世界の終わりを知る者達
刑務所にいる間に本当の無一文になった山岸。
しかし、5年経った時には以前を越える資産家に返り咲いていた。彼は有能だ。
自身が資金提供している日本の民間ロケット工場。
日本には歴とした宇宙開発組織があるが、この団体はそこには属さない。
山岸自身の我が儘が効かないからである。なにせ、33年後に逮捕歴のある自分を宇宙に打ち上げろという無理難題を通すには自身がスポンサーでなければ。
常識的に70歳越えの人間など、本来ならロケットに乗せて貰えない。
それに、国経営の宇宙開発事業団は極貧でそれが開発の足かせになっている。頼りにならない。
テレビやマスコミには華やかに報道される宇宙開発事業団だが、実際は宇宙への熱意を逆手にとったやり甲斐搾取で、超低賃金で低予算。はっきり言ってアニメーターに劣る労働環境。協力企業所属ならまだいい。だが正規職員は特売のカップ麺で飢えを凌ぐ毎日。
衛星打ち上げがひとつ成功すれば1誉められるが、衛星打ち上げがひとつ失敗すれば10000の罵詈雑言が来る。
打ち上げた探査機が見事打ち上がっても、ミッション完了する前にスタッフは資金枯渇で大部分が解雇されるという悲しい職場だ。
そして解雇されたスタッフの数人を山岸は拾った。
彼等はよく働く。
働き者過ぎて食事を忘れる程だ。
夜中、誰も居ない食堂に座る山岸。向こうの机には冷めきった夕食。夕飯も取らずに仕事に熱中して、まだ食べに来ない職員が居るようだ。
しかし当の山岸もさっきやっと夕食をとったところ。
メールをし続ける山岸。
相手はとあるウクライナに駐在する資産家にして投資家。そして山岸同様に人類の滅亡を知る者である。
話の内容は暗い。
世界の多くの国で、環境団体のゴリ押しで、数年後のレシプロエンジン車の販売規制法案を通したばかり。
二酸化炭素を減らす為なら何をしても許されると信じている人々の暴走は止まらない。
『彼等は次は大型船をターゲットにした』
『つまりは原子力船か』
『そうだ。某国の造船業界が後押ししている』
現代、貿易には陸路海路空路を使っているが、陸路のトラックの動力を電力にしようとしている。既に切り替わりに向け、開発が進んでいる。現物はエコとは程遠い代物だが、エンジンでないというだけで大絶賛されている。
次に環境団体が目をつけたのは大型貨物船だ。
大量のエネルギーを消費する貨物船は簡単には電動には出来ない。バッテリー駆動で何十日も動かすのは無理だ。だが、ひとつだけ例外がある。
原子力船。
小型原子炉発電所を内蔵すれば、すこぶる軽量な燃料で何十年も運航できる。技術は既に60年代には確立している。潜水艦に空母に戦艦。
それをついに民間船、そして世界中の大型貨物船、大型客船に積もうというのだ。別にやる必要はないのに。
工事費や新造の費用、原子炉のリスク、廃棄物。
様々なデメリットが有るが、二酸化炭素削減に目が眩んだ人間の眼には映らない。
人の作ったものは必ず壊れる。何度か原子炉事故は起こるだろう。だが、二酸化炭素削減に目が眩んだ人にとっては放射能漏洩などかすり傷なのだ。
そう、これはもう宗教だ。
『近く、生存確率は3.5パーセントに落ちるだろう。2パーセントも遠くない』
そうメールの文章は締め括られていた。
きっと、人類全滅を望んで居る人物が裏で操っている。
それは想像できる。苦しむより死なせた方が幸せだと思う人物。
それが誰かは既に目星はついている。だが、洗脳された人々は止まらない。操っている人物を失脚させても止まらない。
今まで何もなかった海にも大型乱磁気発生機が泳ぐことになる。
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あちゃあ、またいるよ。
今日はキリさんの護衛だったけれど、例の場所を通るときに、ラクスリさん居るかなと思ったらやっぱりいた。
しかも、じっとこっち見てる。
流石に今日はまんじゅうは持ってない。
いや、可哀想なんだけど、ワタシだって給料無しで働いてるのにラクスリさんを雇える訳がない。しかも言葉を喋れない人は使い道があまりない。かといって私の付き人には出来ない。給料払えないし、町の要人の近くに身元不明の人物は置けない。
流石に無視は出来ないので近寄って、
「今日は食べ物ないの。で、今仕事中なの」
と言ったら、苦笑いをして居なくなった。やはり食い物目当てだったか。
「ご免なさい」
と、向こうから謝られると辛い。
でもまあ何年もこうやって生きているのだから食料は案外なんとかなっているのだろう。
そして次の日は居なかった。
次の次の日も居なかった。
うーん、愛想を尽かされたかな。お休みの日なら一緒に居てもいいんだけどね。けど、ラクスリさんはカレンダーすら持ってなさそうだし、予定つけて会うのは厳しいだろな。
ちょつと寂しい。
暫くしたある日。
「勇者だ!勇者が出たぞー!」
夜中の城に岡っ引きが飛び込んできた!
