王国の支配者
10章「水無月満である」
次の日、また冠と二人きりだった。二日連続だとまた違った気まずさがあるよな。にしても何でいつもチア(以下略)。今日は以前から予定があった。
弓道部の部長服部弓弦を息抜きに他の部活へと誘うことになっていた。何でオレ達が、というとそれは服部の弓道部としての魂を普通にウチのアンポンタンが砕いてしまったからだ。
なんでも弓道でワンホールショットを決めたらしい。何でその元凶が居ないの?バックれてやろうか?しかしこの説明を冠にしたところ「何それ面白そう」と参加することになった。
どの辺が面白そうなんだ。冠一人に任せるわけにはいかない。何せ本来コイツはチア部だ。というよりまた部長も居ないのか……
「では本日はよろしくお願いするでゴザル。」
「よーし行くわよ心火。」
「何でお前はそんなにノリ気なんだよ。」
「どっから行くの?」
「知らずに行こうとしたのか。」
もうめんどくせぇよ。小首を傾げるなよ可愛いから。
「最初はサッカー部だ。フリーキック体験だとよ。」
「よーし行くわよ。第一校庭よね?」
「服部はどんな魔法を使うんだ?どうせなら生かせそうな部活にしないか?」
「物質を増やす魔法でゴザル。」
「それ弓道に役立つの?」
ニッコリと微笑まれてしまった。そう、役に立たないのね……そんなこんなで第一校庭へと着いた。事前に打ち合わせた八足蹴上と取手反が居た。
部長でフォワードの八足はリストバンドにアンクルバンド、ミサンガにバンダナとどこまで体に巻きついてるのかよくわからない男だ。
副部長の反はバスケ部の弾と兄弟でこちらは兄が赤いスポーツ刈りに対し青いスポーツ刈りだ。その短さで染めてるの?ポジションはキーパー。
「フリーキックなのに部長と副部長が来るのか?ずいぶん手厚い歓迎だな。」
「いや、よく考えろ?弓道部部長がリスクゼロで手に入るんだぞ。欲しいだろ。」
いらん。
「まぁやってみましょうフリーキック。」
さっさとボールを持って位置に着く。フリーキックには直接フリーキックと関節フリーキックがあるが今回は直接フリーキックと呼ばれる方だ。
その時、さっと服部が何か呟いた。思い切りキックフォームに入ると今度はハッキリと「分裂の術」と聞こえた。すると突然蹴ったボールが四つに増えた。これが「物質を増やす魔法」か。
しかし取手は一気に前に出ると四つともボールを弾いてしまう。そう、いくらボールが増えたところで根元は一つなのだ。近ければ近いほど止めやすい。という脳筋スタイルだ。というか何でそんなガチなの?引くよ?
「惜しかったでゴザル。これに挫けず次の部活に行くでゴザル。」
「切り替え早っ。」
良ければ入ってくれよーとオレ達を見送ってくれるサッカー部部長と副部長。オレ達は次の場所へ向かう。次は卓球部だ。というより打ち合わせで近い順に回れるように組んだのだ。
「オレが卓球部部長、網屋投網だ。ネット上の魔術師と呼んでくれ」
「いや、呼ばないよ?」
普通に動きやすい服に刈上げのツーブロック。しかし特徴としては服に横と縦にうっとおしいほど線が入っている。いわゆる網目模様というやつだ。今回もワンゲームの卓球をするらしい。
「食らえ!ネット上を渡る奇術綱渡り!」
ボールがサーブと同時にネット上で回転し、シュルシュルと移動する。いや、早く点とれよ。
「秘儀!分裂の術!」
ようやくネットを越えてギリギリへ落ちたところを掬い上げて返す。いや、サッカーの時と同じだよ?また同じように四つにボールが増える。しかし高速で反応され全ての球が返ってくる。つまり四球返ってくるが
「奥義!分裂重ねの術!」
四球がさらに三球ずつ増えて十二球になる。というかノリノリだね?服部君。
「食らえ!高速サイドステップ!」
もはやただの足運びじゃねぇか!シュタタ!と横方向に高速で動くと十二球全て返されてしまう。さすがに十二球も追えず一球も返せず決まってしまう。
「よし12-0でセットだ。」
「うえぇ!?ありかそんなん!」
「球が増えるなら点数も増える。当然だろ?」
「ねぇ服部、アンタの魔法って……」
「言わないでほしいでゴザル。立ち直れんでゴザル。」
冠がなんかもうどんよりしていた。
「しゃーなしだ。次行くぞ次。剣道部だ。」
なんかもうダメなんじゃないかと思う。場所は変わって第三体育館まぁ次で今日の分も終わりだ。そう思うと気が楽になる。しかし思わぬところで声をかけられる。
「おい、最近部活動を荒らしまわってるとかいうのはお前らか?」
……はい?いや、心当たりはあるんですけど。
「私は生徒会総務、水無月満である。」
あ、一人信号機の人。えぇ、ともうここに来てどっと疲れがまわってしまった。ツッコむ気力が起きない。
「基本的に生徒会は生徒の味方である。風紀委員と違ってな。」
生徒会は会長が変人だったハズだ。体育会系の部長で役職持ちを固めて仕事は恐ろしく完璧にこなす。教師からの信頼も厚い。
水無月さんは確かプロレス部だったはずだ。女子プロレスラーというやつだ。というかレスリング部じゃないの?プロレス部って、じゃあアマチュアレスリング部って別にあるの?
