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もう一度世界を救うなんて無理っ  作者: 白石有希
5章 悪魔の花が咲く頃に
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5章 3話 どこにもいない少女

 マリアの記憶を呼び覚まそうPART2です。

「残念ながらマリアちゃんらしき女の子の情報はまだ見つかっていないわ」

 スーツを着た女性――宮廻環(みやめぐりたまき)はそう言って首を振る。

 彼女は記者をしていることもあり様々な方面に顔が利くという。

 そのため、悠乃は彼女にマリアらしき少女を探してもらうことにしていたのだ。

 マリアがいつ記憶を失ったのかは分からない。

 しかし彼女が悠乃と出会ってからすでに数日が経っている。

 つまり最低でも数日間、マリアは行方不明になっているというわけだ。

 そうなれば捜索願が出ていても不思議ではない。

 もしかするとマリアと共通する特徴を持った行方不明者がいるかもしれないと思っていたのだが無駄足だったらしい。

「そうですか……」

 自然と悠乃の声も沈んだものとなる。

「ま、そう気を落とすこともねーだろ」

 そんな風に璃紗は口にした。

「マリアが魔法少女だとして、悠乃みてーに変身の前後で見た目がめちゃくちゃ変わるタイプの可能性もあんだろ?」

「確かにそうだった場合、今のマリアさんの特徴とは当てはまらない可能性はありますね」

 璃紗と薫子の言葉に悠乃は少しだけ納得する。

 蒼井悠乃は魔法少女だ。

 そして、本当の性別は――男。

 変身の前後で生まれ持った性別さえ変わる者がいるのだ。

 世良マリアが変身の前後で別人じみた容姿を持っていたとしても不思議がない。

 だとすると、変身後の姿で探したところで本人には行きつかない。

「もっとも、マリアさんが魔法少女である可能性の根拠となったのは魔力で作られた衣装だけ。変身をするわけでも、魔法を使うわけでもない以上、彼女の正体は謎に包まれているのですが」

 薫子は静かに思案している。

 世良マリアが魔法少女である事を前提として悠乃たちは動いている。

 だが、本人が覚えていない以上はマリアのルーツを知る術はないのだ。

「せっかくだし、鍛えてみたらどーだ? マリアにも魔力はあるんだろ?」

 璃紗がしたのはそんな提案だった。

 鍛える。

 つまり魔力の扱い方を教えるということだろう。

「もしも美月の予想が正しくて――マリアが魔法少女としての活動を長くしていたとするのなら……」

「魔力の扱いを覚えることは、失くした記憶を刺激する可能性がありますね」

 薫子から見ても、璃紗のアイデアは悪くないもののようだ。

 もしマリアが魔法少女として活動していたことがあるのなら、魔力操作の技術は避けては通れない。

 いくら魔法少女になることで身体能力が上がるとはいえ、魔力を操作できないのでは強力な敵には勝てない。

 考えてみれば、もっともマリアの記憶を刺激できる行動は魔力操作だったのではないだろうか。

 盲点だった。

「マリアはどう思う?」

 悠乃はマリアに尋ねた。

 結局のところは彼女の意志次第だ。

 食事などと違い、魔力操作の練習は楽しいことばかりではないだろう。

 彼女が嫌がるのならば強制しづらい。

「魔力操作…………」

 マリアは考え込む。

 これまで生活してゆく中で二つのことが分かっている。

 世良マリアには魔力がある事。

 しかし、今の彼女は魔力の扱えていないこと。

 魔力の使い方を覚えるかは彼女次第。

「《逆十字魔女団》がまた私を殺しに来る可能性があるのよね」

「……そうだね」

 悠乃は沈んだ表情になる。

 マリアの言うことを否定してあげることはできない。

 《逆十字魔女団》の目的は分からない。

 そしてマリアがここにいて、彼女たちもどこかにいる。

 それならば、戦いは終わっていないと考えるべきだ。

「なら記憶はともかくとして、自衛の手段は必要なのよね」

 璃紗の提案のメリットはそこにもある。

 もしも魔力の扱い方を学ぶことが記憶を取り戻すキッカケにならなかったとしても、彼女の身を守る手段として役に立つ。

 少しでもマリアが時間を稼げたのなら、悠乃たちが駆けつける余裕もある。

 そんな側面もあるのだ。

「きっとこれも運命ね」

 マリアは一度深呼吸をした。

 そして――


「私は、魔力の扱い方を教えて欲しいわ」



「懐かしいなー」

 悠乃は周囲を見回した。

 そこは高架下だった。

 近くは工場地帯ということもあって、住宅は皆無。

 結果として人通りも少なくなって寂れた人間のエアポケットだ。

「……もしかして、あなたはホームレス?」

「そういう意味じゃないよ!?」

 悠乃はマリアの言葉を慌てて否定する。

 まさかここに住んでいたと思われるとは。

 確かに不法投棄された家電や、捨てられた段ボールもあってホームレス生活ができそうな場所ではあるのだが。

「そうじゃなくて。ここは()()()()()()()()()()()()()