下町の惣菜屋さんちのミキちゃんが勇者に拐われたと大騒ぎになった。
夜中にミキちゃんちの裏で飼ってる家畜のヤギが騒ぐので、もし狼とかだったら石でも投げて追っ払おうとしたお父さんとミキちゃん。こういうことはそっちゅうある。
しかし、ヤギ小屋に居たのは子ヤギにかぶりついてる勇者だった。勇者だが猛獣である。
服は土とヤギの血で汚れ、ケダモノのような目付きの勇者。父子はびっくりした。それが勇者だとは解っていなかったけれど、変な男が直接子ヤギにかぶりついてるんだもの。
勇者は父親を突き飛ばし、ミキちゃんをむんずと捕まえて、食べかけの子ヤギとミキちゃんを左右に抱えて暗闇に走り去った。
町民の娘には勇者に会ったら、大声出して泣き叫べとお達しが出ている。
過去の事件で、襲われた娘が泣いたら勇者が凹んで去っていったという事例がある。もうひとつの非処女は安全という事例は諸事情で伏せられている。
ミキちゃんは不幸なことに、口じゅう血まみれの勇者を見て、恐怖のあまり硬直してしまった、叫べば良かったのに叫ばなかった。
そして勇者は一人と一匹を抱えて何処かに消えた。
突き飛ばされた父親は痛みを堪えて立ち上がり、家族に番屋に知らせろと言って自身も勇者を追った。だが、もう勇者の背中すら見えない。
そして、ミキちゃんの大捜索が始まった。
奉行所剣士、岡っ引き、鬼斬り、青年会を総動員してミキちゃんの捜索をしている。
こんな時に限ってユキオさんはウエアルのエチゴヤに行ってるし、コユキさんは村だし。
コユキさんにはサクラ姫から連絡して貰ったから今頃車を飛ばしてるに違いない。バイクはライト代わりの懐中電灯が暗いから無理がある。だから乗ってるのは車に違いない。
脳内通信が出来ないユキオさんは朝まで連絡つかないかもしれない。
捜索隊本部へ到着すると、私は鬼斬りの人と岡っ引きと三人組を組まされた。鬼斬りはトランシーバーを持っている。だから持ってない人と組まされる。
青年会の人達は町内を回る。
私達チームはミキちゃんの無事を祈りながら暗闇の藪に向かった。
「怖いな。いざとなったら佳子さん頼むよ」
岡っ引きさんが気弱そうに喋る。世間では私が戦闘の末に魔王を倒したとか、針の穴を通すような攻撃で魔王を討ったと思い込んでる人も居るのよ。否定しても信じてくれない。
成り行きで捜索隊に参加してるけれど、誰も私の貞操を心配してくれない。
私だって勇者が大好きな処女よ?胸すとーんだけど。
チームの鬼斬りの人なんて私の体格見て、
「心配ないな」
と言いやがった!
ミキちゃんちをスタート地点にして捜索している。
先行隊が向かってない方向を選んで歩く。
景色、音、匂いに最大限の注意を払う。
「どうした?」
「うーん、なんかこっちが気になるの」
「どう思う?」
「そっちはまだ誰も入ってないし行ってみるか」
私の単なる勘に二人とも賛同してくれた。過去の栄光恐るべし。
いや、単なる勘だから。
魔王当てた時も勘だったけど、あれは本当は勘ですらなくてノリだったから。
とはいえ、みんな私に従ってくれた。外れたらごめん。
月明かりの中、三人で藪こぎして進むと、誰かが通った痕跡がある。草が痛んでるのだ。
勇者?
それとも別の捜索チーム?
勘に任せて更に進む。
なぜ私が先頭?女だよ?
「ちょ、これ!」
「服!」
「女物?」
ヤバい!
どんぴしゃだ!
三人ちょっと広がって辺りを見回す。
「居たわ!」
木の根元に座り、右手に子ヤギ、左手に上半身裸の少女を抱える変質者。
これが勇者か。
まるで猛獣。しかも少女を襲うからたちが悪い。
もう子ヤギは息絶えていて、内蔵があらかた食べられている。
勇者は三回くらい子ヤギに噛みついて千切って食べると、一、二回ミキちゃんを舐める。それの繰り返し。子ヤギの血がミキちゃんについている。
既に勇者に私達は見つかっているのに、私達の事はまるで邪魔な犬っころのようにしか見ていない。
いっそミキちゃんが大声で泣き叫んでくれれば勇者が怯むかもしれないのに、気絶している。なんてこと。
被害者が泣き叫べば活路は開けるのに!
幸い勇者は丸腰だ!
勇者のゴツい剣も普通の剣もない。私は刀を鞘付きのまんまミキちゃんの反対サイドから勇者に切りかかった!話し合いなんて無駄だ!
抜かなかったのは失敗して刃がミキちゃんに当たることを心配したからだ。だが、勇者は器用に子ヤギの頭を持って刀をガンっと受け止めた!頭蓋骨硬い!そのまま子ヤギを武器にして振り回す勇者。
更に何度も勇者に刀をガンガン叩きつけたら鞘が割れた!
威力としては剥き出しの刃が有利だが人質がいるなら別だ。
外野二人は左右に散開して剣だけ構えてる。ちくしょう、人質さえいなければ!
ミキちゃんを左手に抱え、子ヤギを武器にする勇者を制圧できない!
こうなったら一か八か!
「いやああああ!止めてぇぇぇ!うぁぁぁぁぁぁん!」
ミキちゃんの代わりに嘘泣きしてみた。
岡っ引きさんと鬼斬りの人がどよんとした目をしている。
「くっ、効かなかったか!」