ウエアル東番屋で強姦魔の調書を探す
今日でウエアル三日目。
昨日は商家巡りで疲れたわ。私は歩いてるだけだから体力的には楽だけど、目の前のヤシチさんがキリさんに変なことしないか見張ってたら気疲れしたわ。何事もなかったけどね。
お陰で朝は眠かった。そんな私に、
「目を醒まさせてあげる」
とサクラ姫が言ってきた。
何をするのかと思ったら、私の右手をサクラ姫の左の手首に当てた。ほっそい手首ね。あれ?細すぎない?
「これ何だと思う?」
「手首でしょ?」
「本当に?」
「へ?」
そう言われれば見た目と感触にズレがある。
手首より細く感じるし、しなっている。あ、脈うった。
硬いけれどこれは骨の感触ではない。手首のようで手首じゃない。
なに?
「これはクロマツの呉服屋のサダオさんのものの感触よ」
びくっとして私は手を引っ込めた!友弥ごめん!友弥ごめん!友弥ごめん!全部サクラ姫が悪いの!
くすくすと笑う不気味なサクラ姫。笑うな!
てなことで、今は朝の出来事を忘れる為に必死に働いてるわ。サクラ姫にコユキさんに連絡してもらって、ウエアルで強い痴漢が出たと話してもらったら、先ずはウエアル東番屋に行って報告と過去調書を調べろと指示された。繁忙の具合によって人員の貸し借りはあるけれど、岡っ引きと鬼斬りは部門が別なんだそうだ。岡っ引きは地元密着型で人間相手で鬼斬りは遊撃隊で鬼相手。
強姦魔がもし勇者だったら戦わず逃げろとも言われた。勇者もヤバイが勇者を庇うクラリスはもっとヤバいと言われた。師範がヤバいと言う相手に私が敵うはずない。とはいえ、単なる変質者の可能性もあるから、先ずは東番屋に行けと言われた。
よっしゃ、遂に一人でおつかいだぜい!初めてのおつかいだぜい!
しかしそこではっとした。
私、この世界の文字読めないわ。聞いて喋れるのになんでテキストは駄目なの?
ウエアル東番屋には迷子にならずにたどり着いたけれど、事情を説明して岡っ引きさんに出して貰った調書はやっぱり読めなかった。とても残念な目を向けてくる岡っ引きさんに、怪しい事件の調書の朗読をお願いした。
折角コユキさんの住み込み弟子だと言って上がった評価がだだ下がりだよ。
字も読めない子はダメっ子と思われるよね。
日本語なら読めるのに!
なんなら英語も読めるよ!
異世界転移人の特殊機能は喋り言葉限定らしい。喋り言葉なら田舎の言葉から貴族、領主の堅苦しい言葉まで全部わかるのにね。
番屋で調書朗読してくれた岡っ引きさんが私にこういった。
「佳子ちゃん、危ないと思ったらすぐ逃げるんだよ。佳子ちゃんは可愛いんだから」
「可愛い?てれるなあ」
岡っ引きさんにナンパされてるの私?と良い気になっていたら、岡っ引きさんは微笑みながら私の頭に手をのせてナデナデした。
こ、子供扱い!
「あの、私もう18歳なんですけど」
「嘘!てっきり13歳位だとばかり!」
なんか若くというか幼く見られてたらしい。
日本人は童顔に見えると言うし、私は背もそんなに高くないし。それに胸がややすとーんとしてるし。
ややね、やや。
需要はあるから!いや、あったから!
そんな時だった。
番屋に別の岡っ引きさんが飛び込んできて怒鳴った!
