幸運に恵まれた少女
3章「次は、勝つわよッ!!」
「なぁ?」
ぐでーっと突っ伏している暫定司令官に声をかける
「あによ……」
ダメだった。呂律も回らないほどだれていた。なんか溶けていた
「今後の予定とか決まってんのかよ」
「決まってたら動いてるわよ。頭が回んないから今日は休みね。疲れたし」
こうなったのは理由がある。その話をするなら本日より三日前から話さねばなるまい。
転送ゲートが集まったここは集合転送街ユリエラと呼ばれる街だ。天蓋に守られた領土としてまるまる魔術都市となっている『グランマジカル』その動脈となっており他の地域に比べれば比較的大人が多い。
グランマジカル自体が「子供の内から魔術を学び、自衛の術を手に入れよう」という原理に基づいて作られた都市である。そのため都市そのものが小さいがその全てを学園として扱うことで莫大な資産を得ている。
「そうね、最初に仲間が一人欲しいわ」
なんか突拍子もないことを言い出した。まずは衣食住を安定させることが最初じゃないのか。どうしよう無視したい。いっそ聞かなかったことにしよう。
「ほんとに他の地域と繋がってるんだな」
「簡単には行けないわよ。なんせ元の地域に戻るのすら『知識関税』とやらでめちゃくちゃ金取られるんだから。あとそんな目移りしてると田舎くさいから離れて歩いてくれる?」
「で?ここの神様は校長なんだろ?」
「予想では。まず会えないでしょうね。とりあえず学園に行ってみましょうか。というより天使が結界を守ってるのよね、神ですらない可能性もあるわ」
げんなりした。ここを攻略するにあたって骨折り損のくたびれ儲けの可能性が出てきた。でもまぁ一般的に言えば神が居る確率の方が低いのだ。とりあえずは未来の苦労より目先の苦労だ。未来の苦労など忘れてしまうに限る。
「なぁ学園までのゲートはないのか?」
「あるでしょ。緊急用が。ただ一般開放は無いでしょうね。さ、二本の足で歩きましょ」
地面を見ればなんだか不思議な矢印で学園までの道が印されている。誰かが魔法で、誘導されている、誘導している?ようだった。
どうやら迷うことは無さそうだ。それはそれとしてやけに視線を感じる。街中を行く婦女子から、憲兵のような鎧騎士から、明らかに小学生くらいの子供たちから
「なんか見られてないか?そんなに怪しいかね?」
「……というより何か足りないようね。それを教えようとしてるみたい。でも怖くて近づけない、って感じかしら?」
確かに親切心の中に不安と恐怖が見え隠れする。なんだろう魔術の素養が足りないとか言われたら立ち直れない自信がある。
「ま、行ってみればわかるわよ」
「杖とか帽子とかそんな魔術師っぽいアイテムだったらいいな」
ほどなくして門みたいななんというか安っぽい柵と掘立小屋が見えてきた
「なぁアレほんとに大丈夫なのか?道間違ってたんじゃねぇか?」
「魔術障壁じゃない?警戒出来るかどうかもその土地に入る資格として扱われているのよ。アンタもしかしたら入れなかったかもしれないわよ」
とゆうかアレも見た目正しいんじゃなくて視界そのものに魔術かけられてたら終わりじゃない?と続ける暫定提督どの、その割にはアンタずいぶん余裕そうだよな。オレは不安でならねぇ
「あぁ止まれ止まれ。ここより先は学生証がなきゃ入れん」
言い出したのは掘立小屋から覗く案山子のような見た目の、というより案山子そのものの顔部分がザックリと切れてパクパクと口が動く子供だましのおもちゃだった
「あら、それだと来客手続きやらはどうするの?」
「ん?それは別口の門だが確認できるならここから通してもいいぞ」
と言うが早いが確認の連絡を入れようとする案山子に我らが隊長になんの考えがあるのかじゃんじゃか会話に切り込んでいく
「じゃあ校長に『渡り人の幸華が来た』って言ってもらえる?」
「渡り人?おいおいソイツを早く言ってくれよ。ここらの常識を知らねぇのも道理だぜ。連絡してやるから話は向こうでつけな。どうせそっちの兄ちゃんもなんだろ?」
と、あっさり門を開けて通してくれる。本当にコイツ門番でいいのか?
