王国の支配者
9章「頼まれた」
今日は冠と二人きりだった。時期は五月も中盤に入り生徒会選挙も終わってオレは五月病真っ最中と言った感じだ。
もともと来栖はあんまり部室に居ないがリーダーは錬金術の素材を買出しに行った。なんでも来栖と作りたいものがあるらしい。にしても冠は何でいつもチア服なんだ?と、そこへバスケ部部長、取手弾が入ってくる。
「ノックくらいしたらどうなの?」
と冠にしては機嫌が悪い。いつもバスケットユニフォームに足のスプリング模様の靴下。なんでもあそこに魔力が流れると跳躍力が上がるらしい。
オレとしてはどうせやることなかったし気まずかったんで来客は大歓迎なんですけど。
「すまない。冠に今日の試合を応援してほしくてな。チア部は来てくれているんだがお前さんが居ないとどうもな。」
「えー。アタシ今日オフなんだけど」
オフなのにチア服なの!?その時、チラッと冠と視線が合う。どうやら助け船を出してほしいらしい。と、言われてもいや、言われてないが、まるで役に立てそうにない。
「あー、何だ?部室ならオレが見てるから行って来たらどうだ?」
どこからかカチンと音が聞こえた気がした。
「ようしわかった。コイツも一緒に連れて行くなら行くわ」
「何で?!部室はどうすんの?」
「んなもん連絡先でも書いて置いておけばいいじゃない!」
一理ある。というわけで『第一体育館に居ます。御用の方は後日お願いします。冠、柊』と書いた紙を戸に張り付けておく。
バスケ部の試合会場へとさっさと向かう。いざ着いてみると佳境も佳境、残り1分で同点という所だった。
「いや、部長のアンタが出てれば勝てたんじゃないの?」
「よく見てくれ。今回うちの主力は控えている。後輩に頑張って欲しくてな。ただし、それでも負けて欲しいわけじゃないんだ」
「め、めんどくせぇ」
「まぁいいわ。本当に勝てなくなりそうね。急いで合流してくる。」
これやっぱオレいらなくない?そうまごまごしている間にスリーポイントシュートを決めて試合は終わった。いや、本当何でオレ呼ばれたの?
冠はチア部の新谷と谷口と話している。この二人にはたまに冠を魔術研究部まで迎えに来るので覚えた。そしてこの二人には覚え方がある。
大きいのに胸が小さいほうが新谷で小さいのに胸が大きいのが谷口だ。なんていうか間に冠を置くことでちょうど中間という感じがする。まぁ冠はツンデレが強すぎてその性格が個性みたいになってるが。とそこで
「ちょっといいか?」
と取手が深刻そうにオレに話しかける。そういや、主力出してないなら別に部長が来ることもないよな?目線だけで続きを促す。
「剣道部を助けてやってくれ。あそこはもう解体しちまった方がいい。部長が一度負けた方がいいと思うんだ。訳がわからんだろうが頼む」
「頼まれた」
と即答する。反応の速さが意外だったんだろう。少し苦笑しながら取手はバスケ部員の方へ帰っていく。すれ違いで冠がちょこちょこと帰ってくる。すると冠が何か言いかけたところで後ろから声をかけられる。
「すまん、陸上部なんだが助けて欲しい」
「わかった」
陸上部部長の高跳だった。スポーツ刈りの着てるんだか着てないんだがよくわかんないくらい薄着のシャツと短いハーフパンツの好青年だ。
幸い、陸上部はすぐそこの第三校庭で試合をしているのは知っている。
「ホラ、行くんでしょ。着いて行くわよ。バスケ部まで着いてきてもらったんだし」
「さっき何か言おうとしてなかったか?」
「まぁいいわよ。後で言うわ」
すぐに室内靴と室外靴を履きかえ体育館からグラウンドの方へと出る。すると高跳から
「すまん、何も聞かずにこのユニフォームに着替えて短距離リレーに出てくれないか?」
「頼まれた」
ちょうど第一体育館が影になってくれているので近くで着替え始める。
「ちょ、バカ!アタシが離れるまで待てないの!?」
「気にしないだろお前は」
「そういう問題じゃないでしょ!後で一発殴るからね!」
プリプリ起こりながら背を向ける。そしてハッとしたように振り返り
「柊、アタシの魔法……」
ちょうどズボンを変えているところだった。もう反動で首が変な音を出す速度で背を向けなおす冠だが、それ首痛くない?