「大変だ!マミちゃんが襲われた!」
「なんだと!」
「今、マミちゃんちは大変なことになってる」
「ちくしょう!」
「直ぐ行くぞ」
「わ、私も!」
岡っ引きさん二人と私は被害者のマミちゃんちに向かった。
マミちゃんちは運送屋さんが使う台車の車輪を作る家で、母家と別に工場を持っている。
その夜は急ぎの仕事で両親は徹夜で工場で仕事していて、その隙にマミちゃんは襲われたらしい。三階の自室でだ。
性犯罪被害者は黙って泣き寝入りする人が多いけれど、これは無理だよ。部屋が滅茶苦茶になってるし、マミちゃん痛がってるし。初なのに力ずくでゴリゴリされたらたまったもんじゃない!優しくされても痛いんだぞ!あれ?優しかったかな?サカった犬みたいだった記憶もあるが。いやいや、動きはともかく心は優しかったよ、間違いない!
マミちゃんから詳しい話は私が聞くことにした。
岡っ引きさん男だし、あんまり会わせたくない。
マミちゃんはまだ14歳。
身長はまだ140センチ代。細身だが胸は私よりすこーし進んでる。すこーしだよ!でも、顔可愛いわ。あと3年したら美女になると確信が持てる顔。
話では、夜寝てたら突然口を塞がれて襲われたと。暗闇で相手の顔は見えなかったと。
必死に抵抗しようとしたけど力が強くてどうにもならなかった。寝間着をとんでもない力で引き剥がされて、その時に勢い余って裸でゴロゴロと床に転がって、チャンスとばかりに逃げようとしたけれど、ドアを開けるのに手こずったら捕まった。
相手はマミちゃんの脇の下辺りから腕を掴んでベッドに放り投げた。片手でだ。肩は壊れなかったけれど、今も痛いそうだ。多分小柄で痩せてたからそれですんだ。体重あったら肩脱臼だね。部屋中のかさばるものをドア前に押し付け置かれ、いよいよ逃げ場は無くなった。両親は工場で家にはいない。
そしてマミちゃんは夜明け前まで暴漢に弄ばれた。
マミちゃんは最後まで気を失ってはいなかったが、殆んど目を閉じてたらしい。相手を見るのが怖かったと。たまに開けたけど真っ暗だったと。
そして終わってから暴漢がどうやって出ていったかは見ていない。
マミちゃんは居なくなってもずっと布団に顔を押し付けていたから。それは朝まで。
つまりは一度も犯人の顔を見ていない。
でも自演ではないと思う。
それは部屋の惨状とベッドについてしまったマミちゃんの血がそう語っているし、マミちゃん全身打ち傷だらけだし。
そして今は別の部屋で、母親に抱かれてまだ震えるマミちゃん。
可愛そうに。
うーむ。
手掛かりが少なすぎる。
この家は三階建てだけれどもそれほど良い家とは言えない。日本風に言えばペンシルビル。床面積を稼ぐ為に高くしたのだ。
お願いして部屋を見せて貰ったが、犯人の残した証拠はない。それらしい髪の毛もない。犯人の髪は抜けなかったか、あるいはマミちゃんと同じ栗色なんだろう。残留物はたったひとつだけある。見たくないけど。どのみち遺伝子鑑定照会なんてできないし。
どこから犯人が侵入したのかと思ったら、短い廊下兼物置の突き当たりのドアになんかの痕跡があった。発見した岡っ引きさんがまじまじと見ている。
この世界の捜査には指紋鑑定なんてないから平気で触れる。
このドアの向こうは外で、簡単な梯子があるだけで、普段は使わないそうだ。大きな荷物を入れるときだけ開けるという。ドアの鍵は簡単な構造で閂だ。上からかたんと真横にドア幅の閂の棒を置くタイプ。でも閂は壊されてない。でも新しい傷がある。そして朝になったら閂はかかってる状態だった。どういうこと?
「どうやって閂開けたんだ」
「棒を突っ込んだか?」
岡っ引きさんも悩んでいる。
ドアについた傷。
「これって、ドアの隙間を広げた痕跡じゃない?こうやってさ」
私は刀を抜いて外からドアの隙間に差し込んで横にこじってみた。安っぽい木製の柱とドアの骨がしなって開く。
あ、閂に触れるわ。
「おお、嬢ちゃんすげえぞ」
「閂、外れるか試してみろ嬢ちゃん」
嬢ちゃん嬢ちゃんって、私18歳だと言ったのに!
