コユキの区切り
「ではお湯を頂きます」
未だ野宿生活。
まあ、誰も来ないから気楽だし、物資には困っていない。
何も得られなかったけど、今日もナオト捜索頑張った。
だから早めに帰って風呂に入ることにした。
ポータブルバスタブを設置して、火を炊いてヤカンで次々とお湯を沸かし、風呂は整った。
脱衣場はない。
そして俺は何食わぬ顔で食卓でお茶を飲んでいる。
「あの・・・・」
「うん、先に入っていいよ」
「ですから・・・・」
一向に服を脱がないコユキ。そして睨んでくる。
何故だ。
あの時は堂々と三十分以上全裸で立ち、しまいにゃ裸のまま抱きついてきたのに。
「あの・・」
「うむ」
結婚はまだする気はないが、結婚相手にコユキもいいなと思っている。コユキとしても主に押し倒されても仕方ない関係というのは納得している。
だが、結婚しようとか、愛人になれとか、一晩おいくらとか正式に決めた訳じゃない。
放免されてからのコユキは、真面目な娘なのは判った。
正式に夫か彼氏じゃないと肌は許してくれないようだ。あの日はまあ、感激のあまりということで。
失敗した。
風呂にはタオルとバスタオルが必須だと、置いておいたのだ。
それを見て閃いたコユキはバスタオルを掴んでテントに駆け込んだ。
あとはお察しの通り。
コユキ、バスタオルで胴をくるんで出て来やがった。
ちっ、頭の切れる奴は嫌いだぜ。
仕方なく俺は興味なさそうな振りをしながらお茶を飲んだ。だが、心のなかでは『見せてくれたっていいじゃない』と、いじけていた。
ーーーーーーー
次の日もナオト捜索するが手がかりは無い。かつてのアジトはもぬけの殻。
ギルド跡地にも舞い戻ったあとはない。
奉行所でエチゴヤと話をしたけれど、行方はわからないらしい。他の雑魚は数人捕まえたという。
エチゴヤはコユキの変貌に驚いていた。コユキについては囮にするつもりはないから黙っておいてくれと頼んだ。
三人、いや、コユキとエチゴヤでナオトの居場所を考察する。俺はナオトを見たことすらないし、性格なんて全く知らない。
ナオトのことだから一人で食料背負ってヒイコラ旅とか野宿はしないだろう。地方の依頼をするときも専属荷物持ちや馬を使うナオト。荷物持ちはともかく、ギルドの馬は押収されている。ならばこの町にいる可能性が高いという。
どうしたものか。
コユキを囮にしないなら、ギルドを潰した張本人の俺を囮にすれば?
しかし、ナオトは俺を見たことがない。駄目だ。
潜伏先になりそうなギルドの下っ端の家は次々と摘発されている。
残る可能性は新たな雇い主を得て匿って貰っているか、無関係な家に立て籠っているか。
考えられる事はいくつかあるが、手掛かりはなかった。
そんなときだった。
俺とコユキは町中を歩く。
同じ方向に早足で歩く女性が俺達を追い抜く。手には食料を抱いている。持っているのではない、抱いているのだ。
顔は暗く、目は赤く、殴られた痣もある。
だが、途中から急にゆっくりになった。悩んでるかのような表情と仕草。思い詰めてるとも言っていい。
後を歩く俺達。
何の事はない。方向が一緒なだけ。
ある家の前に来ると女性が立ち止まった。そこは民家。庶民の住んでいそうな民家。庭なんて無い。
女性はドアを7回ノックする。
暫くすると中からドアが開き、女性は腕を乱暴に捕まれ引っ張り込まれた。そして閉まるドア。合図をしてから引っ張られたというのは乱暴だが、関係者同士ということ。だが・・・・
「なんだ?」
「気になりますね」
「誰の家か解るか?」
「番屋なら解るでしょう」
「番屋ってどこだ?」
「家のドアに『番』って描いてあります。案内します」
俺達は番屋に行った。
番屋は交番のようなもので、岡っ引きが常駐している。話はコユキに任せた。
「おお、その家は新婚さんで今年の初めから住んでるねえ。べっぴんさんの嫁さんで羨ましいったらありゃしない。いろっぺえし、旦那が羨ましい~」
「そうですか。旦那はどんな人?」
「確か剣士で、ええと、どこだっけな、ああそうだ。マイノーのお屋敷にお勤めだとか。あそこに雇われるんだから腕がたつんだねえ」
「マイノー家・・・・」
コユキの顔が曇る。
「夫婦喧嘩したとか噂は聞かないですか?」
「バカいっちゃいけねえ。あそこの夫婦は喧嘩なんてしねえ。あんなにベッタベタな夫婦は他に見たことねえ」
俺とコユキは顔を見合わせる。おかしい。
「コユキ、これって」
「私も同じ事を思いました」
「なんでえ。旦那方。気になる事でもあるのかい?判った!夜の声がでかいって苦情だね。大丈夫、奥さんには言っておいたから。もう大丈夫」
いや、岡っ引きのおっさん、気付けよ。
「どうしますか?」
「調べよう」
「すいません、直ぐお奉行様、エチゴヤ様に連絡してください!」
「はあ?声がでかいくらいで」
「事件かも知れません」
「はあっ!」
「すぐ!」
「あんたらは?」
漸くここで俺も喋る。
「エチゴヤにはユキオと言えばすぐ動いてくれる」
「ゆ、ユキオ!」
驚く岡っ引き。
顔は知られてないが、名前だけは有名になったようだ。
「ユキオ様」
「分かってる。ナオトは君に任せる」
コユキと言わず君と言う。
「感謝致します」
「気を抜くな」
