佳子まんじゅうは過去の物
クラリスは元世界の故郷では冒険者だったらしいけれど、それはジーヘイ(勇者)に頼まれてやっていただけで、元はイイトコのお嬢様。
あれだよあれ、寝室の隣の部屋にはメイドが控えていたり、年に数回舞踏会に出たり、王族にも名前と顔覚えられてるとかいうやつだ。
ここは佳子屋。
私の名前を名にした商店で、歴史はまだ始まったばかり。ギルドが消滅して好景気なウエアルで色んな祭りやイベントが増えてきたので屋台で勝負しようとしている。屋台のメニューは凝ったものではなくてファーストフード的な物。
将来は惣菜、食材、実店舗もやりたい。
経営は実質的にツバキさんがしている。
その調理場でクラリスが皆に見守られながらお菓子の仕上げにかかっている。
お菓子といっても麺。
オーリン産ではなく、自家製の超ふっといきしめんのようなものを何種類も作り、それを巻いたり重ねたりして麺の花を作る。
更には麺にカラフルに色付けしたりギザギザっぽく切ったり編んだりして、味付けで載せるものにも造形を持たせ、食事やお菓子というよりも芸術品。
まさか麺で造形するとはクラリス恐るべし。
多分、元の世界のお嬢様の嗜みだったに違いない。
ツバキさんはただただ驚きながらクラリスの手元を凝視。次々と作られる麺の花に驚くばかり。
クラリスの話では、昔は仲良し同士で集まって麺花をワイワイ作って会食してたという。本来味はもうちょっと苦いらしいけれど、個人の好みで色々だとさ。
それを崩さないように食べていたと。
ああ、それでフォークや箸じゃなくてヘラみたいな食器を使うのか。
ツバキさんも真似をして花に挑戦してみるがいまいち美しくない。材料一緒だから味は同じだけれど見た目が全然クラリスに追い付かない。兎に角クラリスは美的センスが抜群だ。
ただの花もクラリスが仕上げれば桃源郷の仙花のようになる。
皿を一枚与えれば、クラリスは皿の上に麺で絵画を作り上げる。
なにこの才能。
これ商品化できないかツバキさんは画策しているのだけれども、今のところ上手く仕上げられるのがクラリスしか居ないという問題がある。そのクラリスは佳子屋の従業員ではない。
それと、主な販売場の屋台には向かない。どちらかと言えば実店舗向け。
しかも保存がきかないから注文受けてから作るしかない。
なんかダメそうな予感。
折角凄いのにね。
ざぶん。
ぱくり。
「ああっ!佳子さんなんてことを!」
ツバキさんの自信作と言う名の失敗作を次々とめんつゆに溶かして食べる。
花もめんつゆに入れればほどけてしまってただの素麺かうどんだ。
「うん、うまい。どんどん作ってツバキさん」
いまいちの出来とはいえ、ツバキさんの力作を次々とめんつゆに投入する。
だって、食べなきゃ損じゃん。麺なんだし。
どぼん。
「ええっ!それも?もったいない!」
驚くツバキさんを無視してクラリスの作品も次々とめんつゆに投入。
苦しゅうない、どんどん作りたまえ。食べてあげるから。
ほっとくと腐るよ?
ただ、素麺と蕎麦を色付けの為とはいえ一緒にするのはやめてほしい。
ふう。
満腹だ。
「所でツバキさん、醤油どうなりました?」
「今、麹絡めて寝かせてる所です。今回は四種類試してます」
元酒蔵のおかみさんのツバキさんにとって発酵食品は其ほど苦ではなく、用具と製法はなんとかなったので、後は麹の選定にかかっている。
「ちょっと見てみますか?」
「私が見てもよくわかんないけれど見るよ」
ま、ほんとに私なんか醤油作りの知識ないし。
でも一応資本主だし見ておこう。
離れというか小屋に向かう。結構高い建物だな。
中に入ると一階建てだった。高いからてっきり二階まであると思ったのに。ツバキさん曰く、この方が季節に合わせて施設を組み直して温度調整がしやすいんだそうだ。
そして如何にもカビた・・・いや、熟成された大豆が並んでいる。
「へえー、なんかそれっぽい」
動画で観た製作風景に良く似てる。大豆は結構な量だ。これ後であれやこれやして汁を出して醤油にするのだけど、こんなに一杯あっても少ししか出来ないんだろうなあと想像する。知らんけど。
「佳子サン、多分コレガ大当リデス」
おまけの子のようについてきたクラリスが突然発言した。
ツバキさんは四種類の菌を試して居るが、クラリスはそのうちのひとつを指差してこれが当たりと断言する。
「解るの?」
「間違イアリマセン。次ノ麦ト大豆ヲ確保シテオイタホウガイイデス」
なに?
クラリスは醤油に詳しい?
いや、神のテクノロジーを一部受け継いでいるからか!
確か副脳三個目とか言ってたよな。神子のテクノロジーは穀物だけでなく菌類にも明るいのか。
恐らくクラリスの目は確かだ。
ならば。
「ツバキさん。増資するから材料買いましょう。それと問屋に予約注文もしてください」
「いいんですか?」
「私を信じて」
自信の根拠はない。