佳子まんじゅう不満あり
今日もウエアル。
サクラ姫の仕事やキリさんの仕事に護衛という立場で付いて回ってるけど、領主業とか公務員って大変だわ。
何が大変って町民からの突き上げが半端ない。
お金が儲からなければ業者は動かないし、公益事業だと報酬は平均化したいけれど、報酬に能力差をつけないと職人は頑張らなくなる。頑張った者が損をするのだ。
ウエアルの主産業を支える穀物農家は未だに縦穴式住居ってほど貧乏。
やはり儲かるのは消費者を相手にする都市部の問屋。
どこの世界も都市部が富んで田舎が貧乏なのは変わらないのね。
これだと若い人は田舎を離れて都市部に移りそうだけど、ギルドが有った時代は、
「都会は怖い所だ」
という噂に村に留まる人が多かった。実際は田舎にもギルドは出張してきたんだけどね。昔あったラララさんの誘拐もそのせいだし。でも、都会は怖いという風評だけで村人の人口は維持できた。今はゴールドラッシュのごとく村人が町に集まっている。しかし成功する者は百人に一人。そして成功しない者が食料の価格据え置きを訴えれば、金持ちもそれに便乗する。農家からの買取価格を安くする為だ。そして村は栄えない。なんとう悪循環。
あれ?
穀物の仕入れが安いなら販売価格も安いんじゃ?
しかし一概に販売価格が下がるかと言えばそうじゃない。
価格に上乗せされるのは原材料よりその後の方が多い。この世界では火を扱うことが大変。点火装置付きのコンロなんて無いし、マッチもライターもない。種火の番人を雇えるのは金持ちだけ。人件費も掛かるし種火の燃料も莫大だ。
つまり、日本のように毎朝自宅でご飯を炊くなんてことは超大変なのだ。パンならもっと大変。
つまり、炊いたご飯やパンや餅や雑穀米が店で売られている。更には早朝深夜まで営業してる食堂もある。
商社はここに投資や運営することにより、大きくマージンを稼いでいるのだ。
田舎から出てきた者が見る夢は、使用人付きの屋敷に住んで自宅で人目を気にせず悠々食事をする事なのだ。
因みに村では村長さんが一人で家に残って火種管理してたという。今はラーメン屋のリエさんが夜中にしている鶏ガラ出汁の煮込み作業が火種がわりになっている日もあるので村長も夜ゆっくり寝れる日が増えた。
話はそれたけど、仕事で大変なのは人を相手にするときというのはよくわかったわ。普通の人や善人も公務員相手だとモンスタークレーマーになる。(全員ではないと信じたい)
それでサクラ姫なんて毎日胃に穴があきそうになってる。
そんな陳情や要求や交渉で死にそうになってるサクラ姫を助ける存在。
それはキリさんだ。
使徒の鋼メンタルは物凄い。絶対に折れないしサクラ姫の壁にもなる。
今までギルド相手で大人しくしてたのに、公務員相手になったら態度がでかくなった業者相手にも折れないし倒れない。キリさんは以前はそんな性格ではなかったが、使徒化でそうなったという。ともかくキリさんには感謝だ。あ、下僕のヤシチさんもね。
そして今日はドヤって来ない商家にやってきた。
それは、お菓子やさん。
なんてったって私の記念商品『佳子まんじゅう』の打ち合わせと試食だ。私が来てるのに文句を言うわけがない。今日はサクラ姫やキリさんは居ない、私一人だ。
「こちらが販売予定のまんじゅうです」
恭しく差し出された木箱は、比重が軽めの材木を薄板にして組み合わせて作った箱。一枚物の蓋には私の絵が印刷、もとい、版画されている。
は?
これ、コユキさんだよね?
ポーズは確かにあの時私が40分以上していた構え。
でもさ、顔がさ、体格がさ、髪の毛の色がさ。
私は黒髪だから白黒の版画なら塗りつぶしだよね?なのに白抜き。
箱絵を見る。
店主を見る。
箱絵を見る。
店主を見る。
ぷいっ。
あ、オヤジ目ぇ反らしやがった!
そして蓋を開くとまんじゅうがぎっしりと。
ひとつつまむと、ベリベリと皮が箱にくっついて残った。ついでに隣のまんじゅうにもくっついてる。
「・・・・」
ああ、日本のお菓子に使っているような敷き紙とかビニールは凄いんだね。
そしてまんじゅうを半分食べてみる。
皮薄いしかたい。
あんまり甘くない。
上品にするために甘味を抑えたというより、砂糖が足りない。砂糖って貴重品なのかな?