「はい」
真面目モードのコユキが復活した。
ーーーーーーー
「位置につけ!」
夜。
エチゴヤの命令で剣士と岡っ引きがペアになって移動を開始する。その数六組。
件の家を囲むように、そして中から悟られないように配置につく。ゴタゴタの最中に取り逃がさない為の配置だ。
マイノー家の用心棒に暗殺依頼が出ていたのをコユキは覚えていた。ギルドが壊滅したので依頼は立ち消えかと思ったが、ナオトは止まって居なかった。しかも行動目的が私利私欲に変わってる。とんでもなく悪い奴だ。
「行きます」
「おう」
実行部隊は俺とコユキだけ。あとの者はナオトに立ち向かっても返り討ちになるだけだ。
俺はナタ。コユキは刀を持つ。他に折り畳みナイフ。
まずは中の様子を調べる。
まずはナビの詳細モード。
現在、家の斜め前。
「コユキ、中に五人居る。そのうち一人は怪我人だ」
そう、ヒールを唱えたら一人だけ対象になった。ヒールを始めると光で目立つので治療せずに終了させた。
「誰でしょう」
「判らない。だからこれで調べよう」
取り出したのはモモタロウで取り寄せた工事用内視鏡。パソコンやスマホがなくても単独で使える奴。
「気配からして、どうやら二人と三人に別れてる。まずはすぐそこの一階にいる二人を見よう」
俺はその部屋の外に張り付き、壁とかに穴がないか探す。あった!壁と軒の間が空いてる。
そこにそっと内視鏡を差し込むとモニターに中の様子が映り、次第にピントが合う。
コユキは驚いたが冷静さをすぐに取り戻す。何を見ても驚くなと言ってある。
「見覚えはあるか?」
映る二人は男。
いかにもギルド員という感じのワル。
「一人はギルドで下っ端をしてた奴です。もう一人は知りません。でも一緒に居るということは仲間でしょう」
「よし、今度は二階の三人だ。そこには怪我人もいる」
物音をたてないように梯子を2台掛けて二人窓に張り付く。ここは窓があって簡単に中にアクセス出来る。ガラスなんて無いから、雨でも降らなければ、いつも少し開いてるという。一階は全ての窓が閉まってたが、中を見せない為だろう。
内視鏡を差し込む。
いやその前に中で何が起きてるかは音で判っていた。でも確認する。
「ナオトです」
小さくコユキが囁く。
映るのは壁際に血だらけで縛られた男。
声を殺して泣く裸の女性。
そしてナオト。
さっきまでだったのだろう。汚れで解る。
「冷静になれ」
小さくコユキに声をかける。
ヤツは短剣を持っている。
常に何か武器を身に付けてるのだろう。裸の時でも。
突入したときに旦那か奥さんのどちらかを刺すかも知れない。
いっそ、力任せに制圧して被害者だけヒールを掛けるという手もあるが、むやみやたらにヒールを見せたくない。
そして、エチゴヤの要望は生きて捕らえること。殺すのはあくまで沙汰を出してから。
これは守らなければならない。コユキを放免する条件でもある。
そして、コユキがナオトと打ち合いをしたがっている。感情に任せて殺さないか心配だ。コユキが死ぬのも困る。迂闊に蘇生も出来ない。周囲は奉行所の剣士と岡っ引きが取り囲んで監視している。余計なことは見せられない。
「合図したら突入してください」
小声でコユキが言う。
ナオトの位置が夫婦から遠退いた時がチャンス。
「今だ!」
それは奥さんが泣きながら部屋のすみに投げ捨てられた自身の服を取りに這って移動した瞬間だった。
離れた距離はたった二メートル!だがそれが最大値!
窓から飛び込むコユキ!
ナオトの短剣を持つ右手を刀で峰打ち!
だがフルスイング!
ひしゃげるナオトの右手。落ちる短剣。
そのままナオトの顎を蹴りあげるコユキ!
コユキ一人で五秒で制圧。
それを見て俺は梯子を降り、楽々一階の二人を制圧した。
ーーーーーーー
ナオトと元ギルド員と仲間のゴロツキは、奉行所に引き渡された。
俺は口を出さなかったが、ナオトは生きてこそいるが、全身ボッコボコで血だらけだった。そして体の一部分が欠損して流血していた。
搬送板に載せられ運び出される旦那さん。重症だが、辛うじて大丈夫そうだ。今も意識はある。
搬送板の上で寝たままの旦那さんにコユキが向かう。奥さんも居る。
「諦めたら許さないからね」
「ああ・・」
弱々しいながらも答える旦那さん。
そして見送った。
「随分ボコボコにしたなあ」
切り落とした事には触れない。
「ええ。でも、半分は奥さんよ」
「そうか」
コユキはまだ修羅の顔をしている。こええ。
「名乗れないのは辛いですね」
恐らくは真面目なコユキのことだ、元ギルド嬢として謝りたかった筈だ。だが、過去を捨てさせたのは俺だ。過去の自分を名乗れない。
「戦うつもりじゃなかったのか?」
そう、それが疑問だった。
強いとはいえ、たったの五秒で終わらせた。
別所に誘導して勝負して力を見せつけるかと思ってた。
「人質がいなければあの日も私が勝ったわ。過ぎたこと言ってもしょうがないけれど。でも、たるみきった私を直してくれたユキオ様には心から感謝してます。命も救って頂きました」
そういって今更ながらコユキは俺に長い礼をした。
「帰って鍋にしよう」
「はい!」
そうしてコユキは静かに泣いた。
夜、一つの物語が終わりを告げた。