結果、閂触れたし、なんとかはずせた。
「でも、なんでまた閂かけたのかなあ」
「ああ、なんでだろうな」
そう。
不自然だ。
確かに侵入した廊下も平常通りにしておけば、犯行の発見を遅らせるのは解る。家族が偶然やってきてドアが変化してたら不審に思って近付いてくるだろうし。
それって、犯人がかなり気を使って犯行に及んだことになるよね。
コユキさんの話では勇者は馬鹿だというし。
逃走は三階だけど窓から出たと推測してる。マミちゃんの話でも窓から出たっぽい音が聞こえたと。因みに窓には鍵はかかってないし、雨でなければ割りと普段から少し開けている。
この窓はガラスではなくて板。板の上側が建物と繋がっていて、上に持ち上げると光が入る。そしてその窓は簡単な雨避けになる。
窓枠を見るけれど、足跡は確認できない。犯人の足にそもそも汚れがなければ痕跡は残らない。
この窓から逃げたとして、飛び降りたのかな?
痛そうだぞ。でも勇者なら可能か。
今の鍛え上げた私なら飛び降りれるが、昔の私だったら無理だよ。家の外は泥棒避けのために突起物は付けてない。でもまあ人間でも計画的な犯行ならなんとかするんだろうけど。そして、外には明確に飛び降りた足跡はないし、残念ながら目撃者もいない。まだ夜明け前だったらしいし。
まさかねえ。
私はベッドの飾り布を刀でそーっとめくった。
ベッドの下には誰も居ない。
ほっとした。
もしかしたら犯人がまだいるのかもと疑ったのだ。
それはなんでかというと、いくら下が土で柔らかいとはいえ十分固いし、足跡ないし、飛び降りるの怖いと思ったのと・・・・
あまりにもマミちゃんが可愛かったからだ。
犯人はまたマミちゃん求めて来るかもしれない。いや、まだ居るかも。
ベッドの下は居なかった。
残りは家具と物置と・・・・天井裏。
一階と二階の間、二階と三階の間には天井の隙間はない。それは階段を登るときに見て思ったし、二階でマミちゃんと話をしているときに三階の岡っ引きさんの足音の聞こえ具合でそう思った。
だがこの三階の上には天井裏が存在する。天井と屋根との隙間は恐らくは物置になっているはず。
童話ならシンデレラとネズミが住んでいそうだ。
だが、このマミちゃんの部屋から天井には入れない。廊下からは登れる入り口がある。
もし天井裏に犯人が居るならば、犯行後、窓から地面に飛び降り、また外から三階まで梯子登って閂開けて廊下から天井裏に侵入?
絶対めんどくさい!
だけどね、マミちゃんが可愛すぎるのだ。男だったら未練持つ筈!
私はついてきた岡っ引きさんとマミちゃんのお父さんに、指でお口にチャックの合図をした。黙る一同。
あれ?
この世界にチャックは無いぞ?
通じたから良いか。
腰の刀の鞘の留め紐をほどき、抜いた刀を天井に向ける。
それをとある一点に向ける。これは勘だ。
とう!
声を出さずに勢いよく刀を天井にぶっ指す!
ミリっと天井の板が木目に添って割れて、剱先がその先の何かに刺さった!
あ、物置だったら荷物刺しちゃったかも!
今更ながら正気になった私は慌てた!よそんちの大事なもの壊しちゃったかも!
いやね、これ一度やってみたかったんだよ!
かっこよく天井睨んでさ、ブスッと刺すやつ!
当たりだったらしてやったりなドヤ顔してさ、空振りだったら『ち、逃がしたか』とかいうやつ!
刀を何かに刺したはいいけど悲鳴とかは聞こえないし、人を刺したことなんか無いから手応えもよく判断出来ない。やっちまったあと、中二病を後悔してると、岡っ引きさんが声を上げた。
「血だ!」
割れた天井板の間から血が垂れてきた!