「ただまぁ部活動が荒らされているというか、お前らのやっていることは目に余る気がしてな。一度何をしているか確認の意味を込めて同行したいと思ってな。」
「本当にプロレス部部長なの?」
「おいバカ!冠!」
確かに一人信号機さんはすっごい小さいのだ。チア部の谷口と比べてもどっこいどっこいくらいの小ささだ。まぁ一部が大きく違うが。
いや、これプロレスやるにはかなりのハンデになるんじゃなかろうか。そこでまたカチンとどこかで聞こえた気がした。
「おい、キサマら。次は剣道部と言っていたな。そこで私の実力を見せてやろう。」
もうノックアウト寸前だった。明らかに怒っている。まぁマスクをつけているので表情はよくわからないが。見た目はちっこくて可愛い部類だと思うんだがなぁ。そんなこんなで第三体育館である。
「頼もう!道場破りだ!」
「違うから!水無月さん!体験見学!問題発言する生徒会役員だったよ!?」
誰かこのちっこいのつまみ出せ。意外とちっこいから簡単そうに見えるぞ。
「元気だな。元弓道部部長と魔術研究部と、生徒会役員?なんかチア部も合体し始めたのか?」
「お前は冠が居る理由知ってるだろうが。」
そう、剣道部部長佐々木刀貴も弓道部部長服部弓弦もチア部部長四谷冠も今は正式な魔術研究部員である。まぁウチのリーダーが強引に引き込んだと言っても過言ではない。
「元気なことはいいことだ。剣道部部長佐々木刀貴だ。」
そう言って握手を求められる。好青年だ。好青年か?髪はポニーテールで長いし体は細い。身長はオレの拳一つ分下、160cmくらいだ。
そういや前回は一方的な挨拶だけでお互い名乗ったりはしてないのか。いやまぁ今更な気もするが、こういうのは雰囲気と言うか形が大事だろう。礼儀として握手を交わす。
「オレは柊心火だ。心に火が付くの心火だ。」
「私は生徒会総務水無月満。水の無い月に満ちると書く。矛盾に満ちた多少珍しい名前だ。」
「服部弓弦。弓に弦を張る漢字でゴザル。こんなに弓道部向きの名前も無いでゴザルな。」
「四谷冠よ。冠はこの冠よ。」
と頭にちょこんと乗っている小さなティアラを指差す。分かりやすい。オレもハートに火とか付けようかね?
見えないから説明しづらいのは変わらないんだけど。とゆうか服部は弦楽器でもやれば?名前だけなら向いてるよきっと。何故かオレと握手したままみんな自己紹介する。
「とゆうかそろそろ離してくんない?」
「あぁ、すいません。ところで今日はどうしたんですか?」
「道場やぶ」
「体験見学な。主に服部に体験させてやってくれ。」
「私も試合させてもらえないだろうか!?」
もうめんどくさいな一人信号機さん。
「ではこうしよう。3vs3で勝負してもらう。負けたらうちに入部してもらう。」
「それでいこう!」
「うちは剣道部として先鋒、次鋒、そして私が出よう。」
まぁめんどくさいしそれでいいか。服部にもそろそろ決めて欲しいし、これ以上生徒会に睨まれるのは避けたい。というか、三人?