「あら?ここの門番はずいぶん有能だって言伝しておくわ」
「照れるぜ嬢ちゃん、んじゃ一つ教えてやるぜ。ローブがねぇと裸同然で歩いてるようなもんだぜ?けどよ、そのまま堂々と歩いてると意外と様になるね」
さらっと聞き流して堂々と肩で風を切るように歩いていく。なんというかコイツはどこまでも計算ずくなんじゃなく、結果が全て味方してくれるのがすごい所だ。
「おい、とりあえずローブを探さねぇか?なんというか裸だと意識するとむずがゆくてしかたねぇ」
「あら、いいじゃない。堂々と裸で歩いてるなんて少しわくわくするわ。それに武器を持たないというのは戦力ゼロの防衛っていう立派な戦術よ」
なんかこう変な性癖に目覚め始めていた。コイツについて行っていいのだろうか
「それに当面の目標は校長に会うことよ。当てはあるんだけどね」
「あっ、そういや道聞いてねぇ」
と、言うが早いが地面にすっとまた矢印が出てくる。次はどこに続いているのか
「たぶんそれ思考を読んで行きたいところまで連れて行ってくれるものよ」
すったすった歩いて行ってしまうこんな歩くの早かったっけかコイツ。そこまで歩かないうちにちょっとした畑、おばあちゃんが家庭菜園しています的な場所に出てしまう。
校舎は見えているが明らかに入口はこちらにない。しかしここまで来たらスルリと出てきたときと同じように地面に消えてしまう。
「というかさっきの門明らかに正門じゃなかったんじゃねぇのか?裏門だっていうなら畑の方に出るってのも納得なんだが」
「そこに人が居るわ。アンタちょっと校長室どこか聞いてきなさいよ」
なんでオレが、と思っても口には出さない。なぜなら理由なんてないのだ。何を言っても行くことに変わりない。なら余計な手間はかけない。
それがオレらしさだ。やらなければいけないことは素早く。やらなくていいことはやらない。余計なことは時と場合により。この三つがオレの素晴らしき人生論なのだ。ま、死んでるんだが
「すんません今日用事があって来客してるんですけど、校長室ってどこですかね?なにぶん初めて魔術ってもんを見たんで」
気のよさそうなお姉さんがほっかむりを付けながら家庭菜園をしていた。日差しに気を遣っていていかにも慣れてます、という雰囲気だった。
というか何を育てているんだろう。見たことない葉っぱに水を上げている、アレ枯れてない?
「おや、思考誘導魔術灯に案内されませんでしたか?」
「いや、それがここまで来たら唐突に地面に消えてしまいまして」
「そうですか。そうでしたか。では特別案内魔術灯をお出ししましょう。ええと」
そこで空気がサッと切り替わる。周囲の温度がざっと2~3度下がったような錯覚さえ覚える
‘小さきものよ 方角は土 集いて築け 叶うのならば 光を灯せ’
「目指す場所は校長室。これでいいですかね?」
スルスルとその場の土が集まりあっという間に腰ほどの大きさのランタンをかけた三脚が出てくると少し節々の動きを確かめるようにブルブル震える。そのままキュコキュコと三脚の関節を器用に曲げながら歩き始める。
「コイツについていけば?」
明らかに不安そうな顔をして聞いてみると声も出さずにコクリと頷かれてしまった。といっても他に道案内もないし着いて行く他無いのだが。
少し離れたところで見ていた我らが団長殿も話は終わった、とばかりにランタンを追いかけ始める。なんで安心出来るんだ?とゆうか不思議に思えよ、ランタンだぞ。ファンタジーかよ。いやファンタジーか
「さっきの、呪文?なんだと思う?魔法の発動原理かね?」
道すがらのヒマ潰しとばかりに、関係者専用入口のような小さなドアをくぐりながら話を振る
「たぶんこの世界の特殊な魔法の原理なんでしょうね。わかりやすく言えば地方の方言のような感じかしら。アンタのところの神さまは魔法の原理について説明してくれなかった?」
ランタンが人間のように関節を曲げながらスイスイ階段を上っていく。校長室ってやっぱ高い所にあんのな。偉い人って高いところ好きだよな。
「オレのところは魔法は武器に仕込むものって聞いたな。武器に所有者の魔力を流すことで発動する、みたいな」
オレの武器がその能力を付けてもらったものなんだがな。何故か隠してしまうというか、まだ話すタイミングでもねぇような…この気まぐれな指揮官殿の能力もわからねぇしな。
