鬼退治の報酬、0イセ也
来たのは奉行所ではなくエチゴヤの屋敷。コユキが連れてこられる所はここ。奉行所には練習場はない。
土鍋を売りに行くのは帰りにした。
コユキが戦っている。練習試合兼講師。
いつも通り強い。普通に戦っても強いし、奇襲や、アクロバティックな動きもする。
どうもコユキには『教える』ということが苦手のようだ。十歳の頃には剣術を既に一通り会得していたようで、苦労して技を会得した頃の記憶が消えている。難しい技もどうすれば出来るかは知っているが、出来ない人間が何を苦労するか、何を恐れるかが判らない。
コユキの小業のひとつに、刀を振り込んでくる相手の懐に飛び込んで、刀を握ってる手を鞘で打つというのがあるのだが、普通の人には飛び込む勇気が出ない。振り込まれてから、自身は抜かず飛び込むのだから怖いのが当たり前。しかも狙うのは柄の先端では無い。指だ。柄を止めて刀を止めるのではない。指を仕留める。鞘や、こちらの柄で仕留める。技を殺すのではなく、指を殺して戦闘力を奪うのだ。
しかもその後、勢いが死なず、持ちきれなくなった刀が落ちてくる。
どこに落ちるかは判らない。こんな危なっかしく難しい技は誰も出来ないし、したくない。
「刃に当たってしまいます!」
だがコユキは、
「避ければいいじゃない」
こんな有り様だ。
かと思えば、間合いの外からヒュッっと刀を片手で伸ばして急所をあっさり仕留める。まるでフェンシング。
普通なら避けられるがコユキは仕留める。コユキの身体能力故の特技だが、本人自覚が無い。
「隙があったし、楽だし」
こんな有り様。
結局、教えられる相手は上級者以上に限られた。
しかしこれが幸いして忙しさは半減する。相手をする人間が少なくて済むから。
コユキに『初心者教室』は無理だ。
そんなコユキと若手の練習試合を遠く見ながらエチゴヤと話す。
「鬼斬りの子は鬼斬りか」
「どういうことです?」
「恐らくコユキは鬼斬りの一門だ。今はもう散り散りになった家だがな」
「知っているのですか?」
「ああ、調べた。その一族は鬼を斬り続けた一族。報酬も己が危険も省みず町のために尽くした一族だ」
「そうだったんですか」
「聞いておらんのか?」
「ええ」
「そうか」
コユキはそういう生まれだったのか。『むしろ斬らせてください』はそういう意味か。
「ここに来る途中も一頭鬼退治しましたよ」
「ほう、貴殿がか」
「いえ、斬ったのはコユキです」
「そうか。礼を言わねばな。かたじけない」
「それでコユキから聞いたのですが、鬼退治の報酬が出ないとか」
「ああ。恥ずかしい話だが出ない。少し前まで奉行所はギルド対策で手が足らんかった。いや、闇討ちされて剣士不足だった。しかも、他者が鬼退治しても報酬を出せぬほど財政が逼迫しておった。今ではギルドが消え、町も領主も奉行所も金が戻りつつある。これからは考えねばならん」
「ギルドもなに考えてたんだか。鬼退治しなけりゃ自分達も被害有るだろうに。バカだなあ」
「いや、違うのだよユキオ殿。元はギルドは鬼退治を生業にしておった。だが、それは『恩』と『武力』を集約化してしまった。恩が有るからギルドの商売は優先されるし、武力があるから逆らえない。気が付いた頃には町の権力と富はギルドのものになっていた。面倒事だけは奉行所に押し付けてな。そしてギルドは鬼退治を止めた。その頃には奉行所には鬼退治する力もなく、ギルドも止められない。田舎は鬼に襲われ供給される食料は減る。食料が減るとギルドは物価の吊り上げをした。そんな状態が百年は続いている」
「百年・・・・」
「ああ、祖父の時代にはもうギルドが町の支配者だったそうだ。だが、己が正義に従い鬼を斬り続けた一族が居た。ギルドの者を斬れば更なる悶着を起こすが鬼を斬るのは誰も止めない。だが、いつもギルドはその一族を苦々しく見ていた。支配者にとって強い者は邪魔だ。鬼斬りの一族もどんどん闇討ちにあいギルドに潰された。その生き残りのひとりが・・」
「コユキ・・」
「そうだ」
「その一族は全員、コユキを残して皆死んだのですか?」
「いや、何人かは生きてるだろう。どうしているかは掴めて居ない。恐らくはギルドを警戒して身分を隠しているだろう」
「じゃあ、もう出てきても良いのですね?」
「いや、ギルドは他の町にも有る。名乗り出れないだろう。この町は運がいい。ユキオ殿が居たからな」
「他の町にも・・・・」
「ああ。文献によると百年前に現れた三人のボーケンシャとやらがギルドを作った。その後、他の町にも支店を作り、世界は支配されていった。面倒事だけは奉行所に押し付けてな」
ボーケンシャ・・・・・・・・・・冒険者。
漫画でよく知ってる冒険者。
冒険者がギルドを創設した?
なんのつもりだ!
「その冒険者はどこから?」
「文献には答えはない。何処から来たかは謎だ。ある日突然現れたらしい。文献には面妖な術を操り百人がかりでも勝てぬほど強かったとある。それが三人だ。勝てよう筈もない。彼らはギルドを作り増やして全てを手にいれた。だが彼等に仲間割れが起きた」
「仲間割れ?」
「ボーケンシャは男二人と女一人。女を巡る争いが起きて、身の毛もよだつような戦いで女だけが死んだとある」
三角関係か。
冒険者物語にありがちだな。女を争ったのかな?
或いは冒険者カップルの女をもう一人の男が寝取りかも。修羅場の末、不幸にも女が死んだ。カップルは幼馴染同士だろうか?ありがちだがあり得る。そして負の遺産のギルドだけ残ったのか。
そして、ある日突然現れたというのはまさか!
三人は異世界から?
だが奉行所の文献には何処から来たかは書いてない。いや、聞いても理解出来ないだろう。
「む、昔、そんなことがあったんですか」
「昔話ではない。今も続いておる。その男二人は今も歳を取らず生きて戦っておる。それが勇者と魔王だ」