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最終話

「私をロケットでなるべく高く上げてください。なるべく太陽と近地点の日が良いのですが時間がありません。多少は私がなんとかします。本来100年は欲しい軌道を28年プラスアルファでなんとかしようと言うのです。天文班は暫くは水分子の多そうな方向を探して下さい。先ずはそこを目指します。衛星に探索カメラは必要ありません。私が直接見ます」





 クラリスが彗星になる。

 神の能力で宇宙を旅するんだって。

 彗星になって身体に一杯氷をくっつけて外宇宙を回って戻ってくるんだって。

 ハレー彗星より大きくなって帰ってくるんだって。

 氷を抱いて。

 宇宙に薄く散らばる水分子を集めるんだって・・・


 たった1人で。




 折角会えたのに。

 クラリスに会えたとき嬉しかった。

 自分血塗れで指すら動かせないのにさ、また楽しい毎日が来るんだって思ったんだ。

 ここは私のホームだよ。

 どこにだって連れていってあげられるよ。

 全部見たこと無いでしょ。

 食べたこと無いもの一杯あるよ。


 クラリスいっちゃうの?

 さんざんひとりぼっちで寂しい生活してたんじゃない。やっとみんなと一緒になれたのに。


 わたしのせい?

 私が碧竜石なんて見つけたから。


 わたしのせい?

 私が地球に帰ったから。


 ねえ。

 三十年もひとりぼっちでいいの?


「スイングバイには金星の公転力も利用する。最短は何時だ?」

「7月7日。2週間後です。予定期間の初日です。楕円を数回してれば丁度金星に追い付かれます。金星の公転ドンピシャです!」


「衛星が変更だが発射台の準備は?」

「間に合います」


「殆んど空荷のようなものだ。燃料はギリギリまで増やせ!間に合うか?」

「間に合わせます!」



「社長、今更ダミー衛星だなんておかしいと思ってました。こういうことだったんですね」

「黙っていて悪かった。口止めされていたんだ。いけるか?」

「全力で」



 山岸さん、知ってたんだ・・・



 山岸さんの社員達が急に忙しく動き出す。

 新たな神のクラリスが彗星になると聞いただけで山岸さんの社員は説明無くても全てを理解した。


 一方、私は脳が動かない。


 クラリスが宇宙に行く?

 真空じゃないの?

 直ぐに?

 地球に居るんじゃないの?

 日本に居るんじゃないの?

 帰ってくるのは運命の日のあと?もっとあと?

 じゃ、30年近くも先じゃない!


 ひとりぼっちで?


 何度も同じ事を考える。



 死んじゃわない?



 騒々しくなった神社の中で私は大泣きしながらクラリスに抱きついた。


「危ないから行かないで!私なんでもするから!方法考えるから!きっとなんとかなるから!一緒にいようよ!行っちゃ駄目だってば!ここにいてよ!」


 わんわん泣きながら訴えた。

 皆も居るのにお構い無しにクラリスに抱きついた。違う、両手で拘束した!何処にも行かないで!


