大将戦
「わあお」
コユキコップ列すげえ。
今日は最終日大将戦。
はっきり言ってテニスの観戦は経験者以外は賑わってない。ルールは面倒だし、観戦中は静かにしなきゃだし、声援もヤジも禁止。
しかし、会場入口辺りは賑わっていた。
朝のゲートオープンに合わせて売店もオープンするのだけれど、結構人がうろうろして開店を待っている。
しかし仮設佳子屋は開店前から長蛇の列。待ち客がうろうろしてるのではなく、はっきりとした列を作っている。
並ぶお客様のお目当ては本日入荷予定のコユキコップ、限定六個。
しかし並ぶ客は明らかに六人どころじゃない。残りの客どーすんの?
ついでにコユキさん本人から許可取ってない。
この世界では版権なんてものはまだないらしい。かなりザックリとしたというかザルな決め方。
ツバキさんは悩んだあげく、列の先頭から六人にだけ売って、後は完成後に饅頭屋さんまで取りに来てくださいと予約券を渡すことになった。
そして、予約券の発行は30枚を越えた。絵師さんのキャパを既に越えているので、今並んだ人のみの販売となり、追加は無し。
でだ。
昨日、なんの見せ場もなく負けた私を描いたコップは三つともまだ売れ残ってる。
さて、最終戦。
コートに二人の選手が現れる。
コユキさんは日本のテニスウェアなんだけれど、かなり過激だ。
上半身はスポーツブラをタンクトップにしたようなエロパッツパツな奴。あ、コユキさんって、ちゃんと剃るのね。
下半身はホットパンツ。
色は上下共に白ベースで胸には『y』らしきロゴ。ああ、あのメーカーね。
一方クラリスはクラリスっぽい衣装。
同じく白ベースだが、フリル付半袖シャツとスカート。更にはインナーウエアは長袖と厚手のストッキングで肌は極力隠されている。なんせ白手袋までしてるし、日焼け止めの帽子も被っている。
流石は元お嬢様。
両極端だわ。
クラリスもわりと美人だと思うけれど、観客(男)はコユキさんに釘付け。
異世界人にアレは刺激強すぎでしょ。
一方クラリスは常識人ともいえる格好なんだけれど、こっちがホントの異世界人なんだよな。
昨日の夜は負けたのに平々している私とは裏腹にクラリスが絶対勝つと息巻いていた。なんか私以上に私の敗けを悔しがっている。
いやいや、親善試合だし、交流戦だし、相手が強かったんだし、冷静になろうよと宥めたけれど絶対頭に血が上ってる。
そもそも私が負けたのはエチゴヤ様でコユキさんじゃないよ。
そんなクラリスとコユキさんが審判のユキオさんに向かう。両者目が怖い。戦闘モードのコユキさんの目が怖いのは当然だが、クラリスまでガン飛ばすような怖さがある。
さてコイントスだ。
ユキオさんが二人の前でコインを弾くと、クラリスが「オモテ」と素早く言い、コユキさんが「裏」という。
ユキオさん、言われた後からコイン飛ばせば良いのにね。
落ちたコインは裏。
コユキさんがサービスを選んだ。
試合開始。
練習は無い。
もう済ませたから。
コユキさんの初球。
ズバンと発射されたサーブはとんでもないスピード。
200キロは楽々越えている。何キロ?ねえ何キロ?
しかし、
「フォルト」
と、ユキオさんの無情な声。
待ってたクラリスは一旦背を伸ばし、再び低く構える。
ズバン!
全く速度の落ちないセカンドサーブが発射された!
豪速なのにスピンの無いコユキさんのサーブはネットもラインもギリギリ。
だが速くてもクラリスには通じない。二歩出てほぼ当てるだけのハーフボレーで更にネットに詰めるクラリス。ボールはクロスで往復した。
待たずにストレート抜きを全力でかけるコユキさん。
本来なら遥かクラリスの横の隅を駆け抜けるボールは決め玉となるが、とんでもない横っ飛びでボールに届くクラリス!