「ここが……?」

「そう。広くて人がいない。便利でしょ?」

 悠乃はそう笑いかけた。

 ここは5年前の戦いの際、悠乃たちが魔法の訓練に使っていた場所だった。

 最終的にはイメージトレーニングだけでも一定の成果が得られるようになった。

 しかし、最初の悠乃たちは普通の小学生だったのだ。

 そんな修行法などすぐにできるわけがない。

 だが次々と現れる敵を前に力を蓄える必要はある。

 これらの問題を解決するために選ばれたのがこの場所だったのだ。

「そーそー。見ろよマリア。あの柱の傷は、悠乃が的を外した時のやつなんだぜ」

「ちょ……! 璃紗ぁ……!」

 恥ずかしい話を暴露され悠乃は赤面する。

 彼女が話していたのは、彼が氷銃の練習をしていた時のことだ。

 ドラム缶を標的にしていたのだが、的を外れた氷弾がそのまま背後にあった柱を抉ったのだ。

 あの時は「は、橋が崩れちゃうぅぅ!?」などとうろたえたものだ。

 もっとも、威力はかなり抑えていたので橋が崩落することはないのだろうが。

「ふふっ……」

 自然と悠乃の口から笑みがこぼれた。

 そう考えると、本当に思い出深い。

 もうここに来ることはないと思っていたのだが、まさか5年越しに訪れることになるとは妙な縁もあったものだ。

 マリアの言葉を借りるのなら、運命に導かれたとでもいうべきか。

「わたくしも懐かしいですね……」

 薫子も悠乃たちから少し離れた位置でしみじみと呟いている。

 彼女にとってもここは思い出の地なのだ。

 慈しむような彼女の視線の先にあるのは――バネが飛びだした古いソファ。


「家族に見放された時……三日ほどここで寝泊まりしたのを思い出します……」


「「「………………」」」

 ――聞かなかったことにした。

 どうやらあの戦いの後も、彼女はここにお世話になっていたようだが聞かなかったことにした。

 深く追及する勇気はない。

「じゃ、じゃあまずは――魔力を動かすとこからかッ」

 璃紗もこの話題は避けるべきと考えたのか、魔力操作へと話を変えてゆく。

「そ、そう……! それが本題だもんね!」

「……どうすればいいの?」

 その流れに便乗する悠乃とマリア。

 自然と話は修行にシフトした。

 璃紗がマリアの前へと歩いてゆく。

 彼女が魔力の扱いを教えるつもりのようだ。

(あれ……? でも――)

 しかし、そのことに疑問を覚える悠乃。

 彼の記憶が正しければ――

「まずはそーだな。体の中のズーって感じの――」

「はい。璃紗ストップー」

(うん。やっぱり璃紗の説明じゃさっぱりだ)

 璃紗の手を引く悠乃。

「お、おい……!」

「璃紗さんは端っこで見ておいてくださいね」

「薫姉までどーしたんだよ……!?」

 薫子も加わって璃紗を引っ張り始めたことで、彼女は困惑する。

 そう。

 朱美璃紗は他人に物事を説明するのが致命的に下手だったのだ。

 擬音ばかりで具体的な光景が浮かばない。

 悠乃が最初に彼女から魔法少女としての技術を教わった時は、意味が分からなすぎて半泣きになってしまったほどだ。

 結局、薫子に最初から教え直してもらうことで魔法も上手く使えるようになったのだが。

 やはり、感覚派は誰かに分かるように説明するのが不得手らしい。

「ごほん……。それでは、わたくしが説明しますね」

 璃紗を追いやると、薫子が咳払いをした。

「まず前提として、わたくしたち魔法少女には魔力が通る神経――魔力神経とでもいうべきものが備わっています。とはいえ、それを詳しく理解する必要はありません。別に、解剖したところで現実に存在しているわけではありませんし。これはあくまで概念のようなものです」

