アルファベットシリーズ
14章「コピー・クラフト」
「なに!?」
「!?」
そこでグググッ!とデリンジャーから放たれた弾丸も宙でねじ曲がる。
晴に吸い寄せられるように軌道が曲がる。何だこれは?空中で弾丸がドリフトするようにスピードを落とし大回りで晴にすがり続けている。
しかも空気が空中で赤熱して赤いラインを描くのだ。吸い込まれるように、正確に胸の中央、やや左。心臓の位置ではないか?
『第三解放!!』
バギャア!と床が1m四方でめくれあがり叩き込まれるように銃弾の行く手を塞ぐ。
元は床だったものがバリバリと重なり合い弾道を塞ぎ続けるが銃弾は止まらない。
「止まれくそったれ!!」
シュゥウウと進んでいた銃弾はゆっくりと熱エネルギーへと変換して息の根を止めた。
少しの沈黙が流れる。また、弥生晴は守られたという事実にすら気づかず如月の腕の中でうっとりとしていた。
そして場所は変わって
「熱血ホームスチール!」
「ホームベースはここにねぇよ!!」
牙がスライディングを仕掛けてくるので空中ですれ違うように飛び越える。
バットは持ったままなのにかなりのスピードだ。しかし本来の女子の体格なので避けられないことは無い。
「おっと、幼気な少女を無下にするものじゃあないよ」
「だからそれ避け方がわからないんだよ!」
鯱が水を両手で掬い上げ息を吹きかけると意志を持ったように八方から飛んでくる。
持ち前の剣で魔力を叩き斬る。すると勢いを失い重力に引かれる。下に居た牙が思いっきり水を被った。
「わぎゃあ!」
「あ、すまん」
「フフフッ!くくっ……」
「笑いすぎだろ。元はお前のせいなのに……」
突然室内プールの扉が開かれる。
「どぉーもぉー!わたぁーくしコピー・クラフトと、もぉーします!柊心火さんはぁー!こちらにいらぁーしゃいますかぁー!?」
「あぁ!?誰だコイツ。生徒会の知り合いか?柊心火はオレだけど」
頭の上から足の先まで全身白タイツの白い風呂敷袋を持った一目で変態とわかるヤツから名前を呼ばれた。身長170くらいの男であることは声からわかる。おまけに顔の部分には明らかにマジックの手書きで『C』と書いてある。なんかすごい雑なヤツだ。
「いや、生徒会では無いよ。とゆうかまだ途中だったんだが」
「なんスかコイツ。あーもー。びしょびしょッス……でも柊さん呼ばれてましたよね?」
「いや、お迎えにあがぁーりましたぁーよ?わたぁーくしの上司のぉー、おひぃーめさまがぁーお呼びでぇーす!」
くねくねと体を大きく動かして踊る。ガッシャガッシャと白い風呂敷袋がうるさく音を立てる。それ邪魔じゃない?