素の状態で100メートル7秒の女の成せる技。
最後にボールはコユキさんの居ない所をコロコロと転がった。
(0-15)
普通ならストレート打った瞬間にコユキさんの勝ち。
それを許さないクラリス。
「野郎・・・」
コユキさんが呟いた。
次のサーブもクラリスは時短ハーフボレーで返してネットに詰める。今度はロブ抜きでクラリスの頭を越えるボール。難なく追い付いて当てて返せば今度はコユキさんがネットに待ち構えていてほぼ真下叩きつけスマッシュ!
ワンバンで超高く跳ねたボールは遥かコート外。どんなに足が速くても触れなければ取れない。
(15-15)
三球目のサービスはセンター。
センターラインで更に低く跳ねたボールをクラリスはコユキさんのバックに打ち返す。それを両手打ちのバックで更にクロスに打つコユキさん。
鋭角なクロスを更に鋭角に打ち返すクラリス。それをコユキさんはストレート抜き・・・出来ない。
審判台と休憩ベンチがある!
仕方なくクロスに返すとクラリスに楽々仕留められた。
(15-30)
その次をコユキさんはダブルフォルトで落として、
(15-40)
最後はベースライン同士でのストローク戦。
叩きつけるコユキさん、当てて返すクラリス。
一見コユキさんが振り回しているように見えるが、異様な光景だ。
クラリスのカバー範囲が異様に広い。いや、コート全てをカバーしている。普通じゃない!
「アウト!」
ユキオさんの声。
あまりにもしつこいクラリスを振りきろうとコユキさんがミスしてアウト。
そして(コユキ 0-1 クラリス)と、まさかのコユキさんのサービスゲームダウン。
見ていた観客は青くなっていた。絶対王者と信じていたコユキさんの苦戦。
この三日間で一番強烈なボールを打つコユキさんがリードをされた。
歴史が浅く強打信仰が強かったオーリン勢は震え上がった。
ウエアル勢もある程度はクラリスが善戦するだろうと思ってたが、まさかコユキさんのサービスゲームを一発目から破るとは思わなかった。
「こりゃあ、もしかして・・・」
私はそう呟いたけれど、そう甘くはなかった。
「ゲーム、ワンオール」
ユキオさんのコール。
そう、クラリスのサービスはアンダーサーブ。
二球目以降絶対に強打が来ないと踏んだコユキさんがレシーブから時間与えず攻めまくり、第二ゲームを奪い返した。さっきの逆の立場だ。
サーバーはコートの外から開始、レシーバーは中からスタート出来る。
この二人の間ではサーバーという立場は有利にならない。むしろ不利。
セットは(6-6)までもつれ込み、勝負のゲームをコユキさんはサーブをとった。
あれは多分強打者の意地だ。
サーブが有利にならないと分かっていてもサーブで勝ちたい。コユキさんはきっとそう思ったに違いない。
しかし、まだクラリスの壁を破壊するには至らずファーストセットはクラリスに渡った。
コユキ門下生とオーリン勢は愕然とした。
この大将戦、まさかコユキさんが負ける?
彼等に不安が押し寄せてるかも。
休憩の後のセカンドセット。
今回のルール上、さっきもコユキさんがサーブをしたが、またコユキさんのサービスゲームで始まる。勝負回のサーブはサービスの順番に足されない。
序盤からさっきの再放送かと思うような熱い攻撃合戦。
しかし、後半クラリスが失速した。
(コユキ 6-4 クラリス)
クラリスの疲れが溜まっている。
強打こそしないが走る距離はクラリスの方が長い。強打も体力を奪うが走りはそれ以上。
「タイム」
クラリスがタイムを要求した。
ユキオさんに何やら告げて鞄を持ってコートを離れるクラリス。
トイレかな?
だけれども違った。
戻ってきたクラリスが別人になっている。
頑なに隠していた腕と生足が丸出しだ!
しかも髪の毛がベッタベタに濡れている。これは頭から水を被ったに違いない。
暑かったのか!