と、考えていたらランタンが足を止めていることに気付く。ドア上の看板を見ると『校長室』としっかり書いてある
「ここか、いやここまでくるとやけに緊張する……」
「失礼するわ、転校手続きに来たわよ」
最後まで言わせてくれなかった。なんならこっちを見てすら居なかった。オレは今まで誰と話していたんだろう。
しかしドアを開けてから一歩も中に進んでくれない。オレに比べれば、というよりオレの記憶にある女子たちの平均身長より明らかに小さいのでひょいと奥をのぞかせてもらうと
「お待ちしておりました。こちらも少し準備をさせてもらっていたので。その分お待たせすることなく手続きが進むと思いますよ」
さっき畑で会ったお姉さんだった
「そう、そうなのね。だから思考誘導魔術灯が、アナタの所で止まったのね。私たちが目指しているのは『校長室』じゃなくて『校長』だったから。私の名前は日和幸華。渡り人で持っている能力はそうね、運がいいってことかしら」
「ではそのように登録しておきます。よく魔術の名前を覚えていましたね。そちらの方もよろしくお願いします」
「え、あぁ柊心火です。同じく渡り人で能力は、えぇと、腰のこの剣に魔法がかかっててですね。それをなぞることで剣先から魔法が出るんですよ」
と、さきほどまで躊躇っていた能力をあっさり説明してしまう。神様に初めて相談した時、魔法はこう使うものだと説明された。「じゃあそんな感じの能力が欲しいです」と素直に言ってしまったのだ。
「こちらも同様に登録しておきますね。何かそちらから希望はありますか?」
「そうね二人とも同じクラスにしてもらえるかしら」
「おや、何故です?というより二人ともおいくつなんですか?」
「14」「17」「「えっ?」」
見事にハモッてしまった。同い年とは思ってなかったがそんなに下だったのか。とゆうか「そんなに年上だったの?」みたいな顔するなよ。
「では間を取って二人とも15歳ということにしましょうか。ちょうどこの学校だと2年生ということになります」
にっこり笑って手を合わせやがった。そんな「いただきます」みたいな動きをするんじゃない。頭が追い付かないまま話を続ける。
「本日2年生はある種のレクリエーションがあるんですよ。そこで一つ提案なのですがアナタたちの転校紹介もかねて参加してみませんか?」
何言ってるんだこの人は。この学校はマンモス校というかとんでもないほどの人の量だろう。今更一人二人の転校を紹介する必要あるのだろうか
「いいわ。でも本当にこの世界に来たのは初めてなの。ルールくらい説明してもらえないかしら?」
まだ頭の回らないオレの代わりにとんとんと話を進める
「今この学校の2年生は1005人アナタたち2人を足して1007人そのうち5人だけが特別な許可証をもらえます。まぁその効果を話しているヒマは無さそうだし省くとして、その5人の許可証を教師たちが持っています。なので教師にタッチすることでもらえます」
「タッチだけでいいの?それでも貰えるってそんなに価値のあるような物に見えないけど」
『ピンポンパンポーン!ただいまよりレクリエーション2年生魔法おにごっこを開始します』
魔法おにごっこって、安直過ぎるよ。わかりやすいけど何やるのかわからないよ
「説明する時間もこれしかありませんでしたね。まぁ魔法を自由に使える代わりにタッチするだけなので、頑張ってください」
『ではみなさん全力を尽くしてください』
外で花火が上がり始める。本当に始まったらしい、どうしようとりあえず教師の顔も知らないんだが外に出て動きを見てみるか。
「ちなみに、タッチを確認出来た人から名前を呼ばれたりしますよ。それだけ難しく名誉なことなんです」
『クイーンさん、クレイトス先生から見事合格!』
早っ!まだ始まったばっかりじゃねぇかにしてもクイーンってどんな名前だ
「んじゃ、そうねそこの窓から外に出ましょう。外に出れば状況がわかるわ」
「あぁ、……あ?オレ空なんて飛べねえけど?」
こいつには驚かされてばかりだが、今回ばかりは本当に意味がわからない。ここ4階じゃなかった?それともなんか魔法的に何かあるんだろうか?こいつもアレだよね?オレと一緒にここに来たの初めてじゃなかった?
