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異世界転生モノ 日和幸華の場合  作者: むしやろう
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修学強化月間

17章「神になりたいの」


あれから二日後の放課後場所はまたしても部室。5月の末日に起きたが大事を取って1日ほど休み、その間に町医者に行ってみたりもしたものの「特記事項なし」と診断され看護師さんから「働きに来たの?」とまで言われてしまった。そんな健康なのか。


「日和から状況は聞いたけど二日寝込むなんて余程よ?ほんとに異常なし?」

「さすがに何かあったらここで二日も寝て無いだろ。何でここなの?病院で寝てても良くない?」


不思議そうに冠が腕の筋肉をぐにぐにといじってくる。というか丁寧に筋肉と骨の隙間に指を入れようとしてくる。痛いんだけど。下手に体が寝違えたということもなく筋肉の強張りは少ない。


「この地域の入院費ってどうなってるか知らないのよね。一応エリザベート先生に診断してもらったし、その時も『過労』とか言ってたわよ」

「筋肉過労による酸欠に近い状態でゴザったな」

「寝ている間に場所を移すのも一苦労でしたし下手に体を動かすのは気が引けたので」


倒れた時の現状をよく知る佐々木と服部はそう語る。とゆうかここに居る全員が状況を知っているわけだが。確か6月1日は何か大切なものがあった気がする。


「居ない間に学校側で何かあった気がするんだが」

「修学旅行の班決めね。そのあたり居なかったから私から説明するわ」

「頼むわ日和」


ぴたりと冠の動きが止まる。他の部員は気付かなかったようだが直接触られていたオレにはわかった。何か口ごもるように言葉にならないものが意味もなさずに漏れ出るが小さな声で「そっか」とだけ聞こえた気がした。


「幸いなことに私たち部員は全員同じ学年だからね。クリスだけ一個上だけど毎年同じ時期に同学年全員で行くわけだからこの前提は必要無いんだけど」

「じゃあ何で前置きしたの?」

「班分けに『部員全員』という口出ししたからよ」

「具体的にどんな?」


ホワイトボードを引張りつらつらと書きこんでいく。1日30体のポイントモンスターが放出されそれぞれのチームでハントしていく。生きたまま捕獲すればポイントが倍になる。チーム人数が増えるごとに合計点数は分割される。

モンスターのポイントは下から6、12、24ポイントで数は20、9、1となる。ちなみに外見では判断出来ず、付いているタグで判別する。それが合計1週間なので計210体のモンスターを1007人で取り合う計算になる。


「なるほどな。場所は?」

「南門ね。そこまで遠くないわ。片道4時間くらいかしら」

「千人も泊まれる場所あるのか?」

「兵士詰所らしいわよ。まぁ今の寮と比べたら居住空間としては誤差レベルでしょうね。その分食べ物が良いもの出るらしいわ」


少しだけ楽しみになる。あまりにも現地に興味が無くて、どうしても場所よりも食い物だけが楽しみになってしまう。まあ修学旅行とはいうもののやることが狩りでは盛り上がりに欠ける。


「1年と3年が残りの東と西の門だとして4年はどこ行くんだ?」

「校長と外で実地研修らしいわよ」


なるほど。元々外で狩りをして生計を立てていたオレからしたら準備運動のようなものだ。随伴する教師はカレイド・クレイトス先生、ちなみに生徒会長の如月はかなり能力の応用が利くので校長側から協力を頼んでいるらしい。6月一杯は引っ張りだこになるわけか。


「時期で言えば初週が1年生、2週目が2年生って感じだから私たちは8日からね。前日乗り込みの7日のお昼ごろ移動になるけど」

「14日までの7日間でどれだけポイントを取れるかってわけか」

「私たちはこの5人で一つの班になるわ。つまり明日から5日間特訓よ」

「ど、どうやって?」

「その計画も考えてあるわ」


と事前に準備していたらしくホワイトボードを裏返す。そこに5人全員分の予定が書きこまれていた。柊心火の所にはこう書かれている。『手綴魅美に教育してもらう』


「えっマジで?」

「私の計算によれば、という前提はあるけど全員を効率よく成長させる。という意味で必要なのよ」

「「「全員?」」」


その場に居た3人の部長がそろって首を傾げる。ホワイトボードを見ると『四谷・佐々木・服部は生徒会での特訓』と書いてあり『日和はカレイド・クレイトスと補修』と書かれていた。