「の原理知らないでしょうから説明しておくわよ。手のひらに魔力で書いた印があるの。それをアンタの手のひらにコピーする」
分かりやすいように背を向けながらフリフリと手を出してくるので雑に握り返しておく。
「そう、それで……」
まだ着替え終わってないんだが。というかその説明終わってからでよくない?
「早く着替えなさいよもう!」
慌てて目をそらす冠。コイツ面白いな。
「たぶんあんまり意味ないぞ?」
「いいの、負けるにしても全力で。それが私のモットーなの」
ようやく着替え終わったので高跳から走る位置を聞く。どうやら三走目らしい。四人で100mずつ走る競技だ。三走目か、運命かね。
計4レーンで走るので16人で走る競技となる。本当に始まる直前だったらしく、レーンに入るとすぐに第一走者が走り始める。こちとら準備運動もまだだぞ。
しかし、この緊張感はやけに懐かしい。一気に脳のスイッチが切り替わる。アドレナリンが吹き出し、雑音が消える。自分の脈拍がハッキリと聞こえる。
第二走者へとバトンが渡る。早い。部長の高跳はアンカーだが十分他の走者も早い。部員ではないオレのためにバトンパスをギリギリまで延ばしてくれている。バトンを渡される。
思考が加速する。トップギアまで足が回る。悪くない。最高速のままカーブを突き抜ける。いい靴なんだろう。地面をグリップする感覚が心地いい。
そしてやはり抜かれてしまう。正式な部員でもないのに勝てるわけがない。しかし足の筋肉が弾む。トップギアより加速する。その一瞬冠の顔が視界に入る。
何でそんなに全力なんだよ……負けらんねぇだろうが。爪先が地面を掻くように走る。さっきよりリスクの大きいフォームだ。しかし筋力のバネが強力な摩擦を返してくる。心臓が爆発するような血液を送る。追いすがる。丁度バトンパスだ。これでいいだろ、と頭で誰かが言う。
アンダーハンドパス!?正規部員にやれよ!そういうのは!!通常のオーバーハンドパスと違い、熟練していないとデメリットが大きいバトンパスだ。
上等!かなり高跳に近づく。これで負けたら承知しねぇ!最小限の減速でバトンを繋げる。しかし、あっという間にオレが抜かされた二人を抜き去り悠々とトップに出てゴールしてしまう。マジかよ……。
陸上部の部員にタオルをかけられ呼吸を整えていると
「すまん、替え玉なんだ」
と言われる。これから表彰式なので手短に理由を聞くと本来の第三走者が直前で足首を痛めてしまったらしい。無理をすれば出れないことはないが、選手生命に関わるという。
補欠を立てるにも他の競技にも出場しているためスタミナを消費できない。まぁ他の競技にも出場してさわやかに決めるのが部長の高跳だが、今回はアンカーだ。
出られるわけがない。表彰式で替え玉だとばれない様にうまく誘導されそっと着替えて影から入るように校舎に戻る。少し行ったところで冠が待っていた。信じられないくらいに怒っているのが顔の赤さでわかった。
「お前が怒ってもどうにもならんだろうよ」
「痛かった。手」
ぽすんと胸を殴られる。大方、黙っていた高跳を殴ったのだろう。あいつはアンカーだったからタオルを渡しに行くふりをすれば簡単に近づける。そこで何か言い合ったのだろうか。
「じゃあ何か食って帰るか」
「クレープ。おごってあげる。それくらいいいでしょ。あっても」
なんとか折り合いをつけたらしい。少し落ち着いたようだ。涙目になっているが。
「そりゃあいい。最高の銅メダルだな」