車を改造する友弥 鶏を欲しがる佳子
「あいつ変わってんな」
あいつとは所内で最近話題の東大生。
この宇宙開発事業団に来る若者は大体ロケットや衛星開発にのめり込む物だが、この若者は太陽ばかり見ている。新たな星の発見にも興味を示さない。
観測ばかりしているから機械には興味がないのかと思いきや、バイクや車の改造にも精を出す。
しかもこの改造が変わり種すぎる。
現代のガソリンエンジンはインジェクションと点火時期コントロールをコンピューターでやっている。直噴なら更に精密だ。
それをキャブと進角無しのマグネット仕様にデチューンしているのだ。馬力は半分に落ちているだろう。
一度現物を見せて貰った事があるが、よくある軽トラがキャブレターとマグネット点火に改造されている。進角は二段階で手動だ。それが製品として量産されて在庫まで作っている。更にはディーゼルエンジンも弄る。
しかも、他の製作メンバーも居るらしく、ノーパンクタイヤを作る者に、オイルダンパーではなくエアダンパーを作る者。
当然こんな改造パーツは売っている訳がない。全て手作り、いや、あれは手作りの域を越えている。工作機械を駆使して量産までしている。そう、彼等はまるまる工場を創立したと言っていい。しかも中の工作機械がまるで昭和、いや、明治大正時代風なものばかり。
これには大金が掛かって居るはずだ。どこからそんな金が?
彼は友弥君と言ったかな。
君は一体何を考えてるのだ?
その問いに彼はこう言った。
「妻のリクエストですから」
彼は独身の筈だが。
ーーーーーーー
佳子屋での醤油試作はクラリスの言うとおりの大成功。早速量産に入って販売をしているのだが、全く生産が需要に追い付いていない!
最初は麺類に使う分があればいいだろと思っていたのに、予期せぬ醤油ブームが始まってしまったのだ。
原因は醤油かけご飯。
この世界には米のご飯はあったのさ。でも、精米の時に量を減らしたくないから完全な白米にはしない。日本で言うところの三分つきから七分つきくらいの精米。そうすっとさ、いまいちの味なんだよね。まあ、それが好きな人もいるけどさ。
そこに現れた醤油。
そして何処かの誰かが醤油かけご飯を試したのさ。
後はお察し。
今現在、醤油は花素麺の会に優先的に販売して、残りは店に出すとあっという間に売り切れる。
そしてツバキさんは醤油新工場設立と従業員の面接で大忙し。その他に製造現場の指導もあるし。
ごめん、頼りっぱなしで。
だって、醤油製法いちばん理解してるのはツバキさんだし、町や村に顔が利くのもツバキさんだし、管理職できるのもツバキさんだし。
まさか醤油かけご飯でこんなことになるとはねえ。
そのうち料理の味付けとして広まると思ったのに、まさかの醤油かけご飯の大ブレイク。
醤油にお酒の数倍の値段つけてるのに飛ぶように売れて佳子屋はもんのすごく儲かってるわ。
これを機に佳子屋の実店舗は閉店した。
だってさ、醤油ってたまにしか入荷しないのね。
それで店に並べると一時間で完売。
あとの時間、店員やることが無いのよ。だから、店閉めて店員は醤油工場に行ってもらう事に。そうしないと本当に工場は人手が足りないのよ。
そして販売はいつものお菓子やさんにしてもらう事にした。と、いうかお菓子やさんは既に佳子屋傘下に。
これはひょっとして、卵かけご飯をこの世界に広めたらまた大儲け?
この世界では卵はレア食材だけど養鶏して量産したら売れそう。鶏肉もね。
鶏飼う?