「オレも含まれてんの?」
「何だ?やらないのか?ここで冠に任せるほど根性なしでもあるまい。」
引くに引けなくなってしまった。まぁいいか。昔取った杵柄とやらだ。……昨日と言い今日と言いやけに嫌な思い出ばかり出てくる。剣道の方は真面目にやってなかったが。
「防具は必要ないぞ。この瞬間術式を使う。どうせ期限が近いしな。」
瞬間術式、別名インスタントマジック。効果時間が短い代わりに呪文を必要としない簡易魔法。
基本的に使い捨てで保健室なんかには回復用の瞬間術式がわんさと置いてある。しかし佐々木が取り出した簡易術式は使い込まれてるように見えた。
「そんな簡易術式、どこで手に入れたんだ?見たところ使いまわしの効く期限型か?」
「顧問だよ顧問。カレイド・クレイトス先生が顧問やってくれているんだよ。」
カレイド先生と言えば土属性魔術の教師で長髪無精ひげの先生だ。そもそもこの学校部活に顧問とか付いたのか。そんなに教師多くないじゃん。
ところで簡易魔術の使い方はいたってシンプル。指先で魔力を込めて表面をなぞるだけ。いや、これが難しい。オレには、という前提が付くが。対戦表は事前に出ないらしい。そこも含めて楽しむものだそうだ。
「なんでオレがトリ?普通服部じゃねぇ?オマエの体験見学だよ?」
「私が二番で服部が一番だ。三戦なら二勝すれば終わってしまう。なら先に二勝すればいい。」
なるほど、一理ある。というわけで服部を見送る。
「では不肖服部、参るでゴザル。」
向こうの先鋒は山本というらしい。簡易術式なのに道着の左足に名前が出る仕組み。謎である。防具なしなのでこっちの方が部長に向いているんではないかと言うほどガッシリした体型が見て取れる。
「分裂の術!」
竹刀を増やし手首で弾くように投げる。いや物理的に飛ばしてどうする。案の定四本の竹刀は全て叩き落されあっという間に面打ちが入る。
これで服部はめでたく剣道部だ。というか足捌きにも魔法使ってたな。まるで間合いが読めなかった。いや、それで攻撃が竹刀投げじゃなきゃなぁ。
「面目ないでゴザル。私の分も頼んだでゴザル。」
「そこで見ているといい。生徒会総務の強さを。そしてプロレス部部長の強さを。水無月、参る!」
簡易術式をさっと指先でなぞると同時、飛び出していく。やけに時代がかってんな。ここだけ刀狩前か?次鋒は山形というらしい。女子だった。
きっと水無月と性別を合わせたんだろう。今度は剣道部の方が魔法を足捌きに使ってくる。リーチを詰める形だ。一気に距離が縮む。しかし動きに合わせて水無月が面打ちに切り込む。
「浅い!」
くるりと竹刀の先に鍔をかけるように水無月の竹刀を跳ね飛ばす。そのまま返す刀で山形が面打ちに持ち込もうとする。
「なぁッ!?」
重心がズレた。山形が左足を滑らせたようにつんのめる。そう、水無月は最初から竹刀を武器にしていなかった。あとは後ろからポンと背中を押された山形はポテンと前のめりにずっこけてしまう。一回転半ほど回って場外へ行く。
「それじゃオマエがどれだけ強いのかわかんねぇよ」
「しまった。この場合何と叫ぶのだ?『場外!』とか叫ぶのか?私も『めぇーん!』とか言いたかったんだが!」
知らねぇよ!今の戦績は1対1か。というか服部が終わったならもういいんじゃねぇかと思うんだけど。でもまぁ引き分けは性に合わんな。まずはこの簡易術式を、おぉー?発動しない。
「ほら貸しなさい。手、指!」
見かねた冠がちょこちょこっと発動させてくれる。てゆうか魔力通した人の名前が出るんじゃないのね。今のどうやったの?なんかこう指先がぴりっとしたのはわかったんだけど。
「柊心火、参る!」