 魔力神経。

 それは魔法少女にある魔力ラインの事だ。

 血管のように、地脈のように体内を広がる魔力の通り道を便宜的にそう呼称しているらしい。

「ですので、それはイメージを補強するための知識と思っておいてください」

 想像とはゼロからは生まれない。

 なんらかの下地があってこそ、想像は確固としたものとなるのだ。

 薫子が話したのはそんな『土台』の話。

「――まずは……目を閉じてください」

 薫子が静かに語りかけた。

 それに従い、マリアは閉眼する。

「それでは丹田にある何かの存在へと意識を向けてください」

「電話持ってない」

「それはイタ電です」

 薫子は嘆息する。

「……丹田が何か分からない」

「――臍の少し下あたりです」

 薫子が言い直すと、マリアは沈黙した。

 ようやく集中できるようになったらしい。

「そこにある存在を感じ取り――そうですね、まずは利き腕へと集中してみましょうか」

 魔力を動かすものがイメージであるのなら、当然のようにイメージしやすい場所としづらい場所がある。

 悠乃たちの経験上、もっとも難易度が低いのが利き腕だった。

 人体の中でも一番器用に動かせる部位だからだ。

 そこからさらに指先へと魔力を収束させ――放出する。

 それこそが悠乃たちがしてきた魔力制御の練習法だ。

「結局は試行回数です。まずはやってみましょうか」

 薫子はそう締めくくった。

 慣れてしまえばなんてことはない。

 しかし、最初は上手くいかないものだ。

 普通の人間にはないものを操作しようというのだから。

 それこそ腕がいきなり4本に増えるようなものだ。容易なわけがない。

「やってみる」

 マリアはそう口にすると、さらに深く集中してゆく。

「ッ――――!」

 マリアの集中が深まり続ける。

 とても『初めてとは思えない』深度まで。

(やっぱり……マリアは魔法少女として戦っていたんだッ……!)

 記憶を失ってなお、体は忘れていないのだ。

 悠乃はそう確信する。

「はぁッ……!」

「こ……これはッ……!?」

 声を上げるマリア。

 その鬼気迫る様子に薫子も驚きの声を漏らしていた。

 一拍の後、マリアが薄目を開ける。

「……! できた……?」

 少し不安げに尋ねてくるマリア。

 そんな彼女の姿を見て、ようやく硬直から解放された薫子が戦慄したように総評を口にする


「気合いだけでまったく魔力が出ていない……! 必死に魔法少女に変身しようとしていた頃のわたくしを彷彿とします……!」


(ま……最初はそんな感じだよねぇ)

 結論から言うと、マリアは魔力の操作はできていなかった。

 魔力の存在を掴み損ねたのか。

 掴むことはできたが、動かすに至らなかったのか。

 そこまでは分からなかったが、悠乃たちの目から見てマリアの魔力が彼女の体を巡っている様子はなかった。

「――正直、集中力だけでいけばかなり良い線行っていると思うけど」

 それこそ初めてである事をうかがわせないスムーズさだった。

 途中までは、あっさり彼女が魔力を制御してしまうのではないかと思ったほどに。

「やっぱ薫姉の説明は難しーんだよ」

 そう言ったのは璃紗だ。

 彼女は薫子の隣に並び立つと、自信ありげに指示を出す。

「バッと出して、ガッとまとめて、ズバッと撃て!」

「「アバウト……!?」」

 すでに魔力を操作できる悠乃たちだからこそかろうじて理解できる。

 しかし初心者には無茶ぶりとしか思えない教え方だ。

 そんな説明ではかえって混乱――


「――できたわ」


「「なんでぇ!?」」

 意外にもマリアには合っていたらしく、あっさりと魔力操作を成し遂げてしまった。

「これも――運命の導きね」

 マリアは掌に魔力球を作りだしながらつぶやいた。

 浮遊している魔弾は綺麗な球形をしており歪みがない。

 どうやら魔力を体に巡らせるだけではなく、体外への放出にも成功しているらしい。

 一足飛ばしの成果といって良い。


(もしかしてマリアって……かなり感覚派?)


 悠乃と薫子は「なぜあれで分かるのか」と頭を抱えることになるのだった。


 悠乃たちの思い出の地――特訓場からお送りしました。


 次回は『黒百合は咲いて』です。

 今回はいつもより早く一戦目が始まります。

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