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もう一度世界を救うなんて無理っ  作者: 白石有希
5章 悪魔の花が咲く頃に
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5章 6話 毒花の魔法少女

 VS紫編(中編)です。


「痛つつ……」

 悠乃は左肩を押さえて後ずさった。

 被弾した箇所には穴が開き、血がこぼれていた。

「わたくしが接近戦を苦手とするタイプの魔法少女だと思ったのかしら?」

 紫は妖艶に微笑むと、銃口から立ち上る硝煙を吹き消した。

()()()。わたくしは接近戦なんてからっきしの遠距離専門型」

 悠乃もこれまでの攻防で黒百合紫が遠距離から物量で相手を圧倒するタイプである事は察していた。

 そして、彼女自身の動きは鈍いことも。

 しかし――

「でも、アオイちゃんなら知っているわよね? 同じ、世界を救った魔法少女なんだものぉ」


「――弱点を弱点のままにして救えるほど、世界は軽くない」


 当然、魔法少女には得手不得手がある。

 それは魔法に特色がある以上は仕方のないことだ。

 だから悠乃たちはチームで弱点を補いあった。

 しかしそれだけではない。

 連携は当然として、各々に苦手分野でも最低限の行動はとれるように努力を重ねてきた。

 紫が言う通り、弱点を弱点のまま放置しておいて戦い抜けるほど、世界を守る戦いとは簡単なものではないのだから。

 そして、接近戦が苦手な紫が行き着いた答えが――早撃ちだったのだ。

 接近戦のできない彼女が、近づいてきた相手の初撃を潰すための手段。

 それが悠乃の攻撃を跳ねのけたのだ。

(それにしても……)

 悠乃は疑問に思う。

 確かに彼女は銃弾を食らった。

 しかし――()()()()()()()()()

 弾丸は肉を貫くことなく、悠乃の左肩の中に残っている。

 魔力を込めてなお人体を貫けない。

 そのことは何を意味しているのか。

「うふふ……」

 紫は頬に手を当てて口元を緩めた。

「わたくしの魔法を計りかねているのね」

 ――でも大丈夫よぉ。

 そう紫は続ける。

「――だって、すぐに見られるから」

「何を――ぃぎッ……!?」

 突如、悠乃の肩に痛みが走った。

 反射的に身を跳ねさせ、悠乃は痛んだ場所へと視線を向けた。

「何……これ?」

「根よ。わたくしが撃ちこんだ『種』の」

 皮膚の下に黒い脈が伸びている。

 それは銃創を中心として広がり、悠乃の肩を覆い始めていた。

「わたくしに種付けされると、種は体内で根を伸ばす」

「ぐぅ……」

 根が伸びるたび、肉をほじくられて痛みが増す。

 悠乃は表情を歪めた。

「そして根は神経と――()()()()()()()