そりゃああんなに着込んでれば!
全く日焼けのないクラリスの白い肌が印象を一気に変える。
ちと、エロい。
今度はユキオさんが難しい顔をして
「タイム!」
と唱えた。
え?
審判がタイムとる?
ユキオさんは審判台から急いで降りてクラリスを引っ張ってコート外の部屋に消えた。
一方コユキさんは呆れて座って悠々ドリンク飲んでる。
あ!
ノーブラか!
ごめんユキオさん。
ご迷惑をお掛けします。
なんか持ってるだろうと思ってたし、私とクラリスじゃサイズが全然違うし。マジすんません。
暫くしてやや前屈みなユキオさんとクラリスが戻ってきた。
見たの?
ねえ、見たの?
見たの?見せられたの?
そして最終セット。
露出が増えたクラリスにも応援がつく。これだから男は・・・
タイムアウトがなんやかんやで長かったせいでクラリスも体力が少し戻ってる。
それ以上にコユキさんの体力が戻ってる。この人は座ってドリンク飲んでただけだ。
クラリスは行ったり来たりあれやこれやしてたし。
これで無限とも思えたクラリスのスタミナのリードは帳消しかも。
やはりさっきまでの熱ダレは不味かった。
このセット少し変化があった。
涼しくなったクラリスの動きが少し良くなった。走ってる最中のスタミナ切れは有るけど動きはちょっといい。
うーん、服装って大事だわと思ってたけれど、今更ながら気がついた。
ブラか!
暑いだけでなく揺れたりスレたりしてたのか!
私すとーんだから気がつかなかったよ!前屈みならまずスレなかったし。(それにしてるし)
そうか、それでずっとクラリスは大人しいお嬢様打ちだったのか!
もっと早く気付いてれば!
そしてコユキさんとクラリスの泥臭い試合は続く。
明らかにクラリスも強打をするようになった!
コユキさんだけがやっていた地面叩きつけスマッシュもする。その度にボールがロストする。
そして迎えた(コユキ 6-5 クラリス)
次のサーブはクラリス。
ここでクラリスがキープしなければコユキさんの勝ちが確定する。もうサーブが有利だとか不利だとかはわからない。両者とも疲れからミスもする、変に足も引っ掛かる。荒れてきたコートはイレギュラーバウンドを誘う。
クラリスからのやや勢いを与えられたアンダーサーブと共にルールギリギリの足の踏み出し。
ケンカのようなコユキさんからのボディーショットを逆に奪い取るクラリス!
(15-0)
しかし、快進撃はここまで。
コユキさんがクラリスをスタミナ戦に引き込んだ。
スタミナで勝ってた筈のクラリスがスタミナで負ける。
「ゲームセット」
ユキオさんのコールと同時に右腕とラケットを高く掲げるコユキさん。これによりコユキさんの勝利とオーリンの勝利が確定した。
半泣きのクラリス。瞳は決壊寸前。
最後の結果報告をするユキオさんと対戦者同士で挨拶をしてよくある言葉を交わし別れる選手。
大勢に囲まれる勝者コユキ。
一方、味方の生暖かい拍手に迎えられるクラリス。
クラリスはロイヤルボックスにいる私の処に来て。
「勝ツッテ言ッタノニゴメンナサイ」
と言って私に抱きついて泣いた。
わんわん泣いた。
「いいの。立派だったわ。泣かないで」
そういっても泣き止んでくれなかった。
今回のクラリスの敗けは私の責任だ。選手管理に気を使わなかったからだ。クラリスは本当によくやった。あと少しであの戦闘狂に勝つかもしれなかった。しかも安ラケットだったし、善戦したと言えるよ。コユキさんなんてプロツアーモデルだぞ。
そして両陣営は別れて慰労会となった。
こういう時って合同で慰労会となるのだろうけど、実際は勝者と敗者の温度差がありすぎて無理だった。
ただ、負けたウエアルの方が結束が強くなった気がするし、チーム内でクラリスの理解者が増えた気がする。
ああ、負けたんだ。