ラーメン屋店員募集
ラララがエチゴヤ邸にホームステイに行った翌日。
「屋根タイル買いに行かないと」
「・・・・」
「空き缶を奉行所に」
「・・・・」
「鍋換金しなきゃ」
「・・・・」
なにかと理由をつけて町に行きたがるコユキ。
エチゴヤへの師範のバイトはまだ先だ。
つうか、ラララを迎えに行く日が次の師範の日ともう決めてある。
そわそわそわそわとラララ欠乏症が酷いコユキ。
いや欠乏症というよりは心配性だな。
「ラララの心配はいいから、他にもしなければならないことがあるでしょ」
「例えば?」
「店で着る衣装どうするかとか」
「じゃ、すぐラララに聞きに行かないと!」
「おい!」
「なに?」
「コユキも着るんだが」
「は?」
「コユキも着るんだよ。店に立つの。いらっしゃいませと言うの」
「まじ?」
「まじ」
どうやらコユキは自分も店に立つことをすっかり忘れていたようだ。不在の日は仕方ないが居るときは店に出てもらう。当然俺も出るし。コユキに厨房は任せられない。厨房は村長を中心に村人数人に入って貰う予定。
店はラーメンをメインメニューにすることに決まった。これはもうラーメン屋と言ってもいい。
さて、店員の服は?
日本でなら拉麺店のロゴ入りTシャツとスカートかズボンとかだが、ここは異世界だ。どうしたもんか。
ん?
店のロゴ入りとか言っても、そもそも店の名前が無い。ユキオ拉麺?ユキオ亭?オーリンラーメン?考え出したらきりがない。
「そういや店の名前考えて無かったな」
「決めて無かったんですか?」
「全然」
「じゃあ、ラララに聞きに行かなきゃ!」
「そこは村長だろ!」
ー ー ー ー ー
「なら、『ラーメン屋』でよかろう」
村長はあっさりそう言った。
盲点だった。
この店が開業したとして、この世界にラーメン屋はここ一軒のみ。差別化するべき他店は無い。しかも支店は一切建てる気は無い。
ということで、店名は『ラーメン屋』に決定。
次に店長。
「ユキオじゃろ」
「ユキオ様」
「え?」
まあ、そうだよな。
ラーメンは俺が出したメニューだし、店長を俺にしておけばトラブルにも強気に出れるし。
「村長、あとは店の制服なんですが」
「うむ。ワシにはわからん。都会の店に行ったことも無いしな。町の店に似せとけばいいではないか」
「そうですねえ。じゃあ、考えておきます」
「うむ。ユキオが決めたのなら誰も文句は言わん」
うむ。
町を巡って色々参考にしよう。
あとは店番がもう一人欲しいなあ。田舎と町の言葉使い分けられる人。出来れば女性。それでもって番屋で駐在する人の家族とかだと都合いいんだけど。
「この村に来てくれる駐在員の奥さんとかが店にたって貰えるなら最高なんだがなあ」
「ユキオよ。それはお奉行様に聞いてみるしかなかろう」
「そうですねえ」
ーーーーーーー
さて、エチゴヤに会いに奉行所にやって来た。
奉行所と言った時にコユキの反応が凄まじかったが、村に置いて来た。
今頃ぶつくさ言いながら切り倒す木のてっぺんにロープを掛けてるに違いない。
「なるほどのう。言葉に堪能な従業員が欲しいと」
「ええ、番屋の駐在員の奥さんとかならもってこいなんですが」
「ううむ。それがなかなか難しくてのう。村の番屋への希望者を募っているのだが、なかなか最適な者がおらんのだよ。村の料理は人気だが、住むとなると話は別だ。しかも永住となると尚更だ」
「ですよねえ」
確かに村の料理は大人気だ。
この間の視察の人選では希望者多数で抽選会になったほどだ。
だが、住むとなると話は別。
なにせ田舎だ。超田舎だ。
鬼も出る、盗賊も出る。
何か起きても応援を呼ばずにそこに居る人間だけでなんとかしなければならない。
そして町はギルドが消えて好景気。とにかく人が足りない。
失業者も強い者、頭の良い者からどんどん就職してしまっている。
そして、強くて村永住がオッケーな夫婦となると、絶望的だ。
「ユキオ殿よ。職業紹介所に行ってみては如何だろう。希望の旨を書いて貼ってもらえば良い者と出会えるかもしれん」
ハローワークみたいなものか。
確かにそこで募集を掛けてみるのも手かもしれない。
番屋の職員の方はエチゴヤに探してもらうとして、紹介所で店員を探そう。
「そうですね。お奉行様のいう通りに紹介所に行って、求人をしてみます」
「ああ、場所はウチの者に案内させよう」
「ありがとうございます。それからラララはどうなりました?元気ですか?」
「ああ。女中頭に預けた。1週間では足りないが、何度か来れば必ずや立派な女中になるだろう。
そうなれば接客も大丈夫だろう。うちの女中頭は厳しいが、腕は確かだ。それに、厳しい環境であの娘がどういう姿を見せるかはユキオ殿も知って置いた方がいいと思うぞ」
厳しいのは可哀想だが、修行ならそれも必要だ。
そして苦難に出会った時にどう動くかも大事だ。当然それにくじけずに居てもらえれば一番いいが、心が折れた時にどう行動するか知って置いた方が良い。
出会ってからのラララには無理はさせてない。そしてラララは従順だった。
なにより怖いのは人間だ。
ラララもこれからは山に1人で芋掘りをするのではなく、接客をしなければならない。対人交渉もしなければならない。
思わずラララを甘やかしたくなる。
生きていくだけなら俺が居れば問題ない。
だが、ひとりの人間として自立するならば、それだけではいけない。
さて、店員募集だ。
紹介所に行き、貼り紙にはこう書いた。
【飲食店 店員募集】
求人主 ユキオ
就業場所 リリイの村。
住民、剣士、貴族と日常会話が出来る事。
数年間住み込みで働ける者。寮と食事有り。
料理の経験は必要有りませんが有れば優遇いたします。
委細面談。
はっきり言って給料どうしたら良いかもわからん。
周りの求人票も見たが、みんな好き勝手なこと書いている。そしてこの街には『基本給』という物がない。
ラーメン屋と書かなかったのは俺の意地だ。まだうどんをメインにすることを諦めてはいない。
ーーーーーーー
そして数日後、村に1人の就職希望者が面接にやって来た。
歩いてだ。
しまった。
女性と書くのを忘れてた。
現れたのは腕の不自由な20代の男。
どこかで見たような・・・・
その男を見て暫くした後コユキが思い出した。
「思い出した!『ナオト討伐』の時に半殺しにされてた若夫婦の夫の方!」
男は丁寧に頭を下げ、静かに話し始める。
「あの時助けて頂いて有難うございました。ユキオ様、コユキ様には命を救って頂いて、激励までして頂いたのに頼って来てしまいました」
やはりあの時の・・・
「奥さんはご一緒では?」
コユキが恐る恐る聞いてみる。
そう、彼1人しか居ないのだ。あの時確かにこの男の妻への愛は折れては居なかったのだ。だがその妻はどこだ?
ここに1人で住み込み?
「妻とは離婚しました」