「お前成績悪かったっけ?」

「違うわ。クリスに『基礎を補強しましょう』って言われたの」


「つまり『基礎を鍛えることで応用の幅を増やす』でゴザルな」

「なるほど、日和さんのサイコロの武器は何が出るかわからない。むしろ基礎を補強して戦力を加算しようと」

「それとアタシ達を特訓するのと何が関係あるの?」


そこはたぶんオレにもわかる。大前提としてこの学園を卒業するには何らかの魔法を一つ完成させる必要がある。つまり


「私に協力するのが一番近道よ。そこは保障してあげる」

「達な?オレを省くな?」

「いいわよ乗ってあげる」「でゴザルな」「元よりそのつもり」


「で、最初に戻ると生徒会の協力は既に先日の迷惑料という形で取り付けてある。じゃ、次に会うのは7日の出発の日ね。魔術研究部全員活動開始!」

「「「「今から!?」」」」


オレは一人で手芸部へ向かうのであった。いや、寂しいな。一人だとな。そもそも何でオレ一人だけ手綴なんだよ。怖いよあの人。と、そんなことを考えていたら着いてしまった。扉にはやけにファンシーな手作りカーテンがガラスにかかっていて内部の様子は見れない。ワンチャン別の部屋じゃないかな?と思って見ると扉の上に『手芸部』と丁寧に案内板が付いていた。


「逃れられない定めか」


ふっ。とかかっこつけていたらガラッと向こうからドアが開いた。ものすごくゴッテゴテのピンクゴシック服を着た左目に眼帯を付けた140cmくらいの黒髪の女の子が現れた。


「どうぞ柊心火さん」

「あ、どうも。えっと……手芸部の人?」

「全て魅美さんがお話してくれます。中へ」


案内されるまま入ると手綴魅美ともう一人ピンク髪の黒ゴシックの鏡写しのような子が居た。二人してオセロをしている。いや、なんで?


「あら、来ましたの。事情は日和さんから聞いてますわ、ふふふ。まさか願ってもない申し出でしたから二つ返事でオーケーさせて頂きました。さぁさ!特訓いたしますわよ!」

「うわぁノリノリだよ。特に説明してくれねぇじゃん。話が違うじゃん」

「ルークとビショップはほっといていいんですのよ。その子達は私の忠実な手足と言ったところかしら。さてまずはアナタの特訓メニューを渡しておくわね」


さらりと、紙束を渡される。目を通すと寮にほど近い森で夜中に特訓するらしい。夜中で森の中って暗くて視界悪くない?その時、ぶるりとルークと呼ばれた子が震えた気がした。何だ?そういえばクイーンとか呼ばれてたよな。この子達含めて全員がチェスの駒の扱いなのか。ポーンとナイトとキングが足りない気がするが何か違和感がある。


「お前、誰だ?」

「?どういう意味ですか?」

「手綴魅美じゃな」


ぎゅわ!と言い終える前にルークが腰に帯刀していたサーブルで斬りかかってくる。一歩引いて半身でかわす。眼帯をしていない右目で鋭くにらまれる。明らかに殺しに来ていた。


「待て。いいわ。私の見込みが甘かった。まさかこんなに早くバレるなんて……何?接点そんなに無かったハズだけどこの子に片思いでもしてた?」

「いや、確か手綴ってもう少しネジの外れたヤツだった気がしてな。お前は何だか普通過ぎる」


スッと手を顔の前にかざすと今までの優しそうな顔立ちから一変する。切れ長の吊り上った赤い瞳。そして黒髪で耳のあたりから赤く染め胸の前まで流している。服が改造制服というかドレスを制服に寄せたようなもののままなのでかなり印象が違うが、なかなか別人の印象を受ける。


「そんな泣きそうな顔しないの。あなたたちのご主人様には手を出さないわ。ほら、ご主人様の方に行ってていいわよ」

「なんて言って言う事聞かせたんだ?」

「変な事は言って無いわ。『バレないように協力してくれたら無傷で返してあげる』って言ったの。ちなみにそこの倉庫になってる小部屋に寝てるわ。あ、下着だから覗かないであげて」


「いや、覗かないけど。そこまでして何しに来たの?てゆうか誰?」

「あら、そういえば名前も名乗って無いのか。私は早乙女・V・勇利奈。アルファベットシリーズVのヴァリアント・ヴィーナス」


そうか。ついこの間来た、Cとか顔に書いてあったヤツの仲間か。じゃあ遠慮する必要は無いな。コイツは斬っていいヤツか


「あら怖い。いいの?私アナタに有益なこと一杯知ってるわよ」

「それでもだ。どんな理由を並べても敵であることは変わらない」

「わかった。それでいいわ。でも場所も時間も悪いわね」


と完全下校時刻のチャイムが鳴る。このチャイムが鳴ったら30分以内に帰らないと内申点に減点がかかるとか。本当だろうか?


