幸運に恵まれた少女
2章「私の元手はローストビーフよ!」
目の前に、神が居た。これほど自分の幸運に感謝したことは無かった。これで私の夢は叶う。家族と同じ所には行けなかったが、悪い人生だと呪ったこともあったが、全てが今この瞬間のためにあるのだとすれば。私はこの幸運に感謝する!!
死んだときに死にもの狂いで握っていた借り物の凶器を、神に突き立てる。たとえ届かなかったとしてもこの一瞬だけは譲れないのだ。
届きはしなかった。瞬き一つの間に私は後ろから羽交い絞めにされ、床に映る自分を眺めていた。
「話す余裕は無かったかな?」
ねめつける様に見上げると頬にスッと一筋の切れ目が入り、ツゥッと涙のように赤い血が流れていた。思わず笑いが止まらなくなった
「あぁ、神は殺せる!」
おかしくて仕方がない。これで傷一つ付かないなら別の方法を探すしかなかったが、人間と同じく血は流れていた。私を羽交い絞めしていた邪魔な何かは
「油断していた、の間違いでは?普段から警戒していないからそうなるのです」
それから私は絞めあげられながら話を聞いた。全ては神の手違いだったらしい。通常、人間に分配される「幸運」の単位が間違っていた。
私の場合、成長するにつれて受容される「幸運」の量が本来人間の持てる器の上限を超えていた。本来の許容限界を超えた「幸運」とはどうなるか?歪むのだ。
風船の薄い部分から醜く膨らむように、あっという間に歪んでいく。しかし、私には「目立つ歪みはない」と言っていた。では、誰が、いつから、歪んでいったのか。違う。
歪みがないのではない。歪みが一つの形を作り上げていたのだ。正常な部分があたかも歪んで見えるかのように、歪みそのものが正常を偽るかのように。
「罪滅ぼしをさせてほしい」
声も出ないまま火の灯るような視線を、被害者から受けて堂々と立つ加害者は、続けてこんなことを言った。
「なんなら今の『幸運』を持ったまま、新しい力も渡そう」
まるで誰かの体だったようにビクリと揺れる。望めばコイツを殺せる力が手に入る。何を望めば殺せるだろうか、考えろ、頭を使え、この瞬間に命を賭けろ。考えろ、考えろ、考えろ!
「なら、ならこの『幸運』を操れる力が欲しい。使いこなせなかった私のミスだ。私は、振り回されない自信が欲しい」
きっとそれなら、手が届くから。神ですら手違いを起こしたのだから、何か方法があるはずだ。それで私は殺せる。
まずは自身の姿を確認する。服装、体格、体調、よし。問題は無い。次に天候、気象、地形を確認する。理解に困る点は無い。
最後に初期目標を設定する。一つ「神を殺すこと」ではそこに至るまでの道のり「仲間を見つけること」私は戦闘に向かない。
目的を共にするもの、もしくはそれに準ずるもの。では人が居る場所、さらに言えば強い力を持った人が居る場所。
ここで一つ注釈を入れるとすれば神は私にいろいろなことを話した。たとえ憎しみの対象であろうとも弱点があるとすれば本人を殺せる隙がある。
聞かないという選択肢はとても愚かな行為だ。私に筋力は無いのだ。頭を使え、チャンスを逃すな、力を使うタイミングを見誤るな。
私はこの世界の人間から「渡り人」と呼ばれる。そして私と同じような「渡り人」は居て目立つ個性なので、見逃すはずはない。そして「渡り人」は特別な力を持つ。神に対抗するならば「渡り人」を積極的に味方に付けて、攻略する。
「渡り人」は神から個別に課題を出される。これに応える義理は無い。が、この課題をこなすことで特別な力を強化されたり場合によってはもう一つもらえたりするらしい。しかし重要なことはここではない。
神にもう一度会える。一番重要なことだ。正直どう会えばいいのかわからなかったのだ。力をもらって殺せるチャンスすらある。
ちょいちょいと荷車の方ではなく車で言う助手席の方へ呼ばれる。