「それで、いいのよ」
校長室というのは一番眺めがいい、というより全体を見通せるという感じの窓を開ける。校長席の後ろにまわるなんて人生でも初めてだった。
いや、この場合人生は終わってるんだった。花火の余韻か火薬の匂いがひどく鼻につく。そして言われるままに外を眺めると少しだけ言っている意味がわかる。なるほど、教師たちと生徒たちがたしかに戦っていた。いや、おにごっこじゃないの?
「さぁ、復讐を始めましょう」
少し身を乗り出して外の動きを見ていたら、軽く背中を押された。ぽんっと本当に軽く押されただけなのに同時に足を滑らせてかなり前のめりに出てしまう。しかし最近の安全策としてこういう所には突っ張り棒のように鉄柵があるのだ。
「あっぶねえ危うく落っこちるところだっ」「パガンッ」
パガンッ?何の音かと思ったらその鉄柵が支えの壁の所からパックリと折れている。さらにオレの体重に耐え切れないといったように反対側の支えがギギギと不気味な音を立てている。
「たとえ転校初日でも学校側の不手際で、生徒に怪我人が出たとしたらどう思われるかしらね。ま、怪我で済めばいいんだけども」
「おい、ちょ、見てないで助けてくれよ」
オレのことなど眼中に無いらしい我らが師団長どのは校長に説明しているらしい。まるでゲームをしかけているのは私だ。と言わんばかりにスラスラと語っている。その間にもギチギチと重さに耐えられず角度をつけて鉄柵は歪んでいく。
「……魔法と言うのは便利でしてね。対象を一人に絞れば空を飛ばすなんて容易いんですけれどもね」
‘小さきものよ 方角は光 集いて築け 叶うのならば 翼を授けん’
魔法を唱えたとたん背中に光の羽が生えてふわりと浮きあがる
「お?お、助かったの」「ひゅわん」
ひゅわん?剣が魔法を吸ってしまった。その瞬間、「ぎゃん」と鉄柵が最後の悲鳴をあげて折れてしまった。
お前はよく頑張ったよ、よくここまでオレを支えてくれたよ、もはや熟年夫婦のごとくオレと連れ添ってくれたよ。この剣の能力自体オレも詳しくない。魔法自体を吸い込んで魔力に変換してしまった
「あ、そろそろ間に合わないわよ?」
ダッ!と校長は駆け出す、窓から躊躇いもなく飛び降りた。そのままオレの腰に腕を回すと地面にぶつかる直前でふわりと浮きあがる。
見ると校長の背中にはオレの背中に一瞬生えたものより二回りも大きな羽が生えていた。先ほどとは違い魔法の詠唱は聞こえなかった
「す、すごいっすね校長。いつでも飛べるように背中に魔法を仕込んでるんですね」
「そう?それもしかして魔法じゃなくて、自前の羽なんじゃないの?私見覚えがあるんだけど天使と言うより神に近いと思うのは気のせいかしら?」
かこんっ!と窓枠を蹴りだして我らが暫定魔王様が飛び降りていた。ここ、4階だよな?と見ると腰だめにヤクザが持つような鍔の無いドスが握られていた。さらに言えば明らかに校長を狙っていた。
(確かに神を殺したいなんてのは聞いていたけどここまで速攻で行動を起こすなんて、お前はどれだけ神が憎いんだよ)
着地と同時に振り返ると今更別の魔法を発動する時間もなく、オレが足かせになって避けるに避けられないと言ったように精一杯左手を盾にするように伸ばす。
しかし校長の左手に当たる直前で「ぎゃりっ」と弾かれる。幸華は、いつの間にか後ろに来た校長と同じく白鳥のように美しい羽を携えた(ただし羽のサイズはオレの背中に付いたものと同サイズ)白衣の美女に抱えられている
「土属性魔術担当教師、カレイド・クレイトス。以後よろしく」
「光、及び闇属性魔術担当教師、エリザベート・クリスタルスカル。同じく」
