佳子が死ぬという神子の予言
お姉ちゃんが泣いている。
手を後ろに繋がれ、首輪をされ、長い黒髪を乱暴に捕まれ、顔の前に危なそうなナイフをちらつかせられてるお姉ちゃん。服は朝出掛けたときのまま。
お姉ちゃんを死刑囚のように扱うのは環境保護デモの集団。二十人以上居る。
あちらこちらに人が居るのに誰も咎めない。
国会の建物とかがあって警官も居るのに誰もお姉ちゃんを助けない。
かつて異世界で神子が言った。
『平井佳子よ。恐らくは人類は全滅する』
『わかっています』
『それともうひとつ。君は生き残れない。居残り神がお前の命を狙っている。理由は僕と知り合いになってしまったからだ。僕に対する敵対心のとばっちりで死ぬ。これは予言だ。僕は手出し出来ない。それはラララもだ、だから死ぬ』
『・・・・・・』
『今帰らずに30年後に帰るという手もあるのだぞ』
『帰ります。みんなに会いたいから。一緒に居たいから。それに友弥と結婚するって言ったから。30年も待たせたら友弥が可哀想よ。今だって待たせてるんだし。それに死なない可能性だってあるんでしょ?』
『無いこともない。未来は不確定だ。星の未来はそうそう変わらないが人1人なら変わることもある』
『なら私は死なない』
『君は無謀だな。無策でもある。だが君が望むならまたこちらに召喚しよう。まだ数年は召喚制限はされない。それまでなら我々が君を呼び寄せる事が出来る』
『有難う。でもきっと戻らない。死ぬなら友弥と同じ墓に入りたいから』
『さらばだ平井佳子君』
居残り神。
これはきっと居残り神。
お姉ちゃんまで20メートル。
左手の中には日本刀がある。まだ見せない。
突入してお姉ちゃんを取り戻す?
駄目だ、顔とナイフが近すぎる。ナイフを持っているのは60歳位の女の人。上品な服できっちりした髪型。とても人に刃物を向けるような人には見えない。でも。
ヒールが使えれば良かったのに。無理してでもお姉ちゃんを奪取して後で治療。でも、出来ない。
左手に入れてきたのは日本刀にサバイバルナイフに鉄の棒に蓋を切ったドラム缶に治療用具。あといろいろ入っているが決定的に役に立つものはない。
この人達の良心に訴えてみる。
「お姉ちゃんを返して!」
だが、おばさんはナイフをどけない。
それどころかもう一人若い大学生風の男が横に立ちお姉ちゃんの首にカッターナイフを右手で構える。左手はお姉ちゃんの胸をがしりと掴んでいる!
なんてことを!それどころか後ろの人達は誰も咎めない。
そしてここまで異様な状態なのに通行人も警官も無関心。
「私が目的なんでしょ!お姉ちゃんを放して!」
朝、私のスマホに送りつけられた言葉。
『莉奈は貰った。ここに来い』
送られて来たメッセにはマップ表示。しかも移動してる。送信主はお姉ちゃんだけど・・・スマホ奪われてるのね。
そして私は来た。
「来たか。米の犬め」
前触れも無く現れたのは十代後半に見える色白い白人少女。いや、色白というよりは青い、血の気がない。
ボリュームのない金髪を細く後ろに垂らし、薄い服を着ている。服は透けているが下着はない。そして裸足。
寝間着?
そんな女性が私の前に現れた。
宙に浮いている。
そして上から私をぎょろりと見下ろして居る。いや、見下している。
普通の人間じゃない。
「悪魔・・・」
女性が喋る。
「悪魔とは失礼な。神であるぞ。最もこの身体は魂のみの状態を乗っ取って使ってやってるのだがな」
「魂?」
「これは肉体ではない。人間は幽霊と呼ぶだろう。だが、根本的に違う。まあ、説明したところで理解出来ないだろうがな」
「それが貴方の正体?」
「ははははは。これは端末だ。お前ごときに本体は見せぬ」
「どうでもいい!お姉ちゃんを放して!」
「くだらん」
そう言って女性が更に宙にのぼり、環境保護団体の真上にすーっと移動する。
彼等にあの女性は見えているの?見えていないの?
「さあ、殺そう。あの女はガソリンを焚いてやってきた。しかも、夫はロケットなる火炎放射機を作る悪魔だ。殺していい存在だ。さあ」
「許せない」
そう呟いて一人の男が数歩前に出る。
「殺そう」
もう一人の男も数歩前に出た。
二人とも目がイッている。
一人は背中のバッグから、もう一人は上着の内側から黒い物体を出す。
拳銃。
日本なのに?
二人ともそれを並んで私に構える。
まさか!
自然保護のために人を撃つ?
「冗談でしょう?そんな!」
ガン!
一般人に見えるのにその二人は私に引き金を引いた!
しかし、弾丸は私に当たることはなかった!
代わりに二人の居た所には二人の姿は無く、小さな黒い粒が一粒地面に落ちた。
「あーあ、あの女から離れるから」
「え?あ?え?これって?え?」
「なかなか厄介な御守りを持ってるな」
「え?」
御守り?
クラリスのくれた御守り?
そうだ。
さっき確かに彼等は拳銃を撃った。発射音が聞こえると同時に彼等は消えた。
弾は来なかった。
そして、彼等は消えて黒い粒が残った。
まさかクラリスの御守り?