甘味の元になる餡は小豆、大豆というより芋がベースみたい。そしてボロボロする。芋でも大豆でもいいけどさ、甘味が足りないよ!
「甘味が足りないわ。砂糖は使ってないの?」
いきなりの辛口指摘。
「砂糖は高級品ですので・・」
つまりは砂糖というものは有る、だけど使ってないだけだ。
それともうひとつ気になること。
「ウエアルのエチゴヤの人が試作をしませんでしたか?」
「ああ、お話は有りましたが辞退されました。今回は地元の方を優先してほしいということで、今回採用したのは北区の菓子屋の作品です」
「辞退?」
「ええ」
おかしい。
あの方はかなりの野心家の筈だ。地元復興のために地元菓子職人に道を譲るのは判る。でもそれならそもそもコンペに名乗りを上げない筈だ。
考えられる事は。
他所の町に渡すのが勿体ないほどの傑作が出来たということだ。きっとオーリンで先行販売するにちがいない。
くっ!
今頃はエチゴヤで試食会やってるかもしれん。私抜きで!
しかし問題はこの菓子だ!それと箱絵!
まるっきりやり直して貰いたいが、私には絵の才能も版画の技術もお菓子作りの才能はない。(ちょっとはできるけど)
しかしだ。
ほおってはおけないのだ!
「やり直しをお願いします!」
「いやしかし」
「まず、この絵は私に見えますか!」
「まあ、絵だし」
「似るまでやり直し!」
「ええっ!」
「それからまんじゅう!」
「まさかそれも?」
「甘くして!」
「ちょ、砂糖がありません」
「あればいいのね?」
「しかし、お金が・・」
「あればいいのね?」
「は、はい」
「取って来る!」
私は大急ぎでお菓子やさんを飛び出して城に向かった。目指すはユキオさんの左手!
が、
「猫見に行きましたよ」
ユキオさんが居ると思った城にはユキオさんは居ない。そして城の職員が現在の居場所を教えてくれた。
また猫見に行ったんかい!
城に停めてた車出して猫様の居る倉庫の宿直室へ走る!
居た!
ユキオさんだ!
ユキオさんは母猫様に刺身盛り合わせ食わせて自分も食ってるし!
私にもそのトロ食わせろと言いたいがそれはさておき、やらねばならんことをしなければ。
「ユキオさん、砂糖出して!車の荷台に目一杯入れて!」
「砂糖?」
「白砂糖!」
「なんで?」
「お菓子に入れるに決まってるじゃん!ついでに旨そうなまんじゅう何個か出して!」
ええい、現代文明の干渉だのオーバーテクノロジーだの知ったことか!
そんな事より私の名前を冠したまんじゅうの仕上がりの方が大事だ!
ケーキやクッキーなら私も作れるけどまんじゅうは専門外。そんな私でも判ることはある。砂糖が圧倒的に足りないよ!
それでもって見本になりそうなまんじゅうをお菓子やさんに食べさせれば、なんとかしてくれる筈。いや、なんとかして!
ユキオさんの恩恵を受けるのがオーリンだけとは不公平だ。ウエアルだって受ける権利はある!・・・・でしょ?
倉庫の従業員さんが居なくなった隙に車の荷台に砂糖大量に出して貰って積む。シートの肩辺りまで積んだら、おおう、車がウイリーしそうだぜ!
助手席にサンプルのふわふわまんじゅうとか、薄皮まんじゅうとか色々積んで、ユキオさんがサービスで出してくれた食塩も積んだら車重っ!
アクセル踏んだら走るのは走るけれど、ハンドル切ったらフラフラと倒れそう。
道は日本と違って凸凹で、倒れそうな車の挙動にビビりながらもお菓子やさんに戻ってきた。
玄関で大声で叫ぶ!
「旦那さん、砂糖持ってきたわよ!」
驚くお菓子やさんの腕をむんずと掴んで車の後ろに連れていき、バックドアを開けたら砂糖の袋がドサドサと雪崩を起こして落ちてきた!
車一杯の砂糖を見せつけてドヤろうとしていた私は崩れそうな砂糖袋の山を必死に身体で押さえ込んだ!
なのにお菓子やさんは砂糖より車に興味津々で私のことはそっちのけ。
「早く助けて!」
そう叫んだらやっと崩れかけてる砂糖袋を押さえてくれた。
ふう。
そのあとなんだかんだで砂糖袋を全部店内に運び込み、おまけの塩も運び込んで、私が持ち込んだまんじゅうの試食会になった。遠い祖国のお土産と言ってある。あながち嘘ではない。
試食会にはお店の関係者に試作品を作ったお菓子やさんと私で計8名。
目の前には様々なまんじゅう。
一同は美しい紙の箱やらビニールやら説明書きの薄い紙に驚いてばかりで、なかなか話が進まない。早く食えよ!