「なッ……!?」

 突然の出来事だった。

 悠乃の左腕が勝手に動き始め、彼女自身の首を絞め始めたのだ。

「神経を支配すれば、動きを支配できる」

「ぅ……!」

 呼吸を止められ、悠乃が呻く。

 そんな彼女へと、さらに銃口を向ける紫。

「いっぱい種付けして、貴女を花瓶にしてあげるわぁ」

「が、ぁぁッ!」

 悠乃は痛みに耐えながら、咄嗟の判断で氷剣を霧散させ、氷銃を作りだした。

 そのまま氷弾を――左肩に撃ち込む。

 すると冷気が悠乃の肉を凍らせ――体内の根を凍らせた。

 紫が操る植物のせいで悠乃の神経が掌握され、思うがままに操作されているというのならば植物を機能停止させればいい。 

 単純な話だ。

「っ」

 悠乃は横に跳ぶ。

 そんな彼女の頬を掠めるようにして銃弾が飛んでゆく。

 紫が発砲したのだ。

「確かに早撃ちには驚いたけど、所詮は初見殺しだよ」

 悠乃が攻撃を食らったのは、彼女が得意とする技術を知らなかったから。

 そして、それを知ってしまった今、なんのひねりもない銃弾など簡単に躱せる。

 黒百合紫にとって早撃ちは弱点を克服するための技術であり、得意分野には程遠いのだから。

「やっぱり――《花嫁戦形(Mariage)》が相手だと苦しいわね」

 悠乃が対応することなど織り込み済みだったのだろう。

 紫は発砲と同時に後方へと跳んでおり、再び間合いを広げていた。

 あくまで彼女が得意とするのは遠距離なのだ。


「わたくしも――見せるべきなのかしら」


 そう紫が呟いた。

 同時に彼女が黒い魔力を放つ。

 禍々しくも妖しい魅力を持つ魔力を。

 それはまるで罠へと虫をおびき寄せるために食虫花が放つ甘い香りのようだった。


「――Mariage。――《黒百合の花園(グリーンガウン)・魔界樹林(・ユグドラシル)》」


 紫がそう唱えると、彼女は足元から現れた植物に――()()()()

 まるで蠅取り草のような植物が、左右から紫の体を挟み込んだのだ。

 見えなくなる彼女の姿。

 だがそれも一瞬。

 食虫花が内部から光に照らされ、シルエットを浮かび上がらせる。

 美しい曲線を描く、美女のシルエットを。

 同時に食虫花が不自然に膨らみ始めた。

 膨張は止まることなく――紫を挟み込んでいた植物が――弾ける。

「はぁい」

 ついに姿を現す紫。

 しかしその姿は――異様だった。


「黒い……花嫁衣裳……?」


 純黒にして漆黒。

 紫が纏っていたのは――()()()()()()()()()()()()()()

 これまで悠乃が見てきた《花嫁戦形》は総じて白い衣装を身に纏っていた。

 黒い花嫁衣裳など、見たこともない。

 ひどく、不気味だ。

 世界を救う魔法少女とは思えない雰囲気。

「うふふ……」

 なによりも、紫が放つ異様な気配が恐ろしい。

「おいでぇ……グリーンガウン」

「おおう……?」

 紫が呼びかけると、彼女の傍らに緑色の人間が現れた。

 もっとも、人型をしているだけで悠乃が知る人類とはかけ離れているが。

 空洞の目。歯のない口。何より、喉の奥など――体の内部では大量の茨がひしめいていた。

 つまりあれは、紫の魔法で作られた人形だ。

「それじゃぁ……」

 紫は微笑みを浮かべたまま、悠乃へと指を向けた。

「――――――やって?」

 そんな命令だった。

 軽い声音で告げられたオーダー。

 それを緑の人型――グリーンガウンは遂行する。

「お、お、おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」

 グリーンガウンが――目の前に現れた。

(速いッ!)

 すさまじい速力での接近に、悠乃は驚愕した。

 すでにグリーンガウンは拳を振り始めていた。

 単純な身体能力なら、グリーンガウンは彼女を凌駕している。

「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」

 とはいえ、それは『単純な』話だ。

 複雑怪奇な戦場での話ではない。

「くッ……」

 悠乃は――時間を凍らせた。

 彼女以外の万物が余すことなく凍結する。

 その隙に悠乃はわずかに首を傾け、グリーンガウンの拳の下に潜り込んだ。

「――解除」

 時間停止を解けば、グリーンガウンの拳が凄まじい風圧を伴って悠乃の頭上を抜けてゆく。

 もしも直撃したのなら、一撃で頭蓋骨を割られそうな威力だ。

「はあッ!」

 悠乃は腰をひねるようにして氷剣を振り抜いた。

 大振りの攻撃で隙だらけだったグリーンガウンの脇腹に横一線が引かれる。

 裂けた体。

 そこから――大量の茨が噴き出した。

「マズッ……!」

 悠乃は反射的に植物の津波を凍りつかせると、そのまま一気に後方へと跳んだ。

 その判断は正解だった。

 なぜなら、悠乃が作った氷の壁は後続の植物に圧殺されて一秒と耐えられなかったのだから。

 だが、事態は終わらない。

 後方に跳んだ悠乃。

 そこにグリーンガウンは、彼女の着地を待たずに再接近する。

「ぁぐッ!?」

 グリーンガウンの拳は悠乃の防御を貫き、彼女の腹を打ち据えた。

 悠乃は胃液を散らしながら一〇〇メートル以上吹っ飛ばされる。

 そのまま地面を転がる悠乃。

 彼女の体が止まるころには、グリーンガウンが豆粒のような大きさにしか見えなくなっていた。

(――距離が)

