すという。
確かに粉が幾種類も扱えるようになればお菓子のレパートリー増えるよな。
「でも大変ですよ?ゼロから材料探しとは」
「そうだと思います。こうなったら実家の弟の力も借りなければなりませんね」
「弟さんは?」
「商工会職員をしております。たまには役に立って貰わないと」
「そ、それは頼もしい」
ねーちゃんこえー!
多分、エチゴヤの女中頭という威厳でいろいろ弟の就職か仕事で手を回したんだろうな。そして弟は姉に頭が上がらない。
う、うむ。
弟頑張れ。
そして、連絡事項。
「そうそう。私の村で桜の木を植えました。花が咲くと綺麗ですよ、今まだ咲いてます。そして、桜の葉は桜餅の葉っぱです」
「いきます!」
「え?」
「連れてって下さい!あの葉っぱは貴重です!あの香りと味! あれは凄いものです! あれがあれば芋団子でもすぐに美味しく作れます! サラダにも!」
ーーーーーー
村の桜の前に立つ女中頭。
傍らには、ラララ。
桜は満開を少し過ぎ、半分くらい散っているがそれでも美しい。ラララが女中頭に数日前はもっと咲きっぷりが凄かったと説明していたが、これでも充分美しいと見惚れる女中頭。
ううむ。
まさか自分の母親程の年齢の女性とラブラブドライブすることになろうとは。
エチゴヤより先にジムニー(仮)に乗った女中頭すげえ。自身の欲求のためにエチゴヤ無視で仕事を部下に押し付けて飛び出す女中頭すげえ。村に行けば時間的に日が暮れるのに金も布団も着替えも持たずに行く女中頭すげえ。というか、この人って実は鉄砲玉? きっちりしてそうに見えるのに。人って見かけによらないね。
「桜とはなんと美しい物でしょう」
スッと背筋を伸ばし桜の美しさを唱える女中頭。しかし、隙はない。
「葉が付きはじめていますね。それに花も料理に使えそうですね」
「す、鋭い! 実は花をお茶に入れたりして飾りに使うこともあるのですよ」
そう、桜茶というものがある。
それを聞いたラララが花びらを拾って口に入れてムニムニ噛んでみるが、思ったものと違って残念そうな顔をしている。
「ラララ、恐らくは下拵え、味の漬け込みがいるのでしょう」
「そのようですね」
ラララも女中頭の意見に納得したようだ。
「ユキオ様、この葉っぱを少し、そうね、もう少し大きくなったら分けて貰えませんか?」
「少し位構いませんよ」
「有り難う御座います。ラララ、時期が来たら、そうねあの桜餅の葉の大きさになったら、私の代わりにこの葉っぱを収穫して下さい。お代は払います。そしてきっと美味しくつくってみせます」
「はい」
ラララもエチゴヤ邸で桜餅は食べている。葉っぱの味を知っている。
うむ、桜の葉っぱを販売した売上はラララのものにしよう。花と葉っぱならたいした荷物にもならんし、任せておこう。枝の合間の葉っぱ見ると少し小さいような気もするがまあいいや。
そういや、むかし桜茶飲んだ時の桜の花とこの花が少し違うように見えるけど、品種が違うのかな? 違ったなら苗木取り寄せてまたボロリエ抱き付かせて成長させよう。
「では、そろそろおいとまを。ユキオ様、送って頂けますか」
「泊まって行かれては?」
「いえ、明日の仕事もあります。今も職場の皆に迷惑をかけています。明日はちゃんと朝から仕事をしないと」
迷惑という割には俺を足に使うんだな、この人。
足としてコキ使うというならこちらも使わせて貰う。
「まあ、夕飯だけでも食べていって下さい。私の家へどうぞ」
もう暗い。外で食事は無理だ。ラララが女中頭を引き、我が家に招待する。
「なんと立派な家でしょう」
「いえいえ、小さいですけれどね」
女中頭は家の中でみたことない壁紙やら、机やらに感心していたが、本当に見せたいものはこの料理だ。
テーブルにはコユキ、ラララ、リエも一緒につく。
ことん。
「どうぞ」
「これは」
「うどんというものです」
そう、これは温かい山菜うどんだ。みんなも今日はうどんに付き合って貰う。
「うどん。ラーメンでは無いのですね」
「ええ。ここの村の名物はラーメンになるのでしょうけれど、私個人はこちらの方が好きです。さあ、召し上がってください」
箸で麺を掬う女中頭。箸使えるんだね。
しかも箸使いが様になっている。
「箸が使えるのですね」
「厨房上がりは皆使えますよ」
それを聞き、青くなるリエ。まだ使えずフォークのコユキが静かになる。
ラララはなんとか苦労して箸で掴む。
そして、女中頭は一口食べる。スープも飲み、また麺を一口。
「美味しいですね。この粉は?」
「小麦が殆どです」
「なるほど。煮るとベタつかず、肌が綺麗になるのですね」
「いかがでしょう」
「ユキオ様。大変美味しゅう御座います。そしてこれは私を試してますね? 分かりました。私に粉を征しろと仰るのですね。そしてうどんも作ってみよと。私も興味があります。このうどんは美味しい。そして美しい」
「ふふ。私はそこまでは言っていませんよ」
「あら、私にはユキオ様にはこれが本命だと感じましたが?」
「ふふふ」
「うふふ。出してくる時の顔つきが、お菓子のときとは全然違いますもの」
このおばさんこええ。
よく観察しているわ。
「ラーメンを出さずにうどんを出したのはその為では?」
「よくお分かりで」
本当はうどん仲間を増やしたかっただけなんだけどね。まさか作ると言い出すとは思わなかった。でも、凄く嬉しい!
お菓子は作れようが作れまいがどうでもいいけど、うどんは期待している! 国民食になったらもっと嬉しい! 手打ちうどんならもっと嬉しい!
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夜、帰り道。
車の助手席で女中頭が静かに語り出す。
「穀物の宝庫と言われた平野ばかりの町にマツシタという所が有ったのです。ですが、そこはギルドの活動が活発になり、作物の収量が減り、穀物はオーリンになかなか入って来なくなりました」
米も麦も少ないのはそれか。品種は違えど米と麦はこの世界にある。しかし少ない。主食になんて無理な量らしい。
「マツシタですか」
「ええ。今はマツシタは失脚し、ウエアルとなりましたが」
「ウエアルですか」
「ええ、ウエアルはギルドの言いなりです。ウエアルはその隣の町『タクトウ』の出身です。タクトウもギルドに支配されてる町。ウエアルとタクトウはひとつの勢力といっていいでしょう。ユキオ様気を付けて下さい。彼らはギルド潰しのユキオ様を敵視している筈です。くれぐれも慎重に」
「ご忠告有り難う。用心します」
ウエアルとタクトウ潰せと言ってない?あんた。