「佳子さん」


「ここにいてよ・・・」


「最初は貴女の守護神になるのが目的でした」


「ここにいてよ・・・」


「しかし許可と資格は通りませんでした」


「うちにきてよ・・・」


「でも、地球の神となるなら条件付きで行ってもいいと」


「部屋くらいあるから・・・」


「私は佳子さんの事が大好きです。貴女の役に立ちたい。貴女に死んで欲しくない。絶望して欲しくない」


「行かないで・・・」


「私は死にに行くのではありません。再び戻って来ます」


「やだよ・・・」


「こればっかりは佳子さんのお願いでも駄目です。これは私の信念です。貴女の未来を切り開くために宇宙に行くのです」


「真空で死んじゃう」

「死にません」


「太陽に焼かれちゃう」

「我慢は得意です」


「凍っちゃう」

「臨むところです」


「行ける訳ない」

「行きます」


「生きていられる訳ない」

「帰ってきます」


「行かないで・・・」

「待ってて」


「お婆ちゃんになっちゃうよ・・・」

「帰ってくれば私は150歳越えてますね」


「私もお婆ちゃんになっちゃうよ・・・」

「佳子さん」

「なんだよ」

「待ってて」

「置いていく癖に」

「生きていて」

「行っちゃうくせに」

「生きていて」

「クラリスが居なきゃ死んじゃう」

「いえ、佳子さんは強いです」



 クラリスが行かないって言ってくれない。




「私は佳子さんの守護神です。きっと帰ってきます。待っていて下さい。生きて待っていて下さい。貴方が生きていなかったら私は地球を救うのを止めます。だから何がなんでも生き延びて下さい。貴方が生きてなければ皆も救いません」

「卑怯だよ」

「なんとでも」



「寂しくないの?」

「待っている人が居ると違うんですよ」


「クラリスのばかぁ!」


 この鋼の女を押し倒す勢いで私は抱きついた。

 私の負けだ。









 7月7日。

 急拵えのくせしてやけに完成度の高いロケットが立っている。

 宇宙に行ったならぱかっと左右に開く先端カバーにはいつかの私の落書き。

 あの中にクラリスが居る。



 クラリスは衛星の準備と作戦打ち合わせでずっと忙しかった。私との時間なんて全くない。

 それでも昨晩は最後だからと一緒に寝た。

 朝起きたらクラリスはもう居なかった。

 別れが辛かったのかな。

 私も辛いよ。

 世間は七夕。

 織姫と彦星の再会の日。私達は別れの日。


 発射のアナウンスが流れ終わった。


 クラリスを乗せたロケットはまるでミサイルのような速さで大空に消えた。

 積み込まれてるのは世間にはダミー衛星と言われていたが、やけに加速の良い小さな衛星はあっという間にロストした。

 もう誰も居場所を知らない。






 ーーーーーーー






「佳子さん」

「麻生さん」


 麻生さんが引きこもっている私を心配してアパートに来た。友弥は今日も仕事。

 私はあの日の以来無気力でなにも出来なくなった。

 毎日アパートに閉じこもって居る。



 麻生さんを部屋に招いて、お茶を出す。


「いい加減しゃきっとしなさい。何も終わってはいないのよ。これを見なさい」


 そう言って麻生さんは小さなアタッシュケースから丁寧にレンガを取り出した。


「これは?」


「碧竜石よ」


「これが」


「桃神様からの贈り物。きっとクラリスは無理をするって」


「それで?」


 既に宇宙に行くことが無茶なのに今更だよ。


「桃神様が言ったの。クラリスは帰ってきても、無茶をしすぎて大気圏再突入の力を残して無いんじゃないかって。水だけ届けて力尽きるんじゃ無いかって」


「・・・・・・」


「だから桃神様はこれを静止軌道に上げとけって。絶対にヘロヘロな筈だからって。そう言って贈って来たのよ。そして発射前のクラリスには絶対に渡すなって。クラリスを心配したのは貴女だけじゃないわ。みんな心配してるの。それでも送り出したの」


 私はレンガを持つ。

 コンクリより少し軽い。

 これを見つけたからクラリスの人生は変わったのかもしれない。



「それからクラリスからの伝言」


「聞いてないよ」


「一杯子供作れだって」


「余計なお世話だよクラリス」


「あら、子供は最高よ」


「生きられないかもしれないのに」


「なんとかするのよ。母親なら」


「全く・・・」


 麻生さんはすっかり冷めたお茶を飲み干して。帰り支度を始める。

 あれ?


「このレンガは?」






「貴方がクラリスに渡しなさい。方法は自分で考えなさい。協力はするわ。山岸にも言ってあるから、言えば手伝ってくれるわ」


「でも!」


「少なくとも引きこもりしてたら渡せないわ。じゃ、ご馳走さま」



 そう言って麻生さんは出ていった。



 碧竜石。

 茶色い。



 全然青くないじゃないか・・・


 クラリス・・・








 私はぴしゃりと自分の頬を両手で叩いた。



「顔洗おう!」

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