ミズリ
ミズリ。
かつてクロマツでは教育課の職員。恋人は職場の近い教員男性。二人は幸せになるはずだった。貧しいながらも幸せな結婚をするはずだった。
二人は失業した。
原因は分かりきっている。クロマツ全ギルド化計画だ。クロマツはギルド以外は大不況に陥り、公務員は全員路頭に迷った。
二人は生活に困った。
それは二人だけでなく、かつての公務員仲間もだ。反ギルドにカウントされる彼らは仕事もない、物も買えない。これはいつかクロマツを捨てなければいけない。そう思っていたけれど、取りあえずは今を生きなければならない。二人は元公務員だからギルド直営店には買い物に行けない。食べ物が手に入らないのだ。仕方なくミズリの恋人は仲間と郊外に食べ物を買いに行った。
だが、町への帰りに恋人と仲間はギルド員に逮捕された。
罪状は『ギルド法違反』
国の法とは別にギルドが勝手に決めた法。
『正式な取引を経ずに物品を輸出入してはならない』
クロマツの輸出入は全てギルドが管理する。隠れて取引することは許さない。農村に野菜を買いに行っただけで死刑になる。
滅茶苦茶だ。
領主でもないギルドが全てを制する。それは警察権も。
そして、買い出しに行った恋人達は捕まった。裁判もなく有罪。
しかも五日後には死刑の順番が回ってくる。
だが、ギルド員は言った。
「ミズリよ、お前が本社で働くなら彼の死刑を取り止めよう」
目の前には拷問の末に血を流す恋人。
「本当に助けてくださるのですね?彼を自由にして下されるのですね?」
「お前次第だ」
「駄目だ行くな!ミズリ!」
あとはお決まりの流れ。
ギルド本社は人手不足の訳ではない。
ミズリの行った先。それは『蓮方の間』それは女郎部屋。蓮根の花と多穴の意味を組み合わせた隠語。その者が居る意味で蓮方。
その部屋には女が数人居た。皆、騙されたり借金でギルドに来た。
恋人も分かっていた。器量良しのミズリにギルド員が何をさせるか。だから止めた。自分は死んでもいいからと。
だが、ミズリは恋人の命を選んだ。彼の言葉に反し、自分はどんなにひどい目に逢ってもいい。行くから恋人の命だけは!
その思いで全てを捨てた。
地獄だった。
最初の3日間はギルマスに使われた。その後は、不特定多数に毎日汚された。それこそ最初のうちは日に10人以上も群がってきた。朝も昼も夜も。
痛かった、苦しかった、辛かった、悔しかった。だが、恋人の為だと我慢した。自殺なんかしてギルド員の機嫌を損ねる訳にはいかない。
毎日毎日、群がる男達。
行水だけは許された。汚い、洗い落としたい、だが洗ってもまた汚される。
気がついた。いつも来るギルド員だけではない。知らない奴も来る。外部の人間にも自分は晒されているのだと。何処かで見たような男も来た。自分が女郎になったことは市井にも知られてしまったかも知れない。
彼の耳にも入ったかも。
数ヵ月後、お役後免となった。
妊娠。
使いふるされたミズリは着の身着のままで捨てられた。小銭も新たな服もその日の食べ物もなにもなく捨てられた。
そして、恋人の元へ。会いたい、会えない。でも安否だけは確かめなければならない。
だが、家はもぬけの殻。
隣の老婆に彼の行方を聞いた。
彼は処刑されていた。
予定通りに。
老婆は関わり合いたくないとばかりに扉を閉ざす。
何のために数ヵ月死にたくなるような想いを?
何のために彼の願いを振りきってまで女郎に?
憎いやつらの子供まで仕込まれて。
絶望と彼への懺悔でミズリは墓場にやって来た。
そしてサクラ姫に自殺を止められた。
ミズリの話は聞いていて辛かった。
「お願いです。死なせて下さい・・・・」
「駄目よ!」
そうサクラ姫は言うが、慰めの言葉が見つからない。
ミズリは選択を間違った。
だが、あの時その道を選ばないということは出来なかった。もう彼は居ない。お腹の子供は愛していない。
それどころかこの子は憎悪の結晶だ。子供に罪はないなどという言葉は嘘だ。この町で育てばこの子もギルド員になる。そして、産んだら又来いと命令されている。蓮の間なら取りあえずはその日の飯は出る。
つまり、子供は放り投げておけと。奴等も育てる気は無いのだし、連れてくることも許さない。
産んだならこの子を敵の代わりに殺したくなる。
だが、子殺しをする自分も嫌いだ。町に捨てれば死ぬ。育ててくれる裕福で優しい人は今のクロマツには居ない。しかも運良く生き延びればギルド員に育ってしまう。立派なギルド員にならなければ死ぬ。
救いなんて何処にも無かった。
何より彼に申し訳が無かった。彼が一番嫌がる事をした。
コユキ。
彼女も苦しんだ。
別の境遇で苦しんだ。
だが最後には子供の無事という救いが有った。
ミズリは全てを失った。
かける言葉が見当たらない。説得する糸口が見つけられない。
「ミズリ死なないで。この人が何とかしてくれる!ギルドを叩き潰してクロマツを取り戻してくれる!この人は凄いの!きっと未来をくれる!ミズリ!」
必死に訴えるサクラ姫。
ミズリが俺を見つめる。
ミズリに俺はどう見えているのだろう。男は全て憎悪の対象だろうか?それとも救いを受け止めてくれる救世主だろうか。
「貴方は?」
「俺はユキオ。クロマツを救うために来た。ギルドを潰す」
「強いのですね・・」
「ああ、だから俺に任せろ。平和なクロマツを作ってやる」
そうしてミズリはサクラ姫の手を離れ一人立った。
そして俺に深い礼をした。それはとても気持ちがこもった動作。
「クロマツを皆を宜しくお願いします」
「ああ、俺に出来ない事はないから」
「どうか皆が幸せでありますように」
そしてミズリは自身の喉を掻き切った!
しまった!
もうひとつ欠片を持っていたか!
慌てて俺とサクラ姫はミズリを寝かせ喉の出血場所を押さえる!だが止まらない!
首を中心に広がる血の海。
することはひとつしかない!
「ヒッ」
ヒールと言い掛けて止めた。
その代わりにミズリに聞こえるように叫んだ。
「任せておけ!」
やがてミズリは息を引き取った。