「お言葉に甘えさせてもらいます」
「あまり乗り心地はよくないがね。少し手すりの立てつけが傷んでいてね。一人で乗るとバランスと揺れがひどい。悪いが乗車賃代わりに少し押さえていてもらってもいいかね?」
なるほど馬の手綱を引きながら押さえるというのは不可能だから一人道連れが欲しかったと言ったところか。実際に押さえるとかなり揺れと座席の傾きがマシになる。
「町に着いたら素直に修理してもらうよ。改めて馬車を買うほどのお金は無いが修理で済むなら早い方がいいだろう」
「私、実は『渡り人』なんですけど他の『渡り人』とかご存じだったりしますか?」
「おや、どうりであんな所でボケーっとしてたわけだ。行商人ってのは情報も商売なんだがね、いいだろう!これから着く町に一人、この荷物を運んできた町に二人、オレが知ってるのはこのあたりかな」
こういう時に話すのは得意だ。自分にとってデメリットとなる情報を話してしまう心配がないからだ。欲しい情報は出してくれるしデメリットは忘れてくれる。
するとほどなく町が見えてきた。なるほどほとんど距離は無かったらしい。
「そういえばどこに行きたいとかはあったのかい?なんなら冒険者ギルドなんかにも顔が効くが」
「いえ、まずは腹ごしらえですかね。そうだ、持ち合わせが無いのでこの上着とか買い取ってくれたりしませんか?」
ぎょっとしたように目をむく行商人さん。別に下にシャツ着てるし問題無いと思うんだけどな。
「いいのかい?『渡り人』の私物っていうのはどれもオーパーツ扱いされてる貴重品でね。そういうのに目が無い専門商人なんてのも居るくらいだ」
「それはありがたい話を聞きました。商人さんの保証があるのは大金が約束されたようなものですからね。この町一番の酒場に案内してもらいましょう」
「こりゃ参った、商人が商談を逃すとは!」
こいつは一本取られたとばかりに額を押さえて笑う。基本的に悪い人ではないのだろう。
行商人のオジサンは行商手形だのなんだのの登録があるらしく、私を多少品が無いが情報が集まる酒場の入口において上着代とばかりに色を付けた路銀を渡してくれる。
こんなにもらっては悪いと言ったのだが、これの2倍3倍で売るのが腕なのだと、息巻いて行ってしまった。
味方は3人欲しい。欲を言えば近距離が2人、遠距離が1人、それにサポートとか戦術家が1人欲しい。4人だった。とはいえ私は『幸運』だ。たぶん向こうから寄ってくるだろう。こういうのを「不遜」とか「強欲」とは言わない、適材適所と言うのだ。
そう、私はあくまでムードメーカーとかマスコットとか言うものでいいのだ。具体的な作戦も戦力も、用意するだけでいい。すると、怒鳴りあいが聞こえ始める。酒場と言うのは血の気が多くていけない。
食事というのは空間も含めて料理代として支払うのだ。酔っ払いどもははやし立てるがこちらとしては味以外に神経を使うのは正直気に食わない。なので、無視してローストビーフに全神経を集中することにした。
「ふざっけんじゃねぇ!てめぇ3連続フルハウスが偶然だと!?」
「ハッ!イカサマすんならんなケチな役でやるかよ!ロイヤルストレートフラッシュでも出して巻き上げらぁ!」
ポーカー、ポーカーねぇ、最高記録は6連続だったかしら。イカサマしてるヤツには決まってそれより強い手が来た。3人グルで来てジョーカー入りのファイブカードが3連続で来たときはさすがにひいた。
「だいたいこの宝くじは4人で山分けって話だったじゃねぇか!」
「元手がデカすぎてリスクリターンが4人で分けたら割にあわねぇんだよ!」
宝くじか、1等は当たったことなかったのよね。たぶん元手が少なかったってのもあるけど、まぁ10枚バラ買いで0円が1枚も無かったんだからいいでしょ。
