さらば平井佳子。
神子と母さんは密に連絡を取り合っている。
母さんは実の息子より神子と話をする機会が多い。少し不満だ。
「何を言ってるのさ。地球に居たときも麻生友子と話をしてなかった癖に。麻生友子も『前だって幸雄は部屋から出てこなかったから、今も大して変わりないわ』と言っているぞ」
神子には全てお見通しか。
「それと麻生友子は孫はまだかと言ってるぞ」
「それは!」
「僕の事は数に入れないでね」
思えばここが異世界で、自分が特別な存在だと知ったときは、すぐ彼女が出来ると思ったんだがなあ。
この世界に来て初めて得た女の子ラララと俺は相当凄いセックスをしたらしいが記憶が一切無い。そもそもその時俺の体を操っていたのは神子だし。
サクラ姫には、かつてこう言われた。
「ラララ姉様のことは諦めなさい。神の性技をこれでもかと言うほど味わったラララ姉様を満足させられるとお思い?惨めになるだけですわよ」
「もっと言い方が!」
「事実です。私は側で見てましたから。それにトムムの魂が戻ったのです。今更手を出すのは野暮というものでしょう」
そのトムムの魂を受け継いだ猫は現在村にいる。
随分大きくなって地を駆け回り木を登り、ラーメン屋のリエに餌をねだり、貰えないと店に忍び込むなどやりたい放題。
まあ、可愛いので甘やかされているのかも。
そのトムムと一緒に貰われて来たもう一匹の猫は大きくなったら居なくなった。
彼は野生に返ってしまったのだ。きっと森の何処かにいる。
勿体無かったな。
手が届かなくなった存在ラララが眩しい。
コユキも無理だ。
あいつは超危ない。
それに本人はもう子供を産む気がない。
世間の人たちは俺達を銀の夫婦と呼ばないで欲しい。
夫婦じゃないんだから。
そしてサクラ姫も子供を産む気がない。
そんな時、日本人の平井佳子がやって来た。
だが彼氏持ち。
しかも地球に帰ってしまう。
彼女出来ないなあ。
そうそう、平井さんはここ数日考え事をしていたようだ。
どうやら神子から力を貰える事になったのだけれども、どういう力にするか考えていたらしい。
「ヒールが欲しい!」
「大丈夫?運命の日にむやみやたらにヒールやり続けて力尽きない?必要なのは安楽死させる能力だよ。要るの?それと自分の健康だけなら桃のつけてくれた加護でなんとかなるよ」
「ぐぬぬ」
「全ての国の言葉を使えるようになりたい!」
「それ、ここに来た初日につけてあるよ」
「しらんかった」
「力!」
「そんなんでいいの?」
なんか神子は平井さんをおちょくって遊んでないか?
確かに何かくれるといっても良いものってないな。
一番有難いのはヒールだけれども、運命の日には使い物にならない。人を助けるどころか蹴落とさねばならない日。
そして暫くうんうんと平井さんは唸って居たが、突然叫んだ。
「穴っ!穴っ!でっかい穴!左手マジック!」
「穴って、おい」
言い方!
「いいだろう。でも通販は使えないよ。それと容量の上限はあるからね。無制限に入る訳じゃないよ」
「えー!でもやったー!」
「他の者には見せてはダメだよ」
「うん」
凄い喜んでいる。
確かにアイテムボックスは色々使える。
そういえば確かめた事無かったけれど容量に限界が有ったのか。まあ、車は楽々入ったよな。
「よおおし!車入れるぞお!」
「ちょ、置いていけ!日本に行けばいっぱい売ってるから!あれは俺が貰ってやるから」
「だってー!」
「それに書類とか失くしただろ!ナンバーつかないぞ」
「あー」
「まずは高認と普通免許!」
「言うなあ!」
わざわざ日本から取り寄せたのになんで持って行こうとするかな。こっちの方が車不足なのに。なのにバイクは持っていくと言わなかった。苦手らしい。
まあ、あれもモトクロッサーだからナンバーは取得出来ないんだけどね。
「それと、母さんに宜しくな」
「わかってるって。ふっふっふ、うまく行けばお年玉貰える相手が増えるな」
「いい歳してひとんちのかーちゃんにたかるな!」
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そして平井さんを地球に送る前日、クラリスがコユキの車に乗せられて村に来た。狭い後部座席には桃神様も。
クラリスと桃神様はこの村は初めて。
正直、コユキとクラリスは一緒に居たら何を話すんだろう?
二人は敵対しているイメージしかないのだけれど。
車から降りてきた二人は敵対してるようにも見えないし、仲良いようにも見えない。桃神様は相変わらずのだらだら。
そしてクラリスを出迎える平井さん。
二人の様子を見るにひたすら平井さんがクラリスに謝って居るようにみえる。
地球に帰ってはダメだと皆んな止める。
特にクラリスの説得は凄まじかったはず。それでも行くのだ。
恐らくは永遠の別れになるから遺恨は残さない方がいい。
そして夜は俺んちに平井さんとクラリスと桃神様も泊まった。
なかなか賑やかな夜。
平井さんは写真を撮りたがったけれど、神子に禁止された。
こちらの世界を写したものは持ち出してはいけないと。
平井さんはそれはもうがっかりしていた。
そんな平井さんをクラリスが慰める。
「佳子さん。これを持って行ってください」
そう言ってクラリスが平井さんに差し出したのは小さな日本風のお守り。
「尊敬する3人の神に教えを乞うて私が初めて作ったお守りです。きっと佳子さんを守ってくれます」
「私のために?」
「他に誰が居るんです」
「ありがとう・・・」
そして平井さんは大声で泣いた。
そんな平井さんをクラリスは優しく抱きしめた。
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翌朝、ひっそりと平井さんは地球に旅立った。
立ち会ったのは俺んちで泊まった者だけ。
暫くして地球の母さんから無事着いたと連絡があった。
立派な桜の木の前に立つクラリスとコユキ。
桜は何本もあるが、この木が一番大きい。
今は花のシーズンではないが、咲けばこの辺一面ピンクに染まる。
「クラリス。これは佳子の桜だ。昔佳子を鍛えた時によく怪我をしてな。ヒールを掛ける度にこの木に抱き着かせたものだ。故郷で運命の日に立ち向かう為に強くなりたいと言ってあいつは頑張った。私も手加減しなかった。そして何度もヒールするもんだからこの桜もこんなにでかくなった。信じられるか?佳子が来た後に植えた苗木だったのに今は一番でかい」
「佳子の桜・・・」
「今度咲いたら見に来い」
「はい、是非」
二人は寂しそうに桜を見上げた。