「げ!」
いやああああ!
なんか刺した!
なんか刺した!
なんか刺した!
好い人刺しちゃってたらどうしよう!
今更ながら岡っ引きさんが慌て出した私の代わりに父親に確認する。
「居候とかいませんよね?」
「居ません」
「犬とか飼ってませんよね?」
「居ません」
「奥さん上がってないですよね?」
「下にいます」
岡っ引きさんが廊下に出て、天井裏への入り口を押し上げて恐る恐る覗く。
その頃私は刀を引き抜いた。そしたら凄い勢いで血が降ってきた。絶対ヤバいやつ!
岡っ引きさんが顔を引っ込めると、別の岡っ引きさんが代わりに覗く。
最初に覗いた岡っ引きさんが私の所にやってきて一言。
「死んでます。恐らくは即死です」
「ええっ!」
「恐らくは寝ていた所を心臓をひとつきだったんでしょう。嬢ちゃ・・佳子さん凄いです。死んだのは恐らくは強姦魔でしょう。強姦魔でなくても強盗かなにかです」
「わ、わ、わ、私、逮捕さらない?いや、されない?」
「大丈夫ですよ。間違ってても、不法侵入犯だし、コユキさんのコネでなんとかなりますよ」
うわあ、コユキさんのコネ、権力恐るべし!
取りあえず誰だか分からないけど、成仏して!化けて出ないでと私は両手を合わせて祈った。
まさかこんなところで人生初の殺しをしようとは。ちょっとかっこつけただけなのに!
て、天井裏に居るのが悪いんだから!
そして私は棒と紐で作った十字架握りしめてナンマイタブ、ナンマイタブと何度もも呟いた。
ーーーーーーーー
そして2日後、私が殺しちゃったのは連続強姦魔だと確認された。マミちゃんは怖くて確認のために見てくれなかったが、他の被害者が証言してくれた。
ところがその犯人の顔確認は変な方向に話が向かった。番屋で死体公開されたんだけれど、被害者が多すぎる。
しかもだ、しかもだよ、20年以上前の事件の被害者もこの人が犯人だと言うのよ。おかしくない?
「なんか見たことあるかも」
ユキオさんまでこんなこと言い出したよ!
「どこでだっけなあ」
思い出せないみたい。
ユキオさん、思い出さないで下さい!怖いです!なにか真実が出る度に怖い思いするのは嫌です!
そして、ぐったりしながら城に戻るとサクラ姫が待っていた。どうやら時間が合わなくて会わなかったけれどサクラ姫も噂の連続強姦魔を見に行ったらしい。
「佳子さん。よくやりました。神子に私越しで確認してもらいましたが、あの犯人は魔王です。名前はリョウタ。100年前にこの世界にやって来た別の異世界人です。不思議な事に何らかの効果か能力で歳をとりません。リョウタはボーケンシャギルドの創始者ですよ。しかも婦女暴行歴は90年を越えてます。してなかった時期もあるようですが」
「90年間婦女暴行!?」
「しかも、犯行範囲はウエアルだけでなくタクトウもです。他も行ってるかも。佳子さんは町の恩人です。感謝の意を表し、佳子さんの銅像・・は高いので木彫りの像を作ることにしましょう」
「まじでぇ」
「はい。ひいばあちゃんの時代からの女の敵を倒したのです。そのくらいは当然です」
「はははは・・」
どっと疲れが出たわ。
こっちは犯罪者とはいえ、人殺しちゃったとびびってたのに感謝されるとは。
人生どう転ぶか分からない。
「怪力強姦魔って、勇者じゃなかったの?」
と、サクラ姫に聞いたら、
「それとこれとは別」
だそうだ。
拝啓友弥様。
先日私は魔王を倒しました。
魔が差したんです、ご免なさい。
リョウタはそういう奴でした。