何気ない平和な日
7章「いつか」
翌日、元気だったので登校するしかなかった。というか体調偽ってもすぐバレるしな。でもオレ行って何するんだろうな?
そうこう考えているうちに放課後。授業中ぐっすり眠っていたのでいつにもまして元気だった。つまらん授業は寝るに限る。
どうやらみんな歌唱のライブに行くらしい。テニスコート側に行くのはオレだけだった。何で?あ、オレが遅いだけね。隊長起こしてくれてもよくない?そしてテニスコートに着くなり我らが隊長が言う。
「遅いわよ。ほらアンタが最後よ」
「自己紹介だ。オレは変球キメル」
「ボクは打球オトス。普段は二人でダブルスを組んでいるんだ」
変な名前だ、と思ったが実際この辺の人間がどんな名前かなんて変かどうかもわからんのか。というかその情報いるか?ダブルスだと知っても詳しいルール知らんぞ。
「その情報いる?」
言うのか……。仮にもテニス部は巻き込まれた側だぞ。ていうかよく見たらこの二人知ってるぞ。お前が荒らしてた時に会ったぞ。覚えてないな?
「いや、実力が拮抗していれば応援でどっちが勝ったかわかりやすいだろ?」
「何?部長は勝負しないのね?」
「まぁな。けっこういい試合になると思って他の部員も見学に集めておいた。んだが……」
指差された観客席を見てみるとブーブー。とブーイングの嵐だ。よほど歌唱のライブは人気があるらしい。それでも30人近くの部員が居るのは部長の人徳の賜物だろう。
「とまぁ、こんな感じでな。ワンゲームだけだがそれでいいか?」
「オッケー!さっさと勝っちゃうから!どっちにつくの?」
「んじゃオトス君で。サーブ権はどうする?」
「アンタの方にあげる。私はキメル君ね。応援したことあるし、もらったわね」
んじゃオレは他の部員の方に行ってるか。部長は審判になるのか。
「よし、キメルくん頑張ってね」
「うーっし、百人力だな!最近調子悪いんだが大丈夫か?」
「大丈夫。騙されたと思って私に任せて」
四谷はもう魔力を流してるらしい。なんというかわかりやすいのだ。しかし原理がわからない。加速や強化をしているようには見えない。昨日見た限りでも、まるで魔力の作用がわからなかった。
「0-15!」
「げっ、サービスエース」
「ま、いいわ。始めるわよ」
始める?何を?てゆうか何でこっち居んの?
「いいから。アンタ、応援して」
「はぁ?」
聞けば、そういう作戦らしい。どういう作戦?とりあえずオレが応援している間に、隊長がいろいろと動いてくれるらしい。いや、どういう作戦?
「がんばれがんばれオトス!こうなりゃヤケだ!オトス!」
「待って!頑張るから待って!」
次はきちんとサーブを返す。でも返せただけでいっぱいいっぱいな感じだ。返す刀で逆サイドに決められてしまう。
「0-30!」
「はっや!えー……勝てんのコレ」
「ちょっと!真面目にやんなさいよ!柊!」
「オレかよ!オレなのか!?」
「オッケー!守備は上々よ!このまま押し切っちゃってー!」
次のサーブが来る。
「フォルト!」
が、ネットに当たりサーブミスとなる。
「ダブルフォルト!15-30!」
「ん!?ちょっと!真面目にやんなさいよ!キメル君!」
「すまん!打球がブレた!」
サーブ権が回ってくる。ものすごくラッキーだ。サーブミスだけで点が入るというのも不思議なものだ。野球で言えば4回ボールでやっと1塁なのに。
「30-30!」
「サービスエース!」
「な、なんでぇ!?」
「40-30!」
2回連続でサービスエースを果たし、次のサーブは意地で返してくる。しかし……
「アウト!ゲームウォンバイ、打球オトス!」
「そんなぁ……」
「早すぎたわね少し露骨だったかしら」
「サーブで試合が8割がた決まってたからなぁ……。いや、本来テニスってどんなもんなのか知らんが」
