タカ 明日に向けて
結局、一太刀もコユキに入れられなかったタカ。
まさか剣技どころか威力まで負けるとは思わなかっただろう。
駄目なところを徹底的に指摘され、課題まで押し付けられた。
確かタカって、貴族の用心棒をするほど強かった筈だが、コユキの足元にも及ばない。改めてコユキって凄いんだな。
「エチゴヤの若い衆と比べてどうだ?」
と、コユキに問えば、
「どっこいどっこいねー」
と、コユキは答えた。
エチゴヤの若い衆、つまりコユキが指南してる若い衆も強い部類なんだが、それと同じくらいということか。ただし、エチゴヤの若い衆は公務員資格三種から四種を持っている。あちらは文武両道である。まあ、タカは強さだけなら元妻の夫よりは圧倒的にマシだと。
目の前にはもう一度ヒールが必要なほどズタボロなタカ。
それと、身体中痛くてなにも食えないと言ったタカから奪ったアイスと自分のアイスを二本同時に頬張るコユキ。よく食うなあ。
今のうちに課題を済ませてしまおう。
「タカ。まだ先だがタカの元妻が来る。どうする?」
「・・・・」
タカは現実に引き戻されたに違いない。
「会うか会わないかだ」
「会わない方法なんて無いでしょう。狭い村だ。どうやったって無理です」
ふふんとアイスを食べ続けるコユキ。
コユキは何を言いたいか解ったようだけど、明後日の方を向いている。逢わない方法は無いことは無い。全てを投げ出して夜逃げ。
「他人に成り済ましてここに住み続けるという手がある。案外バレない」(絶対とは言わない)
俺が次に何を言い出すか待ってるタカ。既に解ってるコユキ。
「問題は新婚生活を間近で見せつけられる毎日にタカが耐えられるかどうかだ。勿論タカが居るとは向こうは気付かないだろう」
「それは・・・・耐えるしか・・・・しかし・・」
ここでアイスを二本食べきったコユキが口を出す。
横向きに座り、指先はアイスの棒を振りながら、顔だけタカに向けてピシャリと言う。
「耐えなさい」
「はい」
タカは従った。
愛しい我が子に会いに行けない、名乗り出れないコユキは日々耐えている。既にケリがついている相手に悩むような奴は許さない。
そして、タカがコユキに従順になった。剣に生きてきた者が剣で負けたのだ。それは圧倒的な上下関係となる。
「姿を変える方法はある。それは俺にしか出来ない秘術。そしてタカに我慢と集中力を強いる」
「一体どんな?」
「実はコユキも姿を変える秘術をやっている。姿が変われば過去を捨てることにもなる。後戻りは出来ない」
「過去を捨てる・・・・」
そこでまたコユキが混じる。
「終わったら奥さんには名乗り出ることは禁止ね。言っとくけど辛いわよ。嫌なら今のまま会いなさい」
かなりトゲがある言い方。
とはいえ、タカは元奥さんに会うに会えないだろなあ。やっと平穏な新婚生活を手に入れる元奥さんを惑わせたくは無いだろう。
「やるの?やらないの?」
俺じゃなくコユキが責め立てる。
「やります」
「なら、今のうち少し休憩しなさい。疲れるわよ。用も足しておいてね。今のうちに仮眠もした方がいいわね」
これは経験者ならでわの言葉だ。トイレは途中で行けないし、眠くなったら集中出来ない。
「場所は居候してる部屋でいいだろう。なりたい顔や姿のイメージを決めてくれ。これは自分で決めてくれ。秘術を発動するのは俺だが姿を決めるのはタカだ」
今のタカにはコユキが作ってくれた山のような生傷がある。ヒールは間違いなく発動する。ヒール開始前にオプションにチェックを入れれば後は待つだけ。
そして、ガガガは畑仕事に戻り、村長はどんぶりや皿を片付け始める。コユキも畑仕事の手伝いに行った。
何故かラララが残ってる。
人が少なくなってようやくラララが歩き出す。
向かった先はタカの横。
そして、タカの耳元に何か喋っているが俺には聞こえない。そしてラララも村長の元に行く。
「ラララと一体何を?」
「いえその、アドバイスをいくつか」
「そうか」
そして、タカの居候部屋に行く。わりと狭い。ううむ、ラブホの部屋だからしゃーないか。居候には丁度良いんだろうけど。
少し休んだし、始めよう。
「タカ。今日腕を治したのは覚えてるね。これから始めるのはそれの発展版だ。身体を修理する時にタカにはなりたい自分の姿を強くイメージし続けて貰う。そうすることでなりたい姿になれる。一瞬じゃない、ずっとだ。眠っては駄目だ、他の考え事も駄目だ。コユキの時は34分掛かった。タカが何分になるかは想像もつかない。寝転んでると居眠りもあり得る。コユキはずっと立っていた。相当疲れたと言ってた」
「それなら私も立ちましょう」
「椅子に座るという手もあるが」
「いえ、立ちます」
そして、タカが床に立つ。
服を着たまま。
うん、男の裸は見たくない。これでいい。
「体調はいいか?」
「大丈夫です」
「トイレ行ったか?」
「行きました」
「イメージは決まったか?」
「決心しました」
「では始める。ヒール。オプションチェック」
かつてコユキにやったのと全く同じヒール。
生傷に反応したヒール。
だが、生傷にだけの反応ではない。
『ヒールを開始しました。残り時間2218秒』
生傷だけなら10秒程度だ。
ああ、長いな。俺も居眠りしないようにしないと。
ーーーーーーーーー
タカのヒールが行われている頃、コユキは畑仕事に参加していた。都会暮らしでは必要無かった畑仕事。
草をとり、雨が降ったときに流れた土を戻し、別の流路をつくり、倒れそうな茎に支えを立てる。
その中、コユキは思い出す。過去と姿を捨てたあの日のことを。
「ふう、暑い」
顔と姿を変える。
それはもう元には戻れない。30年近く供にした自分の姿、正確な姿はもう曖昧にしか思い出せない。元の姿をイメージしてもどこか違う。記憶は新しい記憶に塗り替えられていく。もう一度ユキオにヒールをして貰ってもきっと元の自分には戻れない。
だが自分は割り切った。
本当に過去を捨てたのだ。
タカは間違えていないだろうか?
姿を変えずに心だけで立ち向かうという道もある。
なんなら村を去ることも出来る。それは義に反するが、心が乱れて使い物にならない者など要らない。それなら村を出て行っても追うなんてしない。
そろそろ夕方だ。
「おおーい、おくさーん」
村の人には私をユキオの妻だと思ってる者もいる。髪がユキオと同じ銀だから?
それは夫婦とは関係ないでしょう。
「だから奥さんじゃないったら」
「はいはい。そろそろ終わりにして帰ろう」
「はい」
こんな生活も悪くない。
この世界に写真はありません。
鏡も高級品です。かつてのコユキも私物の鏡は持っていませんでした。