「とゆぅーか!まぁーだその剣のぉーちかぁーらを解放してなかったぁーんでぇーすかぁー?」
「どういう事だ?柊はまだ本気じゃなかったと?」
「ぬぁんですと!?手を抜いてたんスか!?」
「それを使ぁーえばこぉーんな二人組ぃーすぅーぐ倒せたぁーでしょー。まぁー使わせぇーてさしあーげます!こぉーれは前払いのほぉーしゅーでぇーす!」
どっしゃ。と風呂敷袋を下ろしはらりと中が現れる。そこには年季の入ったネックレス。
使い古されたベルト。ボロボロになるまで愛用された狩猟ナイフ。ところどころ擦り切れたジャケット。
オレを庇った時に大きく凹んでしまった板金製の肩当。全て見覚えのあるものだった。カッと頭に血が上る。
「ずいぶん使い込まれてるッスけどよく手入れされてるッスねぇ」
「リュック。ゼルルド。ユリシーズ。……それをどこで?」
「落ち着け。柊、まだだ。」
「あのぉー三人はぁーもうすこぉーし柊心火さんとぉー、旅してもらぁーいー都合のいぃーいタイミィーングでぇー」
「どこで手に入れたって聞いてんだよ!?」
ピタリと足を上げて動きを止める。そのどこまでもふざけた態度が神経を逆なでする。かたり、と首を傾げると真剣に意味が分からないと言うように告げる。
「もちろん用が済んだので片づけましたよ。とゆうか最初からわかっていたハズでは?ゴミは分別しなければ」
「てっめぇええええ!!」
「待つんだ!柊心火!」
ブツンッ!と何かが千切れる音がした。これだけは使わないようにとしていたトリガーをガチッと引く。
オレの手から魔力を一気に吸い上げたちまち剣が黒く染まると柄の後ろからワイヤーが伸びカシャンと視界を塞ぐヘルメットが出来る。
黒く、暗く、思考が途切れる。コイツだけはぶっつぶす。
「やばくないッスかアレ」
「フフッ、いやマズイなこれ」
後輩である牙の手前、少し強がりたい所ではあるがこれは完全に想定外だ。ここは安心させるために一つ小粋なジョークでも、と思うがそこまで頭が回らない。
明らかに会長の予想と違う。本来なら目標である日和幸華の鎮圧、そしてどうにか味方へ出来ないか?という話で柊心火は私たち二人で十分足止め出来る計算だった。
無論十分な足止めが出来ずとも魔術研究部を分散させた時点で勝ちという作戦だったのだ。
「状況判断!」
「敵性勢力は二人、一人は両刃剣を所持。こちらを事前情報から『柊』と呼称。もう一人はナイフを所持。こちらを事前情報から『クラフト』と呼称。現状どちらも敵性を感じられませんが敵同士で戦いあっている状況です!」
「よし、会長の指示を仰げない以上こちらで判断する!潰しあってくれるのならありがたい漁夫の利を狙うぞ!」
魔力量が完全に元の柊と違う。制御が出来ていないのか、口の隙間の部分からシュコー!と蒸気のように漏れ出すのが不安でならない。
こちらの視線に気づいた様子もなくギシャアアア!と金属が擦れるような音を出しながらクラフトに突っ込む。こちらに攻撃しているのでもないのに全身の細胞一つ一つが『逃げろ』と警告してくる。
「あはぁー!固い!黒い!早い!しかぁーし?思考が動物じみぃーていてワンパタァーンですねぇー?」
あろうことか刃渡り10cmも無さそうなナイフ一本で1mはあろうかという大剣を弾く、いなす、反らす。
反応速度がどうこうという話ではない。もはや剣の軌道が見えているかのような動きだ。
「アイツ、恰好は変態ッスけど本当に人間ッスかね?」
「確実に私たち二人では負けていたな。そこは柊に感謝するべきかもしれん。しかし、会長はどうなったんだ?こちらの映像は見えているハズだよな?いいかげん応援が欲しくなってきた」
「状況判断までしておいて応援頼みとかダサいッスね自分ら」
「正直あそこに巻き込まれたら何度死ねるかわからないぞ」
ザパァッ!とクラフトが水面を叩くと一瞬で水のカーテンからナイフが四本現れ柊に向かって飛ぶ。
しかし高速でクラフトへ向かっていた柊は床に剣を突き刺すとぐるりと前転の要領でナイフを上に躱す。そのまま叩きつけるように振り下ろす。
さっきまでとは戦い方がもはや考え方から違う。というか当たり前のように二人とも水面を走っている。クラフトは剣から半身をずらすとナイフで首を狙う。
「お、や。まさか剣だけが武器でぇーはないとぉー思っていまぁーしたが。そぉーれはすこぉーし反則でぇーは?」
ぎゃりぎゃりぎゃり!と柊のヘルメットの口部分がナイフを食い止めている。だけではない。ばぎん!と砕いた。
「しかぁーし!剣が武器ならわたーしをぐぶっ!」
剣を両手持ちから右手だけにいつのまにか切り替えていた柊が左手でクラフトの頭部を掴み壁に投げつける。その影響で失神してしまったらしい。