「とりあえずその紙に書いてある場所と時間で待ってるわ。少し考えを変えてあげる」

「そうか、楽しみにしてるよ」


お前を斬れるのを。と言うのを直前で止めた。斬るのをあいつらは望んでいるだろうか。そもそもそんなに思い入れがあったのだろうか。2か月3か月の付き合いで、家族構成も知らなければただの仕事仲間だっただけなのに。そこは問題じゃあないんだろう。ただオレがオレであるために。


そして下校して、寮に帰る。早めの晩飯を食って出かける。よく素振りに使ってた森で、行き慣れた道だ。その間にも考えて、考えて、考え続けた。オレは何がしたいんだろう。何も出来ずに死んで。転生して命からがら生き延びて。なんとか生活するのが精いっぱいで。流されて日和に付いて行って。こんなものの何が正しいんだろう。


30分ほど歩くと大きな切株の上で月光を見上げながら膝を抱える黒と赤のツートン少女が居た。これが彼女の本来の姿なのか。なんというかこの恰好で街中は歩けないだろう。めちゃくちゃ高いヒールの黒い靴、そして黒に赤のボーダーの入ったニーハイソックス。そして短いがものすごく広がった黒のスカートに赤のガーター。そして黒いレザーのジャケットと赤のインナーにところどころ小さな赤いリボンが付いている。


「こんばんわ。今夜は冷えるわね」

「いや、そんな恰好してるからでしょ。何してるのさ」


「女の子のオシャレは我慢とはよく言ったものよね。月を見ていたの。月がキレイですね。なんて言いたくもなるわよ」

「まだ死ねないんだよなぁ。案外いいヤツに囲まれ過ぎたのかもなぁ」

「残念。フラれちゃった。こっちの目的としてはキミには死なれちゃ困るんだけどね」


夏目漱石は『我君を愛す』よりそう訳した。って言うけど、その返しで『私死んでもいいわ』まで知ってるヤツなんてそうそう聞いたことがないが。


「空気が澄んでるんだな。不純物が少ないから空の月がキレイに見える。そんで、何が目的なんだ?なんでも、とはいかねぇが先に聞いとけば譲歩出来るぜ?」

「本読みそうな顔してないから知らないと思ったんだけどね。この世界には警察って居ないのよ。なんでかわかる?」


ちょいちょい、と同じ切株に腰を下ろすように促される。これは話長くなるパターンか。というか顔関係なくない?インテリっぽくないとか関係なくない?


「正義に従って生きるから?」

「全員が?まさか本気で言ってる?必要無いからよ。そもそも神が一度死んだ人間を生き返して別の神を殺してくれ、だなんて狂ってるわよ。この世界」


「いや、答え知ってるなら聞くなよ。意識調査ならそれこそ校門でやってくれ。答えてくれるヒマ人がいるかは知らんが。とゆうか神様のお願い~だなんて無視すりゃいいだろ。誰も強制してねぇよ。『世界を守る』っつー正義感で悪党をとっちめるヤツ。ヒマ潰しの目標を神からもらうヤツ。あるいは神が憎くてしょうがないヤツとかな。そういうのを考えずに気軽に生きるっていうヤツもいる。オレみたいにな。責任が無いっていうのはなるほど、楽な生き方だ」


やりたいヤツがやればいい。やりたくないヤツは落ちていくものかもしれないがそれも自分の正義感に目をつむればさほど気にならないだろう。何せ咎めるモノが居ないのだから。生きるのに必要なものが少ない生き方は気楽でいい。


「気に入らない。すごく気に入らない。私が嫌いな人種だわ。だけど、アナタはたぶんそんな人種じゃない。私の嫌いな諦めた人間じゃない」

「そんなことねぇよ。未来を諦めて、人間関係を諦めて、夢を諦めて。最後には自分も諦めちまった。まぁそれでもいいだろ。オレの事だ。それでいいだろ」

「いいわけないでしょ」


ぐい、と視線があがる。人を見る目が変わる。色が変わる。さっきまでのひょうひょうとした感じではない。こちらを試すものではない。今までの興味を持てなかった視線ではない。殺意を向けた視線になる。鋭い視線が獲物の動きを一つ残らず捉えている。


「私の能力はね、自分のバックアップを作ることが出来るの」

「何だそれ不死身じゃん。回復魔法持ちのラスボスかよ」

「バックアップが死ぬとその死に方を学習して少しずつ耐性を付けていくの」

「さらに強くなったが?ストーリー序盤の負けイベントか?」


「壁の外に居たのよ。私が姫に拾われるまでどうなってたかわかる?」

「オレも元々壁の外だよ。だから壁の中じゃ優遇されてる」

「436回死んだわ」


「そうか」

「私ね、神になりたいの。私を救ってくれない神なんていらないだから私が神になるの。出来るかな?」

「どうだろうな……」

「そこはウソでも出来るって言ってよ」


ゆっくりと早乙女は目を閉じる。この世界で何度も見た、覚悟を決める工程だ。人が落ち着く時のルーティンのようなものでそれは人それぞれだとは聞いているが決まってオレが見る相手は祈るように目を閉じる。


「さぁ始めましょう。アナタの世界は何色かしら?」

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