まさか。
「二人死んだな。その粒は御守りに圧縮された二人だぞ」
認めたくなかった事をさらりと言う宙に浮く女性。
「そんな・・・」
「君が死ねば全て終わる」
「そんな・・・」
「次いこう」
「やめさせて!」
「続ける」
また1人数歩前に出て拳銃を構える。
「やめて!撃っては駄目!」
「世界平和の為に死ねよ」
ガン!
トン。
人が消えて黒い玉が転がる。また死んだ?
どうして撃ったの!
「いやっ!やめさせて!」
「どうしてだい?君はまだ死んでない。なかなかの性能じゃないかその御守りは。もう三人殺したぞ。全員死ぬまでやるか」
クラリスの御守り。
私を守る御守り。
でも・・・
「お願いやめて・・・」
「何を言う。私は彼等の願望を叶えているだけだ。恐怖心を封じて自制心を緩めただけだ。彼等の攻撃願望を叶えただけだ。彼等の願望はデモじゃない。言論ではなく攻撃だ。私はリミッターを外してあげただけだ。彼等は快楽の中で消えたよ。幸せじゃないか。さあ、次はこういうのはどうかな?」
お姉ちゃんにカッターナイフを突きつけていた男がカッターを隣のおばさんに渡す。おばさんはカッターとナイフの両方をお姉ちゃんに構える。
男は右手に拳銃を持つ。
左手は相変わらず胸から離さない。
恐怖の表情のお姉ちゃん。
お姉ちゃんはもう限界だ。
そして銃が私に向く。
やめて!
お姉ちゃんまで消えちゃう!
「撃たないで!」
貴方、なぜ撃つの!
消えるのよ!
パン!
ドッ!
発射音の次に私の真ん前で鈍い音が!
怖くて閉じた目を開ければ私の1メートル前で止まってる銃弾!宙に静止する銃弾!
その向こうを見るとデモ隊とお姉ちゃん。
誰も消えてない!
撃った男も消えてない!
え?
パンパンパン!
男はまた拳銃を撃った!
撃たれた弾は私の目の前に止まる。全部だ!
「ほほう、人物を見分けるとは大した性能じゃないか、その御守りは」
「見分ける?」
クラリスの御守りはお姉ちゃんを消さなかった!
クラリスの御守り有難う。
もう駄目かと思った!
しかし男の発砲はまた始まり、弾をうち尽くすまで私に撃ってきた!その度に宙に止められる銃弾。
「くそっ!」
男は拳銃を懐にしまおうとしたが、慌てて地面に落とす。どうやら熱かったらしい。
だがあろうことか銃を拾いもせずに、両手でお姉ちゃんに掴みまとわりつく!
目を瞑り嫌がるお姉ちゃん!でも、ナイフが怖くて逃げられない!
「やめて!」
「ははははは。彼の心のリミッターを外したら攻撃欲求と性欲が止まらないらしい。面白いからほおっておこう」
「お姉ちゃん!」
「君はまだそこに居たまえ」
「諸君、その女の近くに居れば消えずに安全に撃てる。存分にやりたまえ」
お姉ちゃんがデモ隊に囲まれる!お姉ちゃんが見えない!お姉ちゃんの側なら御守りに攻撃されないと知ったからか!
直後、一斉射撃が私を襲う!
休む暇もなく私に撃ち込まれる銃弾!
なん十発、それ以上?
耳がおかしくなるほどの爆音と鈍い音、たまに弾同士が当たる音!
「その御守りはいつまでもつかな?」
まだ続く銃撃!
こんなに異常なのに何事もないように歩く人々!
無関心に交差点に立つ警官。
怖いのを我慢して向こうを見れば弾の詰め替えをしているのも数人。これじゃ終わらない!
そしてお姉ちゃんにまとわりつく男が三人に増えている!
大泣きしながら男から逃れる為にしゃがもうとするお姉ちゃん!
ナイフ持ってたおばさんも銃を持ってこっちを狙っている!
チャンス!
日本刀を素早く引き出してお姉ちゃんに向かって走る!
お姉ちゃんに刃物が突きつけられてない今しかない!
お姉ちゃんを奪い返す!
耐えて!
クラリス!
左手逆手に刀を持ち、右手をお姉ちゃん奪取に備えながら低く低く走る!
もう、あいつらなんて死んでも知らない!お姉ちゃんだけ取り戻す!
クラリスの御守りお願い!
撃たれながらも突進!突入!
お姉ちゃんに覆い被さっている男を蹴り飛ばし、押し潰し、殆んど服を失ったお姉ちゃんの胴を右手でがっちり掴んでデモ隊を刀の背で殴りながら離脱!多少は刃に奴らが当たったがそんなことは気にしていられない!
それでも私に撃ち込まれる銃弾!
必死に遠くにお姉ちゃんを抱えて走る!
これ以上は走れない!
まだ鳴る銃声。
左手から出したドラム缶をお姉ちゃんに被せる!
そしてお姉ちゃんを庇うように立つ!
まだ鳴る銃声。
鳴っている。
やつらが消えない・・・
鳴っている。
痛い。
もう5発は私にめり込んだ。
頭と心臓だけは守られてるが、あとは筒抜けだ。
御守りが消えようとしている。奴らを消す威力はもう無いらしい。
あんなに強かった御守りはもう消えそう。
足にも弾が。
腕にも弾が。
肺にも。
お腹にも。
まだ撃ってくるデモ隊。
桃神様、守って・・・
多少の治癒はあるって・・・
全身痛い・・・
気持ち悪い・・・
動けない・・・
「死ぬがいい米の犬よ」
宙から降り立った青白い女が動けない私の耳元で死を予告した。
神子の予言通りか。