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無茶振りも今は昔話

「社長、サカキ食堂さんがおみえになりました。下までお願いします」

「すぐ行くわ」



 私はツバキ。

 従業員6000人の佳子屋の社長。就任して3年でここまで来た。

 出来過ぎの人生だと思う。


 元は酒蔵の大旦那の嫁。

 あの頃は妻として専務として上手く行っていた。

 だが、夫の浮気により離婚。浮気相手はまさかの実の娘。


 あの日、絶望と怒りに任せて家を飛び出した。結婚してから夫の為、娘の為、家の為、酒蔵の為に頑張っていたのにあんまりだった。

 そして老後どころかその日の食べ物すらままならない生活に身を落とした。

 そんな私を拾ったのは佳子さん。

 小金は持っていそうだが、正直あまり利口には見えなかった。

 最初は飲み物の屋台を任された。言われたときはこんなものが売れるのかと疑った。

 ありふれたジュース類を通常の三倍以上の値段で売る。

 こんな程度のものなら他所でもっと安く手にはいるし家まで戻れば更に安い。

 しかし、テニス大会という突然現れたお祭り会場で飛ぶように売れた。

 しかも、有名人コユキを描いたコップがとんでもない金額で売れる。あれはコップの値段ではない。

 しかも、コユキさんへは謝礼をしない。商売するものとしては如何なものかと思ったが、佳子さんにそれについて意見を言うと、


「いーの」


 の一言ですまされた。

 聞けば佳子さんはコユキさんの弟子だというが、師を無断で金儲けのダシに使うとは酷い弟子だ。

 一方、佳子さんを描いたコップは売れ残ってしまった。それは私のものになり、今も社長室で愛用している。これを見るたびに佳子さんと佳子屋の始まりの日を思い出す。

 テニス大会で屋台は三日間しか営業しなかった。しかし、その売上げのお陰で私は生き長らえた。

 そして久しぶりの商売で私は生き生き出来た。そう、生きるための仕方なくやる労働ではなく、楽しくて仕方ない労働。まさに「稼ぐ」


 そしてその後は目まぐるしい毎日。雇い主の佳子さんに言われるがまま蕎麦打ちに麺類の仕入れ販売、醤油の開発と量産、鶏と鶏の卵の販売。次々に未知への挑戦と発見と苦難をさせられた。

 当時、菓子屋の一部を間借りしていたが、その菓子屋は今や我が佳子屋の一部門。

 卵運搬の為に設立した運送部所は卵運搬以外にも様々な物を運び、今や毎日田舎と町を結ぶインフラとなった。恐らくはオーリンの田舎よりウエアルの田舎のほうが暮らしやすい。更には大量に醤油と卵を買ってくれるオーリンへの運送業も自社で設立。帰りにはオーリン産の乾麺も運ぶし、他の物も運ぶ。

 伸び続けるウエアルの景気にも助けられ今や佳子屋はウエアル屈指の食品商社になった。

 最大の取引先のオーリンに支店も作った。今や佳子屋はウエアルとオーリンの会談の席には必ず呼ばれる程の影響力を持つ会社となった。かつて従業員が20人を超えた時に、従業員を私は支え切れるのだろうかと不安になっていたが、横にいた佳子さんは、


「全然足りないって。人増やさないとこっちが倒れちゃうよ。めんどくさいから会社ごと買えば?」

 などと言っていたが、まさか6000人にまで膨れ上がるとは。


 泣きながら離縁を叩きつけ、この身ひとつで酒蔵を飛び出した私は今やウエアル屈指の資産家。かつての夫より何倍も金持ち。運命はどう転ぶかわからない。


 さてと。


 これから佳子さんからの最後の課題の為に商談だ。

 去り際の佳子さんは私に最後の課題を残した。


『親子丼屋』


 この町では食事は外食で済ます者が多い。朝食もだ。

 好景気により主婦も働きに出る事が増えた。すると家に残ってかまどの種火を管理する者が居なくなる。大家族や集団生活なら家に一人残すことは出来る。しかし、独り暮らしや分家ではそうはいかない。

