平井佳子の帰宅。平穏な毎日?
今日は山岸のロケット燃料タンク工場に来た。
珍しく山岸が作業着を着ている。この男が作業着を着たところで何もしないだろうに。
「友子。平井君はどうした?」
「私だけじゃ不満なの?今日は大型の卒検で来ないわ」
因みに大型とは自動車ではなく二輪のこと。
私は麻生友子。
神の恩恵を受ける者だ。
そして高校の同級生の山岸まで神の恩恵を受ける者だと知ったときは驚いた。
その山岸の神も既に地球を去った。
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あの日、神様の指定したキャンプ場に車で行った。
キャンプ場は平日ということもあり、誰も入っていない。
佳子さんを迎えるのは私と山岸と友弥君だけの予定だったが、向こうの世界から佳子さんが家族の迎えを要求した。
『家族には秘密にしないにきまってんじゃん』
佳子さんの言うことはもっともだが、家族へ現状の説明にとんでもない苦労をさせられた。
異世界なんて誰が信じる!
なにせ私は目の前で見せられる証拠を持っていない。
言葉だけでの説得には精根尽き果てた。
異世界から送られた麦や米を見せたところでどうにもならない。友弥君も途方にくれる。
しかも運命の日のことは伏せている。流石にこれは言えない。こんなの喋ったらカルト宗教だと思われる!
本当のカルトは別にあるのに!
それでもなんとか家族をキャンプ場に同行させることに成功した。疑りを捨てず警察を立ち会わせようとする父親の説得が一番苦労した。
そして運命の時。
神様の指定した時間。
皆が見守る中、キャンプ場の広場に黄色い霧が立つ。
当たり前だが黄色い霧が立つなんて自然現象はありえない。
小瓶を送られたときよりも遥かに大きい霧!
この霧は私は何度も見ているが、他の人たちは初めて見る。恐らくは家族にとっては初めて見る超常現象。
そして直径五メートル高さ十メートルの縦長の霧の中に何かが現れる。
「 高 っ ! 」
声と同時に女性が現れた!
それも空中だ!
まずい、高すぎる!
7、8メートルはある!
しかし、落ちてきた女性は大きな着地の音をさせながらも全身のバネで衝撃を吸収した!
着地の動作に黒く長い髪が大きく靡く。
無事だ!
こんなに高い場所から飛び降りたのに無事だ!
怪我ひとつない!
「全くもう、余裕とるからって高過ぎ!」
この子が佳子さん?
そして佳子さんはすっと立ちこちらを向く。
ゆっくりと右手を胸の高さに上げ人差し指を順に家族に向ける。
「お母さん、お姉ちゃん、お父さん」
父親は最後なのか。
「ただいま〜!」
「佳子なの?」
「当たり前じゃない。お母さんボケた?お姉ちゃん地味になってるし髪染めるのやめたの?」
父親へのコメントはなし。
そしてそのあとは家族で抱き合っていた。
二年半振りの家族の再会の時はは静かに流れた。
そして友弥君への最初の言葉は、
「後でね」
である。
何をするんだか。
若いっていいわね。
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佳子さんの復帰に向けて、当初は誘拐されたことにしようと思っていたのだけれど、これは無理筋だと諦めた。
佳子さんがムキムキすぎる。
拉致監禁されていた者の身体じゃない。失踪前より少し背は伸びたらしいし、腹筋は割れてるし足は逆三角形になってるし。
スポーツすれば世界を狙える程だ。それもマイナースポーツではなく陸上や水泳で。
しかも、突然空中に放り出されても一瞬で判断して無事着地する運動神経の良さ。下が土だったとしてもあの高さから落ちて無事だなんて。
「いやあ。私なんてまだまだだよ。師範なんてマジで人間やめてるし。あ、師範は人間だよ」
「は?」
「この程度で鍛えてるだなんてちゃんちゃら可笑しいってば」
どうやら異世界は大変な世界らしい。
「それからユキオさんが宜しくって。あ、ユキオさんのお母さんですよね?」
「ええ、幸雄の母です」
「良かった、間違えてなかった。ケーキごちそうさまでした。みんなで食べたよ。美味しかった!」
「そう、良かった」
あのケーキは無事に届いたのね。美味しいだなんて嬉しいわ。今度お年玉あげようかしら。
そして佳子さんは無事に帰宅した。
二年半の失踪の理由付け。
私たちは家出の理由付けを必死に考えていた。口裏会わせの為だ。
しかし。
「理由なんか要らないじゃん。私もどうせ言う気ないし。変に理由作ると言いたくなっちゃうよ。下手に説明すると失敗しそうだし、考えるだけ無駄無駄」
あっさりしてる。
平井佳子の帰宅は一時期世間を騒がせた。
摩訶不思議な高校生29人の真昼の失踪の一人が突然現れたのだ。
当然、あの日何が起こっていたのか警察もマスコミも佳子さんに詰め寄った。
佳子さんは警察には家出と言って押し通した。学校の中庭からこっそり早退してたので、あの集団失踪とは無関係であると。後で騒動を知って雲隠れがうまくいきすぎたと言っていた。
どんなに質問されても佳子さんは何処にいたかも明かさない。まあ、本当の居場所は言えるわけ無い。それに犯罪者では無いのだから無理して答える必要はない。
本当にあの頃は大変だった。今はわりと落ち着いたけれど。
そしてしつこい世間を嗤うように佳子さんはまた失踪した。世間では放浪癖、失踪癖があると言われたが、実際は友弥君のアパートに一月間もシケこんでいた。若いって素晴らしい。
「高校の勉強してたんだから」
どうだか。
まあ、親公認ならいいか。
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再び山岸のロケット燃料タンク工場。
作業着の山岸が工場の中のとある部屋に私を連れ込む。
まさか昔の関係を再燃させないだろうね?