うむ。
ツバキさんに相談してみよう。鶏飼えるような田舎に伝がないか。
「ツバキさん、新しい事業をしたいんだけど」
「ええ・・・」
あ、ツバキさん露骨に嫌そうな顔をしてる。
今だって寝る間も無いくらい忙しいし、これ以上なんか頼んだら倒れちゃうかも・・・
いや、倒れるというより鬼のような顔してらっしゃる。
「あ、その、し、商売で鶏育てたいんだけど、ツバキさん忙しい・・・よね・・・ダメかな・・・」
「次は何を思い付いたんですか!私を忙しさで殺す気ですか!」
うわあ、機嫌悪い。
なんかお母さんに怒られてるみたい。
「で、鶏ってなんですか。まあ佳子さんが言うことなら聞きましょう。佳子さんが狙って外れた事は無いですからね」
うわあ、すいません。
いつも頼ってばかりで。
だってこの世界に私にコネなんてないんだもん。ツバキさん頼みなんだもん。
「ま、先ずはこれを食べてみてください」
ドキドキしながらツバキさんに卵と湯がいた鶏肉を差し出す。これはユキオさんから今朝出して貰ったもの。本当は鳥の唐揚げ出したかったけれど、大量の油を使う料理はハードルが高いし、湯がいた肉にした。
煮た鶏肉を食べるツバキさん。
「普通の鳥肉より柔らかいですね」
「鶏という飛ばない鳥を運動不足にして肥らせたものです。そしてその鳥の卵は割りと大きくて料理やお菓子、更には調味料など使い道が沢山あります。中でもお気に入りは」
そういって、あらかじめ用意してた炊きたてご飯を元に卵と醤油で卵かけご飯を作ってツバキさんに差し出す。
出された卵かけご飯をゆっくり食べるツバキさん。
そのツバキさんの眉間にシワが寄る。なんか困った顔。
怒ってない?
「生卵が食べれる人には御褒美でしょう。確かに美味しいです。醤油との相性も良いです」
「でしょう!」
「しかし、醤油の生産が追い付きません。こんなもの広めたらまたパニックです」
「えええ・・・」
「そ、それとこれも」
恐る恐るツバキさんに卵と小麦を使って作ったケーキを出す。
粉物だけでなく卵が入っただけでかなり美味しくなってる。
それをツバキさんがゆっくり試験官のように食べる。こええ。
「卵が入ると美味しいですね。良いでしょう、鶏の飼育については考えておきましょう。頼める知り合いも居ないことはありません。材料の買い付けで付き合いのある村に頼んでみましょう。雛鳥のアテはあるのですよね?」
「あ、あります」
またユキオさん頼みたけど。その後は色々卵の有能さを力説した。
ツバキさんはニコリともせずに私の話を聞いている。ひええ、ツバキさんなんか怖い。でも、ツバキさんのオッケー貰ったし良かったわ。
卵あれば、料理、お菓子と色々出来るしね。
仕方ない、卵かけご飯は暫くは封印しよう。
お菓子やさんに新作お菓子の話かけてみるか。
あ、お菓子の材料にするなら牛乳も欲しいけど、牛も飼いたいなんて言ったらツバキさんホントに怒っちゃうかも。またにしよう。
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暫く後。
醤油工場の仕入れ小屋。
ツバキととある従業員の会話。
「ツバキさん。なんでしょう?」
「明日は村の仕入れには誰が行くの?」
「私と赤車屋の三人で合計四人です」
「私も行くわ。仕事の話があるから」
「何の話です?」
「佳子さんが食用の鳥を大量に育てたいと言ってるの。村にはそのお願い」
「獲るのではなくて?」
「そう育てるの」
「獲ったの買う方が楽なのに」
「佳子さんの方針よ」
そう、この世界は狩で暮らす者も割りと居るので、鳥は育てるという習慣がない。
「大丈夫ですか?そんなの請け負って。忙しいのに無駄仕事だったら悲惨ですよ」
「心配しないで。あの人は外すということがまず無いから。くじですら外さない人なんだから」
「またその話ですか?信じられませんよ」
「最初はみんなそう言うのよ」