丁寧かつ幸華の手首を労わるようにゆっくりと三つ又の長槍を回す。全身カチッと決めた黒一色のシャツとパンツ姿だ。
ずいぶん剃っていない無精ひげだが後ろから見たら女性と見間違えるほど長い髪だ。一か所だけ青のメッシュの入った前髪がなんともクールな印象だ
「流石にここまで校長に迫ったのは久しぶりだったんじゃないですか?」
クスクスと笑いながら後ろから両手で抱えられていた幸華を地面に下ろす。土属性先生と対照的に全身真っ白のナース服と肩に白衣をひっかけるスタイルだ。金髪でボンキュッボンって感じだがセクシーというよりキツイ眼差しは黒のボンテージと赤い蝋燭とか似合いそうだ。
と、同時に「ポンポンッ!」と運動会の空砲のような音が上がる。「あらら」と白衣の天使先生はおっとりキャラっぽく頬に手を当てる。
「すいません、二年生に取られてしまいました。いやぁ面目ない」
「私も警戒してませんでしたし、お相子ですかね。ずいぶんスゴイ子が転入してきましたねぇ。というよりこれで5人決定なんですか?」
「その点で言えば先に取られていた私には2人を責めることは出来ませんね。結局校長を守りきることも出来ませんでしたし」
教師たち大人陣はそのまま井戸端会議のように話し始めてしまう。なんなら隙だらけの背中を晒しながら、悠々と歩き始める。
命をやり取りしたんじゃないのか……?いいや、違う。なんというか、この人達には余裕がある。さっきから地面にへたり込んだまま俯いている特攻野郎の表情はオレには想像も出来ない。
ここまで速攻で、一瞬で組み上げたにしては優秀で、絶好のチャンスを。余裕でもって片づけられる
「合格者のお二人さん、許可証の授与式が行われますよ。二年生が校長から奪い取るというのは異例ですから、大変名誉なことです。ぜひ胸を張って参加してください」
ドスを持ったまま震えていた両手を、ゆっくりと一本一本確かめるように指を緩める。焦らなくていい、なんなら手伝ってやるから。
地面に転がった唯一の武器は嫌でも敗北を意識させる。ぐいっと手汗を膝で拭うと天に吐き出すように叫んだ
「次は、勝つわよッ!!」
バカ野郎、オレ達は、勝ったんだよ。オレは校長に、お前はナースさんにタッチしたんだ。オレ達は合格したんだよ。勝ったじゃねぇかよ。あんまりにもバカ正直だったんで直視するのが眩しくて同じように天を見上げてしまう
「あぁ、任せとけ」
消え入るように、溶けるように漏れ出した言葉は、彼女に届いただろうか。震えは止まっただろうか。
たったこれだけの、短い付き合いだが女の子の泣き顔は見たくない。嫌われてもいい、動機としてしっかりしていない。でも、だけど、泣かせたくないのだ。いつか、正面から見返すことが出来るだろうか
授与式は案外あっさりと終わった。ずっと呆けているわけにはいかないとばっかりにわかりやすい笑顔を張り付けて幸華はギリギリに耐え切った。
オレはと言えばぶっちゃけわけわからんほど校長から褒められた。なんというか校長にきちんとタッチしたのは十年ぶりだとかなんとか。マジかよ。
転校初日というだけに名前の紹介なんかもされる。かなり覇気のない幸華は、今のオレにはどうしようもない。今オレに出来ることをしよう。とりあえず、他の3人の参加者の顔も覚えること。これに尽きる。仲間が欲しいとも言ってたしな。
まずだいぶ早い段階で名前も聞いていた「クイーン」と放送で呼ばれていた子だがこの子はパッと見でわかった。なんというか見た目がまず普通じゃあない。各自お嬢様、を脳内で想像してくれ。