「甘っ!」
「なんだこれ!」
「甘すぎないか?」
こんの、保守野郎!
「不味くは無いわよね?美味しいですよね?」
半ば脅迫だ。
「今、オーリンではどんどん新しい食文化が開発されてます。もっと甘いものも出回るでしょう。複雑な味も出るでしょう。このままでは置いてけぼりになりますよ?エチゴヤの女中頭が辞退したのはこちらに譲るのが勿体無くなる出来の物が出来たからでしょう。このままではウエアルの菓子の評判はがた落ちします」
本当に脅しだ。
だけど、この言葉のあとは意見が変わり始める。
「甘すぎると思うが、これを知ってしまったら普通のまんじゅうは甘味が物足りなくなる」
「いや、うちのかみさんが自分用に作るのはこのくらい甘い。砂糖が高くて滅多に作れないが」
こう言ったのは今回の生産担当の北区のお菓子やさん。名前をシロウという。ひょっとして、お父さんはユウザンかな?
「シロウ君、できるのかね?」
「いつもの商売用なら断りますが、砂糖があるなら出来ます」
シロウさんは部屋に積み上げられた白砂糖を見る。
話ばかりでは物事は進まないので、私は立ち上がって山積みの砂糖袋の中から一番傷んだ袋を掴んで、その痛んでるところに指を突っ込んで穴を開けて、空き箱の蓋にざらざら出した。
「シロウさん、お試しを」
私がつき出した砂糖をつまんで舐めるシロウさん。恐らくはこの世界の砂糖より上質な筈。
舐めた後でまじまじと粉を難しそうな顔で眺める。また舐めたり指でさらさらしてみたり、これだから職人は!
いいから早くやる気出せ!
「それにこのまんじゅうはどれもこれも私達のまんじゅうより柔らかい」
シロウさん、私のと言わずに私達と言いやがったよ。ひでえ。
「どうするんだシロウ君」
「酒まんじゅうにしてみましょう」
「そうだな」
「酒蔵に麹分けて貰いましょう」
ベーキングパウダー無い世界ではそこまで求めてなかったけど、ふっくらさせる方法あるんじゃねーか!試作品のかちかちまんじゅうなんだよ!
してなかっただけじゃん!
こいつらやる気無いだけじゃん!
「旦那さん、シロウさん。ウエアルには天才が居るんです。新しい物に手を出さなければ駆逐されますよ。彼女は製粉からするような大物です」
あの人怖そうなので大物と表現した。化け物ですと言おうとしたのは内緒だ。
「個人で製粉か・・」
私はもう一度砂糖袋を掴んでドンとする。ちょっと粉噴いた。
「少なくとも佳子まんじゅうは甘くしてください。砂糖はここにあります。怖いなら微糖、中甘、大甘で作り分けましょう。月日が経てば人々は甘いものも慣れます!」
よし、佳子まんじゅうは甘くなること決定!あとは知らん!次からは自力で砂糖買えい!
「わ、わかった」
旦那さんがオッケーしてシロウさんを見る。シロウさんも納得したようだ。
だからその真面目オタクみたいな表情やめい!ホントにヤマオ○シロウになるじゃないの!
そして、お菓子やさんで散々ガヤった甲斐あって佳子まんじゅうのやり直しが決まった。
そして先行販売用に作ってしまったまんじゅうは皆で持って帰る事にした。
私は10個入りを10箱。
砂糖くれたからと多めに貰ったけど。
いらねえ・・
帰り道、腹へって困ってる人居たらまんじゅうあげようとキョロキョロしてたら、丁度いいのが居た。
大体の人は珍しい車を見る筈なのに、力なく俯いたままの人。
「今日も飯抜きかあ・・」
「ならこれあげる」
「えっ?」
地面にうずくまる乞食っぽい人に助手席から取り出したまんじゅう三箱あげた。
年頃の娘なのに乞食。
「うえ?」
「いらないの?私もいらないのよ」
「あ、有り難う」
「じゃ」
私は次の腹ペコさんを求めて車を発進させた。
バックミラーに写る乞食の女性はいつまでも私の方を見ていた。
ー ー ー ー
取り残された女性。
本人に乞食の自覚は無いが、暫く服は洗ってないし無職。町で物ごいや運良く山で取った獣の皮を売って小銭を貰う生活をしている。やはり乞食である。
ぽつりと一言。
「言葉が通じる人が居た・・」
本来なら誰にも理解されない筈の独り言に反応する人が居ることにただただ驚いていた。