 黒百合紫は遠距離型だ。

 倒すには接近戦を仕掛けなければならない。

 しかし、グリーンガウンがいるせいで間合いを詰められない。

 詰めても、すぐに間合いの外に弾きだされてしまう。

(このままやっても勝ち目はないか……)

 悠乃はそう結論付けた。

 割に合わない。

 一対一で戦うにはあまりにリスクが大きい相手だ。

 これは他の仲間と合流してから倒すべき相手だろう。

 このまま逃げれば、悠乃の損失はなく、敵の顔を確認できたというリターンだけが残る。

 幸いにして、両者の距離は遠い。

 逃げる判断をするのなら――今。

「ッ!」

 悠乃はグリーンガウンに背を向けて跳んだ。

 あれが接近戦を苦手とする紫を守るための魔法なら、悠乃を深追いすることはないはず――だが。

「――そう上手くはいかないか……」

 悠乃はちらりと後方を目視した。

 グリーンガウンが追ってきている。それも目に見えて距離が縮まっていることが分かるほどのスピードで。

 一〇秒とかからず追いつかれてしまうだろう。

「おおおおおおおおおおおおおお!」

 振るわれるグリーンガウンの拳。

 それを悠乃は氷剣で受け流す。

「マジカル☆サファイア捕まえる。生かして生かして捕まえる」

「……言動からすると、あんまり優等生には見えないね」

 悠乃は冷や汗を垂らしながらもそう評した。

 グリーンガウンには大した知能はない。

 それこそ、紫の命令をそのままこなすだけだ。

「でも……パワーと操作距離は脅威だね」

 悠乃を大きく超えるパワー。

 そして、これだけ本体である紫から離れても陰りを見せない遠隔操作。

 グリーンガウンを操作できる距離にも限界があると考えての逃走だったのだが予想が外れていたらしい。

「戦い方の雑さから考えると、自律行動なのかな?」

 グリーンガウンの戦い方からは賢さが見えない。

 それにここまで離れてしまえば、紫に戦場の様子は分からない。

 それでもグリーンガウンが動けるということは、紫が細かく操作しているわけではないということだ。

 自律操作型であるからこそ、自身の目が届かないところでも滞りなく命令を実行できるのだ。

「つまり僕は、こいつを撒かないといけないわけか……」

 悠乃を追うようプログラムされているグリーンガウンを押さえ込み逃走。

 かなりの重労働だ。

 だが――


「やるしかないか……」


 できなければ死ぬだけだ――


 黒い《花嫁戦形》の初出です。

 ちなみに黒いからといって=悪ではありません。

 ただ『目的のために手段を選ばない』だとか『一般的な倫理を踏み越えてでも叶えたい目的がある』人物に対して覚醒しやすい形態です。

 ですので覚醒者には『破綻者』『合理主義者』『度を越えたお人よし』などが多いです。

 作中における適性の持ち主は、薫子、エレナ、リリスあたりですかね。

 他のメンバーはなんだかんだで踏みとどまります。

 そういう精神性の持ち主が覚醒することもあり、黒の《花嫁戦形》は自重しない『ヤケクソ』な能力であることが多いです。あと自滅のリスクがあったりします。

 安定感では正統覚醒である白の《花嫁戦形》が上です。

 まあ、黒の《花嫁戦形》に目覚める人物は大概、代償を払ってでも身分不相応な目的を果たそうとする人物なんで仕方がないんですが。

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