西洋の。髪型は縦ロールの肩より少し長いくらい。動きやすいようにスリットの入ったピンクのドレスがやや変化球。だいたいそれで完成だ。手芸部の部長であり、名前を手綴魅美、というらしい。
部活はともかく、なぜ名前の漢字までわかるかというと、すれ違いざまに名刺を渡されたのだ。同じ転校生なのに幸香がもらえなかったのは、たぶん手芸とか向いてないと思われたんだろうか。
そして2人目。熱血歌唱とかいうなんかもう熱っ苦しいヤツだ。真っ赤なノースリーブにこれまた真っ赤なライダージャケットを羽織った全身まっかっかだ。
サンタの亜種と言われても納得だ。ついでに言えば、真っ赤なジーンズだ。だが転校初日のオレと違って一定のファンが居るらしい。コイツの名前の漢字は横断幕でキャーキャー言われてたのでわかった。
そして最後の3人目。ミナヅキミツル。「充ちゃん」だろうか。明らかにボクシング部なことはわかった。だって赤いボクサーグローブに青いマスクで黄色いボクサーパンツなんだもん。
一人信号機かしら。白いさらしが目にまぶしい。いや、女の子なんだよね。ビックリなことに。しかし、今までの2人と決定的に違うのが肩に制服をかけていた。そう、ここに居る5人の中で唯一、制服を肩にかけていた。そこまでいったら、スカートにしたらいいんじゃあ?
そんなことを考えながら校長の最後のスピーチを聞いていた。いや、オレは毎度「スピーチとスカートは短い方がいい」って言葉を言ったヤツは天才だと思っているが、少し考えてたらいつの間にかスピーチは終わっていた。
そういえば、ここにいる渡り人って何人くらいなんだろうか
三日後、というより現在だ。授与式も終わりもろもろ転入手続きもあった。しかしその間も心ここに非ず、とゆうか無気力症とゆうかずっとだらー、ぼけーっとしていた。
まぁしかし転入したばかりでしかも物珍しがって話しかけてくるような生徒、というより同級生も居なかった。渡り人と言ってもとっつきにくそう、というより「絶対話しかけるな」オーラが凄かった
「そろそろ部活も決めねぇとなぁ」
「強制ってわけじゃないんでしょ?全員入部って言っても帰宅部ってものがあるじゃない。何でそんなもの成立するのよ。誰よ部長」
「って言ってもよ、教師の印象は配属されてる部活で決まるし、部活成績補正なんてのも加点されてる。もっと言えば渡り人を見に行くっていう合理的な理由もある」
渡り人という単語に反応したのかピクリと肩が動く
「この学校に居る渡り人の人数はオレら2人を合わせて6人。全員が別々の部活に入ってるらしい」
ぴくぴく、っと肩がさらに動く。この子反応がわかりやすくない?
「1年生が1人、2年生が1人、3年生が1人、そんで4年生にも1人。いやー、お前がぐてっとしている間にオレが調べておいたんだけどなぁ」
「部活見学に行くわよ」
ガタガタガタッと立ち上がると、あっという間に荷物をまとめる。「やれやれ」ときっと、オレは振り回されて成立するんだろう。人間関係はそう成立するんだろう。
「……あんなことして悪かったわね。謝らないけど、謝れないけど、礼を言うわ」
ドアに手をかけながらそんなことを言う。オレを見ない。決して少しも視線を流さない。まっすぐとドアの外を見据えながら、何かを見ようとしながら、何も見えない無機物を、何かと何かを区切るドアを開かずに。まっすぐオレの心を刺す
「ありがとう、次も、任せるわ」
驚くほどあっさりと、ドアを開け軽やかに一歩を踏み出す。すとんとオレの心に落ち着いたその言葉はきちんと届いた。だったらオレも絶対に礼は言わない。コイツにだけは言ってやらん。それできっと対等だろう