「何したのよぉ、日和ぃ」
「教える義理は無いわね。ほら歌唱君のライブ行ってきなさい。そのために早くしたんだから」
と、ちらりと目くばせするように千球の方を見る。
「ん、あぁ。オレが片付けとくから行って来い」
やったー行こ行こー!と他の部員たちが流れていく。とゆうかさすがにこれじゃあ参考になる試合とは言えないなぁ。これだけなら集めた部員が可哀そうだ。
「ほら四谷。アンタも行ってきなさい」
と関係者席チケットをヒラヒラさせる。それ高レートで取引されてるのクラスで見たことあるぞ。
「あ、アンタそれどこで……」
「歌唱君からもらったのよ。昨日ね。私はいらないし、あげるわ」
「ふん!だ。この借りは必ず返すからね!」
いや、それだと流れ的に恩返しになってねぇ?そんなこんなで千球とオトスと、キメルがネットやらボールやらを片付ける。何せワンゲームだ。
10分とかからないだろう。と、オトス君がなにやらこちらに駆け寄ってくる。
「聞かせてくれ、何をしたんだ?」
「実力で勝ったとは思わないの?」
「あんなワンサイドゲームが実力だって?」
「そうね。わかるわよね……」
そう、2ポイント取られた後、サーブフォルトからのサービスエース。ラリーと呼べそうなものは一度もなかった。ゲームとしては20分にも満たない。
「まぁ説明しちゃうか。巻き込んだわけだしね。最初に歌唱君のチケットは5枚あったのよ」
「それが?」
意味が分からないと首を傾げる。てゆうかそんなにあったの。聞いてないんだけど。とゆうかチケット無いっていってなかった?
「配ったのよ4枚。まぁ正確には賭けてもらったの。『キメル君とオトス君どっちが勝つと思う?』ってな感じでね。
部員には負ける方に賭けてもらったの。私がオトス君に賭けてテニス部員がキメル君。私が勝ったらこの4枚をあげるってね。あ、ちなみに私の魔法は運がいいことだとでも思っておいて」
つまり、簡単に言うとこうだ。こいつは絶対に賭け事で勝てる。それを前提にして、勝負内容を逆算させたのだ。
「君はこのテニス勝負自体どっちが勝っても良かった。しかし、運がいいだけでは勝てない。無論、君が勝負をするわけではないからだ。つまり、自分が勝てる土俵に相手を用意しなければならない。そこで『賭け』という形で他の部員を使ったわけだ」
「そう。あ、正解!」
なぜそこで探偵部のマネをしたんだ。
「まぁ悪かったわね。こんな下らないことに巻き込んで」
「あぁ。次は実力で勝つ」
「がんばって。今からでも最後の曲くらいは聞けそうね」
「そろそろ行くか。片付けもこんなもんでいいだろ」
「せっかくだし聞きに行くか。いや、チケット無いんだが。オレほんとに必要だった?」
気合いを入れるようにパンパンとケツを叩く。というか我らが隊長も女の子なんだからスカートの汚れくらい落としなさい。丁度いい位置に突き出していたので思いっきり叩いてやる。
「何すんのよ!!」
思いっきりケツを蹴られた。痛い。
「仲がいいんだな」
「どこがよ!」
しばらく無言で歩く。そして雑音と共に歌唱のライブが聞こえ始める。ライブ会場である第二体育館に向かいながらこの学校こんなに人が居たんだなぁと出入り口付近を眺める。
この歌唱の音量なら、他人は歌に夢中で聞いてないだろう。そんな声量でぼそりと聞こえる。
「私、まだ汚れてるかしら」
「それを決めるのはお前じゃないさ」
「誰も気にしないと思われていても、私がこの力を否応なく利用してしまう。それしか勝ち方がわからないから。それじゃよくないとわかっちゃあいるんだけどね」
「いつか」
歌唱はいい歌を歌うな。けれどあいつがオレの方へと耳を傾けるのを気配で感じる。
「いつか思い通りに、自由に戦って、勝てたら」
「それはステキにとろけそうね」