そんなふうに考えながら3枚目の薄切り牛肉に手を付けようとしたら「ガシャーン!」と目の前の牛肉がヒゲ面のオッサンに切り替わった。
私の少ない路銀で頼んだ精一杯のローストビーフが、やっすくてボロくさいシャツにオーバーオールのオッサンに切り替わってしまった。どこにフォーク刺せばいいかしら。はぁ、これはまぁ独り言だけども。
「ちょっと強火で表面を炙って、炭火で、薄切り牛肉で、前半は素材の味を楽しんで、後半はレース……ホース?ホーレ……すりおろし生姜っぽいヤツで」
「どんだけローストビーフ楽しみだったんだよ。レフォールな西洋わさびの」
たぶん吹っ飛ばした相手のポーカーでカモられた方の男だ。そうだレフォールだ。あれ西洋わさびなんだ。床に散乱してしまったローストビーフとレフォールとおろし大根と鰹節と、あぁ、この恨みどうしてくれよう。
「この料理代で、私がこのノビちゃったおじさんの代わりにやるわ。倍率はそうね10倍で、ポーカーね」
「負けたら払えるのかよ?まぁいいか、男ばっかりで華が欲しかったんだ」
おぅ!嬢ちゃんやれやれー!ぬげぬげー!脱ぐのは関係ないじゃない。私が負けるなんてありえない。とゆうかほんとに負けたら着てる服売るしかないかなぁ。そしたら脱ぐのか。
脱ぐんだった。まぁ一戦で飛ばせる自信があるワンペアとかスリーカードとか地味な役は出ないだろう。
「はいコール」
「「「は?」」」
見事なジョーカー入りのキングのファイブカード。キングがこっちの手に4枚ある時点でフルハウスもロイヤルストレートフラッシュも無い。
たぶんコールしなければ堂々とフルハウスを出すつもりだったんだろう。典型的なセット仕込みのイカサマだ。
「私の勝ちね。つまらない物言いなら容赦しない。手札をきちんと見せてもらうわ」
「元手ゼロで横から総取りだと!?ふっざけんじゃねぇ!オレだってエースのスリーカードだ!お前らも言ってやれよ!」
へぇ……。スペードのエースを抜いたスリーカード。この時点でスペード以外のフルハウスでそろえるつもりだっただろう二人は顔を伏せてしまう。
反応がバレバレだ。なるほどもともとハメるつもりだったのはコイツ一人だったわけだ。
「私の元手はローストビーフよ!」
「ドヤ顔で決めてんじゃねぇよ……ウソだろ、てめぇらもグルだったのかよ」
がっくりと肩を落とすとその場に崩れこむ。仲の良かった4人組と思っていたのが3人と1人だったわけだ。こういうの女子連中じゃイヤというほど見た。まぁたいてい私は1人のほうだが。
「お前は渡り人じゃねぇか……」
ボソッとイカサマをしていた1人が言う。あら?そうなの?と思って目をやると完全に虚を突かれたとばかりに
「どこで、それを?い、いつから……」
「偶然だよ、お前の魔力適正を計った時があったんだよ。純血じゃないとありえない数値だった。なんでこんな郊外に純血が、オレらみたいなゴロつきと絡んでくれるのかって不思議だったんだよ」
へぇ、渡り人って迫害はされてないけど特権階級って感じなのね差別はされないけど差別階級と仲良くはなれないって感じかしら。
尊敬はされても親愛は無いのね。民間人の下にも階級がある感じかしら。めんどくさいなぁ。また私社会で浮いちゃうのかしら。
「マジかよ、マジか、冗談だって言ってくれよ。はは、最悪だ。んなことならあんなもの捨てちまえば良かった」
「あんなもの?渡り人になった時にもらった特権とか?」
「うるせぇ、うるせぇよ。ははは、そうか。うまく生きてきたつもりだったんだがなぁ。まぁそうだよな。そうだよな、渡り人の側なんて危なっかしくてやってらんねぇよなぁ」
その場で座り込んでしまうこの世界では珍しい渡り人。あ、私もだ。座り込もうかしら。とゆうか金の切れ目が縁の切れ目とはよく言ったもんだ。宝くじ程度で切れる縁ならほっといても切れたでしょ。