 朝は冷めた作り置きを食うか外食するか。

 早朝から営業する食堂は既にある。労働者にとって無くてはならない存在。

 そこに佳子さんは割り込むぞと私に宣言した。

 とはいえ、既存の店を駆逐するのではなく、既にある店に食材とレシピを売るという方法。

 生産が増えて安定供給できるようになった鶏を使った親子丼。

 ご飯と肉煮込みだけ作って、注文を受けてから卵で仕上げ盛り付けお客に出す。

 これは売れた。

 なんといっても作るのも食べるのも早い。そして温かくて旨い。

 通勤途中の労働者や外回りでサボってる商人。


「椅子なんて要らない」

「椅子は要ります!」


 佳子さんは椅子なくせば店舗に不向きの小さい空き家でも店に出来ると言ったけれど、私は反対した。食事は座ってするものだ。屋台と店舗は違う。

 しかし、今日話をするサカキ屋さんは新規店舗に立ち食い形式を希望した。

 店舗の床面積と客の回転率を考えた結果だ。

 結局は佳子さんの言うとおりになった。


 そして、佳子さんは企画だけをして結果も見ずに旅立った。






 この本社には佳子さんの置き土産がある。

 天井裏の空き部屋にひとりの女性が住んでいる。いや、棲んでいる。

 私が初めて屋台をひいた時に別の屋台でパスタを売っていた女性だ。

 今はこの女性が売っていたパスタも佳子屋の主力商品。この女性の提案で食用油の生産も始めた。原材料はゴマと春の菜種。それも近く商品として出回ることになる。

 この人はたまに窓際に何かの種を置いて小鳥に食わせている。小鳥は警戒して人間には近寄らないものだが、この女性は違う。小鳥を飼い慣らしているかのように掌にも乗せる。


 かつてこの女性を紹介されたときに佳子さんに聞いた。


「この方は何者ですか?」

「桃のこと?食っちゃ寝しても太らないニートだよ」

「違うだろ!」


 佳子さんと桃という女性の共通点。

『ありえ無いものを持ってくる』

『不思議なことをする』

『大物とすぐ仲良くなる』

 この二人は何者だろう?

 神様だろうか。

 でも神様というのはもっと神々しいものだと思うのだけれど、この女性のだらしない姿を見ていると恐らくは違う。


「いいものみつけたぞ。ここに置かせろ」


 桃さんが変な植物の鉢植えを持ってきて社長室の光の強い場所に置く。既にその植物は背丈ほどの高さに育っていた。これから冬だというのに。


「なんですか?」

「棒トマトだ。冬に実るぞ」

「冬に?」

「楽しみにしてろ」


 トマトと言えば丸いものだが、話を信じるなら細長いトマト。しかも冬に?

 そしてそれは桃さんの言うとおりに真冬に実った。

 キュウリのように細長い実を一個食べてみたが、割りと甘い。シーズン中のトマトに比べれば固いし甘さは負けるが真冬には貴重な生野菜だ。


「桃さん、これは!」

「食いきるなよ。増やせ、どんどん増やせ。流石に外だと寒すぎて無理だけど部屋んなかで日当たり少しあれば育つぞ。冬の部屋には丁度いいだろう。観て楽しんで食って楽しむ。実を売るんじゃない、苗を売るんだ」

「確かに!どこでこんな凄いものを?」

「秘密だ。植木鉢いるならユキオからカツアゲしてくるぞ」

「いや、植木鉢はありますから」


 桃さん何者?

 あの無敵の銀の夫婦のユキオさんにカツアゲするだなんて。






「桃さん。3日程帰れませんから」

「クロマツのせいか?」

「ええ。遂にクロマツがウエアルに併合することが正式に決定しました。私はサクラ姫に付き添うので式典の準備で忙しくなります」

「まるで貴族だな」

「商人です」

「これを持っていけ」

「なんです?この実は」

「眠気覚ましだ。どうせ無理をするんだろう。お前は止めたって聞きやしないしな」

「佳子さんだってそうでしたよ」

「あれははしゃいでただけだ」

「なら私もそうです」

「なら尚更持っていけ。言っておくが辛いぞ。多少の栄養もある」

「ありがたく頂きます」



 倒れてしまいそうな毎日なのに充実している。

 仕事が楽しい。

 辛い過去も忘れられる。


 佳子さん。

 貴方のお陰です。

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