莉奈の首輪
リリイ村のユキオの家。
椅子に座り窓から村を眺めるラララ。
目の前のテーブルの上で餌を食べる茶トラの猫。
すっかり背が高くなった神子ことククリが猫の背中からしっぽまで撫でながらラララに語りかける。
背中を撫でられても猫の食事は止まらない。
「自分で産まないのかい」
「私が産んでしまってはもしそういう仲に成ったときに気が引けるじゃありませんか」
「そういって遠慮なんてしないくせに」
猫の寿命は短い。
過保護にされてなければ10年やそこらだ。
猫が死んだときに肉体を離れるトムムの魂をどうするかがラララにとって悩みの種だった。既にかつてのトムムの記憶は消えた。トムムの遺伝子は再構築して保存している。それこそ、どれが発現遺伝子で、どれが休眠遺伝子かも再現出来ている。
見た目だけならトムムを作り出せる。しかし、心と記憶はもうない。
心は魂の影響をかなりうけて育つ。でも消えた記憶は戻らない。
猫が死んだあとトムムの魂をどうするか?
ラララ自身がトムムを出産するという選択肢もある。
「それにトムムには普通に暮らしてほしいから」
ラララが母親になれたならトムムとの絆は永遠だ。恋人や妻では心変わりもありえる。
だが神に進化したラララから生まれたらきっと普通の人間には生まれない。いくばくかの能力を身に付けて生まれる。
そうなったならトムムはきっと普通の人生は歩めない。それは幸せか不孝か。
ククリも神に成る前のラララから生まれる道を選んだ。あくまで普通の弱い人間の身体。
だがやはりトムムが生まれればラララはトムムを守護する。他の女の腹から産まれたとしてもだ。これは決定事項。
まあ、今も猫のトムムはラララの守護下であるし。
猫はまだ少し餌が残っているが満腹になったらしく、テーブルからベッドに移動してだらしなく寝そべる。
お昼寝タイムの始まりだ。
ラララは残った餌を窓からぽいっと捨てる。直後、近くの木の枝から鳥数羽が急降下して餌に群がる。
この猫に与えられてる餌はわりと良いもの。
そして、周りの鳥もそれを知っている。ここは鳥にとって格好の餌場のひとつ。
「クラリスのことは残念だ」
「それでも細胞サンプルは取れましたから充分役に立ちました。お陰で私も碧竜石を大量に通せる身体になりましたし」
「違いない。あの種族は神を作った後の残り物とか、神の原材料とか色々言われている。旧すぎて確かめる術はないが」
「ところで」
ククリに敢えて聞くラララ。この二人の間柄でも秘密はある。
「地球で荒ぶっているのは一体なんなんですか?」
「知らない方がいい・・・が、知っておかねばならないのか。桃も知っているようだし、君だけ知らないのも気分が悪いだろう」
「それで?」
「あれは二つの神のハイブリッドだ。ひとつは人間の神。人間は不思議な生物だ。繁殖力と繁栄力が凄まじいのに自滅願望を持ち、同族攻撃をする生物だ。人間同士で抑えあい、足を踏み、戦争をして、武力による戦争をやめても社会的に戦争をする。当然だが今の人間の神と原初の人間の神は世代交代を何度もして違う。確かめる術はないが、原初の神は生物の頂点に立つ人間にリミッターと仕掛けをしたのだろう。増えすぎないように。そして今回の太陽フレアだ。これはあまりにも絶妙過ぎる。地表の生きてる生物だけを丁度良く殺す力加減。1~2年でゆっくり復活する磁場。きっと種子は生き残る。数パーセントの動物も残る。それで文明に頼りきった人間だけが生き残れない。生き残ったとしても文明は失われる。まるでノアの箱船だ。もしこの太陽フレアが仕組まれた物だとすればどれ程強力な神なのか想像もつかない」
そう。
あの太陽フレアの規模は絶妙だ。絶妙過ぎる。
「もうひとつは?」
「もうひとつは人間に猛烈な恨みを持った存在だ。これが人間の神に寄生して狂った神が出来上がった。ラララ、私たちは人間を利用することで繁殖と繁栄をした。一族の一部を食料として差し出す代わりに世界中に繁栄した。米などは本来なら生きていけない山や海岸近くでさえも繁殖した。これは人間の力だ。だが、神々の中には人間に利用されることを嫌悪する者も多かった。気持ちは解る。
さて、人間の神に取りついた存在だが・・・」
ククリは二人と一匹を囲むように情報結界を張る。
誰かに聞かれればこちらの世界でも種族間差別が始まるかもしれない。その植物の神がこちらに居なくとも。
「緑豆の神だよ」
「やはり・・・」
「君は中立を通した方がいい。こちらにいる彼等も迫害してはいけない」
「気持ちは分かります。私も元は贄の子でしたから」
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私は誘拐された。
そして今は鍵付きの丈夫な首輪をされ後ろ手に手錠をされて歩かされている。
三十人程のデモ行進。
この団体は環境保護の団体らしい。
構成は主婦から老人、若者と一貫性がない。そして皆目付きが怖い。
メガホンとプラカードとのぼりを使いながら吠え続ける三十人。遠くに国会議事堂が見える。
そんな団体の先頭を首輪と手錠をされた私が歩く。歩かされている。
絶対に異様な筈なのに通行人も通行車両の運転手も警備の警官さえも咎めない。なんで?
私の事ははっきり見えている筈なのに!
どうして?
そして私は何故か声が出ない。
そして身体は勝手に何者かにコントロールされている。意識を集中させて身体のコントロールを取り戻そうと挑戦すると少し足が止まる。
身体を取り戻せるかもしれない!
しかし、
「止まるなよ!」
「早く行けよババア!」
後ろからデモ参加者から背中を硬い靴で蹴り飛ばされ、頭を殴られ私の反乱は終わった。
どうして誰も助けてくれないの!
助けて!
助けて!
助けて!
泣きながら先頭を歩く。
そして。
行進する三十人の向かう先から一台の大型バイクが来る。
背後で大声!
「 止 ま れ ! 」
バイクはあと二十メートルというところで急停止する。気が付けば私の目の前にサバイバルナイフが構えられている。
サバイバルを持つ男はもうひとつの手で私の頭の毛を乱暴に握っている。痛い!
それでも通行人も誰も私達を気にしていない。
ああ、私は人質なんだ・・・
やってきた人物は停車したバイクから降りてヘルメットを脱ぐ。思った通りの人物。
「お姉ちゃんを返して!」
佳子・・・