出発前日
「はじめ!」
だん!
すぱあぁぁぁん!
「勝負あり!」
ギルドの最後の脅威ナオトの逮捕劇が終わり、町はしばしの平和が訪れた。
あの3人は獄門が言い渡された。
これでギルドの主要戦力はすべてなくなった。
他にも悪の芽はあるかもしれないが、それはまた別の話。
そして今は、奉行エチゴヤの屋敷で試合の真っ最中である。
試合は剣を使わず、細木を束ねた柔らかい模擬刀を使う。日本の剣道で例えるなら竹刀と同じ用途のもの。
挑戦者は奉行所の腕利き、エチゴヤの御庭番、期待の若手達。
その挑戦者をことごとく打ちのめすのはコユキ。
ここまで一太刀すら貰ってない。
圧倒的だ。
身体改造により強くなった筈だが、そもそも剣技は備わっていた。
無駄なく片っ端から仕留める。
ちょっと強いなんてもんじゃない、レベルが段違いだ。
連戦で息が荒くなっているのに全く弱くならない。そう、後半疲れ切ってるコユキにさえ誰も剣を当てられない。
かつてギルドはこの町の権力者だった。
ナオトにバジルとかが怖くて手を出せないと言っていたが、コユキもだろう。
コユキは根っからの悪人ではないので、積極的にはギルドの為に動かなかっただろうが、強いのだ。
結局、最後まで1人もコユキに土をつけた者も居なければ、当てた者も居なかった。
連戦して飽きるほど勝っても、コユキは呆れて相手をしないということはない。
向かってくるものは全て叩きのめす。
それを見ながら俺とエチゴヤが話す。
「誠に惜しい。過去の経歴さえなければ奉行所に欲しいのだが」
「黙ってれば判らないと思いますが」
「いや、役人は全て身元が確かな者を使う。経歴もな。不確かな者は信用できん」
「コユキは信用できるでしょう?」
「今なら信用している。だが駄目だ。1度悪に染まったのだ、2度目もあるやもしれん。それにコユキの身元を晒せば恨みを持ってる者も詰め寄ってくるだろう。やはり無理なのだよ」
「そうですね」
正直、コユキが希望すれば、この奉行所においていくという気持ちも有った。
今の彼女は正義そのもの。
十二分に町のために働くことだろう。
だが駄目なのだ。
剣を交えてる男達もコユキが元ギルド嬢だとは知らない。
知ったならどんな言葉を吐くだろう。
「ユキオ殿、これからどうするのだね?」
「村に戻ります。元々、ラララを取り戻しに来たのです。それも叶いました。コユキも連れて行きます。ここで雇っていただけないし、姿が変わったと言ってもこの町での生活は彼女も辛いでしょう」
「そうか、仕方がない」
「ええ、仕方がありません」
「ユキオ殿」
「なんでしょう」
「確かに表立っては無理だが、いや、むしろ見せられない時に力をかしてもらえないだろうか?勿論礼はする。当然正義に反することはお願いしない」
「条件付きで引き受けましょう。全てを受けるわけではありません。するかどうかはこちらに任せて貰います」
「ああ、それでいい。よろしく頼む。私もいざという時はユキオ殿の力になろう」
それはただの口約束。
だが、エチゴヤにとっては大事な約束。俺にとっても。
ーーーーーーーー
その日の夕方。
残った土鍋を換金して、町の一角に向かった。
そこは民家も近い共同墓地。
ここに来たのはコユキの希望だ。
明日は起きたら町に寄らず村に向かう。
共同墓地。
身分の高くない庶民は死ぬと墓にまとめて入れられる。
男も女も怪我で死んだ者も病死の者も身元不明者も。
そうしなければ墓地が足りなくなってしまう。
多少金がある家は家族専用の墓がある。
その場合はその墓地をその家で末代まで使う。
コユキは共同墓地で祈りを捧げる。
一体誰が眠っているのだろう。
そして共同墓地から離れた場所に向かって歩く。
今度は家の墓。
家名があるが俺にはわからない。
誰が眠ってるのだろう。聞くのは野暮だろうか。
だが、墓場の門に日本刀をあしらった紋があった。
武家かな。コユキ関係ならそうかもしれない。
「花は捧げないのかい?」
「以前、見つかった時、投げ捨てられてしまいましたから」
墓参りすら認められないコユキ。
ギルドに降ったというのは悪だ。
彼女は望んでギルドに居た訳じゃない。人質がいたと。
コユキは強かった。だが、数に負けることもある。
見えないところの敵には勝てない。コユキは1人しか居ないのだから。
そしてまたゆっくり町を歩く。
もう日が暮れる。テントに帰ったなら暫く町とはおさらばだ。
「座っても宜しいですか」
「ああ」
なんてことはない放置廃材に座るコユキ。
何かを見ている。
通りの向こうには住宅街。
夕方だけに次々と窓に明かりがともる。部屋の中の炎の揺れに合わせて影が動く。
まだじっと見つめるコユキ。
ああ、見ているんじゃない。聞いているんだ。
中の住人達の声を。
泣いている。
コユキが泣いている。
まさかここは!
聞こえる。
落ち着いたご婦人の声と男の子の声。
多分、家の部屋の中は夕食の団欒。
明るい団欒とは逆に、暗闇で声を殺して泣くコユキ。
『人は守るものがあると弱くなります』
いつか言っていた言葉。
子供・・・・・・
正義の女がギルドに従わざるをえなかった理由。
己が正義を捨てさせる存在・・・
今でこそヒールで若返ったコユキ。しかし、元の姿を考えるなら子供がいてもおかしくない年齢。
コユキがナオトを憎んでいたのは屈辱的なことをされ、更に乳首を壊されたからだが、これは性的屈辱だけじゃない。それは我が子との繋がりとしての象徴。かつて母として愛し子を授乳した繋がりのシンボルと思い出。それを壊されたのだ。
「帰りましょうユキオ様」
「ああ」
そして子供に名乗り出ないコユキ。
俺達は町を後にした。
コユキが放免されたことは数人しか知りません。
どこかで情報が漏れ広まるかもしれませんが、現在のコユキを知るものはユキオとエチゴヤだけ。