でもそんなことは無かった。
「友子に見せたいのはこれだ」
物置のコンクリート製の床に置かれる木製のパレット。
山岸がパレットに被せられていたブルーシートのキレを取り払う。
そのパレットには金属製のトレイが置かれている。
見ればその金属製のトレイは荷締めベルトでパレットに固定されていて、その中にビー玉程の大きさの黒い球が乗っている。
「触ってもいいよ」
山岸が示すのはこれしかない。
一個の黒い球。
手を伸ばす、掴む。
「くっついてる」
全然動かない。
なにこれ?
なんの球?
「発見した時は温度が400度位あったんだ。舗装道路じゃ無くて砂利や土の所だったら見逃してた。もっとも、熱にあてられ沸騰するアスファルトはかなり目立ったがな」
そう言うと山岸は工具置き場から相当重そうなハンマーを持って来て、その球をゴン!と横から盛大に叩いた。
すると、ほんの数ミリ動く。
固定されては居ないのか。
「これは一体何?」
「信じられないだろうが、この球の重さは1620キログラムある。磁石にも反応するが鉄ではないみたいだ。そもそもこの大きさでこの質量の物体は地球にはない。以前、友子と平井君と友弥君が来て、君たちが帰った後に向こうの道路で発見したんだ」
「まさか彼女がなにか!」
「多分違うだろう。この球のあった場所には車の前部分と後ろ部分が残されていたんだ。その中間にこの球があった」
「言ってることが解らないわ」
「じゃあ、これを見て」
山岸は部屋の中に置かれているやや大きな物体にかけられてるブルーシートを取り払った。
そこには乗用車の一番前70センチくらいと、後ろ50センチくらいが置かれていた。車種はセダンに見える。
それはあまりにも不自然。
部品が置かれていると言うよりは切り取って置かれたようにしか見えない。
「キャトルミューティレーションって、覚えている?」
「宇宙人の仕業っていわれるやつ?まさか!」
「まるで車がキャトルミューティレーションされたみたいになってたよ。今は外してあるけれど、ナンバープレートもあった。地面も丸く抉れてた。面白いのはこの球の重量がそのキャトルミューティレーションされた部分の重量より少し軽い程度なんだ。有機物が燃えて無くなった程度の重量」
「ごめん、頭が追いつかない・・・」
「結論だけ言うよ。車の中心付近がキャトルミューティレーションされて圧縮された。ナンバーから調べたら例の団体と仲の良い危ない奴らだ。つまり圧縮されて死んだのは敵だ」
「それは!」
「僕の作ってる物の目的は漏れてるのかもしれない。奴らにして見れば目障りなロケットだ。だが目的を知っているのは君と僕しかいない。スタッフには話していない」
「私は味方よ!」
「分かってる。つまりはそういう存在が敵に居るということだ」
秘密を簡単に見抜く。つまりそれは人ではない。
神?
悪魔?
「もう一つ言おう。恐らくはこれをした存在は我々の味方だ。僕には接触してきていないし連絡もない。友子には?」
「・・・・聞いてない」
そう、私の神と山岸の神の仕業ではない。
神様は大事なことはいつも教えてくれる。
「ならば、守られてるのは平井君だ」
「佳子さんを?」
「そうだ。ロケットを守ったというよりは平井君を守ったのかもしれない。この車も平井君を暗殺しに来た人の物と想定すれば説明がつく」