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もう一度世界を救うなんて無理っ  作者: 白石有希
5章 悪魔の花が咲く頃に
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5章 1話 わたくしは弱いまま

 薫子回です。


「――イワモンさん。お話があるのですが」


 金龍寺薫子(きんりゅうじかおるこ)はそう言った。



「――新しい力、か」

「…………はい」

 神妙な顔をした薫子にイワモンは思案する。

 無力。

 最近の薫子はその言葉ばかりが脳内を巡っていた。

「悠乃君も、璃紗さんも《花嫁戦形(Mariage)》を会得しました」

 それをきっと喜ばしいことなのだろう。

 強くなればなるほど、友人を失う確率は少なくて済むのだから。

 だが、そうもいかないのが人間の心だ。

「わたくしは……弱いまま」

 綺麗にいうのなら羨望。

 露悪的にいえば嫉妬。

 薫子が抱いていたのはそんな感情だ。

「自分の価値を求めて魔法少女になったのに。わたくしは弱いまま」

 今の自分は、役に立てているのだろうか。

 回復魔法。戦術。

 だが、それだって圧倒的な力には敵わない。

 《花嫁戦形》によって得られる戦力に比べれば微々たるものだろう。

「つまるところ、君は《花嫁戦形》を会得したいというわけなのだね」

「もしくは、それに代わる何かを」

 今の彼女では《逆十字魔女団》との戦いに勝てない。

 もっと、力が必要なのだ。

「イワモンさん。見苦しいとは思います。しかし、何が何でも……わたくしは力が欲しい」

 藁にもすがる思いだった。

 イワモンなら、魔法少女の力を引き出す術を持っているのではないか。

 そんなものがあるなら彼が隠すはずもないのに、そんなことを尋ねていた。

 悠乃や璃紗との差が開いてゆく恐怖。

 春陽や美月に追いつかれてゆく焦燥。

 それらが薫子から冷静さを奪っていた。

「――なるほど」

 イワモンが頷く。

 そして――


「リスクはあるが……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


「…………!?」

 イワモンが口にした言葉。

 それは薫子を驚かせるには充分なものだった。

 半信半疑どころか、駄目で元々だったというのに。

「先に言っておくが、これは臨床実験さえまともにされていない研究なのだよ。どんな副作用が起こってもおかしくはない」

 イワモンはそう前置きする。

「場合によっては、()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 ――それでもいいのかね?

 イワモンが問いかけてくる。

 それは毒のような言霊だった。

 大きすぎるリスク。

 リスクを背負うのではない、リスクを背負うのかさえ分からないというリスクに手を出すのだ。

 無謀以外の何物でもない。 

 いつもの薫子であれば取り得ない選択肢。

 しかし今日の彼女は――正気ではなかった。

「やります。わたくしは、強くなるためならば何だって出来ます」

(わたくしに守らなければならないものはない……)

 人にはそれぞれ守るべきものがある。

 自分の命。

 自分の矜持。

 自分の家族、友人。

 しかし、薫子にはそれらがない。

 人生やプライドに何の価値も見出せない。

 家族は――()()()

 友人は――()()()()()()()()()()()()()()

 今の薫子には守るべきものも、守ることのできるものもなかったのだ。

(強くなれば……守れるものがある)

 もしも薫子が悠乃たちと同等の力を得たのならば――そこで初めて、仲間たちを守る『資格』を手にするのだ。

「リスクなんて承知です。弱いままなら、魔法少女になった意味がありません」

 薫子は両腕で自分自身を強く抱きしめる。

「人間としての意味は諦めました。だけど……魔法少女としての意味くらいは」

 期待、したいのだ。

「わたくしは、魔法少女として世界を救いたい。それだけが、わたくしに許された報酬だから」

 世界を守ったとして、それが薫子のおかげだと知る人はいないだろう。

 それでいい。

 薫子という人間の価値はもう諦めているから。

 自己満足でも良い。

 自分を慰められる結果が欲しい。

 それだけで、もう生きてゆけるから。

「わたくしがどうなろうと構いません。力が欲しい」

「――力が手に入る保証はないのだよ?」

「力が手に入らないくらいなら……副作用で死んでしまいたいくらいです」

「……挑戦せずにはいられないということか」

「わたくしが副作用で死ねば……研究の成果が失敗だったと分かるでしょう? 実験体になれた分、何もしなかった未来よりも喜ばしいくらいです」

 そう薫子は言い切った。

 何かを残さないといけない。

 そう彼女は信じている。

 今の自分には価値がないから。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()

「まあいいだろう。どのみち、魔法少女の《花嫁戦形》を強制開花させる実験は停滞していたのだ。どうせ実験するのなら、乗り気な人間のほうが角が立たない」

 イワモンはそう言うと、懐から黒いクリスタルを引き出した。

 黒いクリスタル。

 そう言葉にすると、黒白姉妹が取り込んだ結晶を思い出す。

 しかし、あんな純度の高い黒ではなかった。

 もっと禍々しく、諦めに満ちた輝きを放っている。

 見ているだけで気持ちが沈んでゆくような代物だ。

「これは朕たちが《怪画(カリカチュア)》など――世界を危機にさらした者たちの魂を押し固めて作った結晶だ」

 イワモンがそう言うと、薫子は内心で納得した。

 あの欝々としたクリスタルの輝きは――怨念だったのだ。

「《花嫁戦形》の多くが、敵に追い詰められたとき……命が危険にさらされるほど敵の攻撃を食らい続けた時に覚醒している」

「だから『敵』を体に取り込むことで、自発的に危機へと陥り《花嫁戦形》となりやすい状況を作るというわけですね」

 構想自体は単純だ。

 《花嫁戦形》になりやすい状況を予測し、それを実現することで魔法少女の覚醒を促す。

 問題といえば、理屈通りに物事が進まないことのほうが多いことくらいか。

「これまでの実験では、多くの魔法少女が力を向上させた。しかし、向上した魔力を制御できなくなった結果として、以前より弱体化するというケースがほとんどだ。残りは魔力を制御できずに死んだ。今のところ、使用前よりも強くなった魔法少女はいない」

 例えば、免許を取ったばかりの人間がレースカーに乗ったとして速く走れるだろうか。

 おそらく事故を起こして永遠にゴールできないか、必要以上に慎重に走った結果として異常に遅いタイムを記録するだろう。

 身の丈に合ったスペックの道具でこそ最高の力が発揮できる。

 そんな当然ともいえるバランスを欠いてしまったが故に、以前実験に参加した魔法少女は弱体化したのだろう。

 しかし言い換えてしまえば、制御できないくらいに強くなったのだ。

 制御さえできたのならば、以前よりも強い力を得られるのは明白。

 やらない理由は――なかった。

「それでも……お願いします」

 薫子は深々と頭を下げた。

 そんな彼女の懇願に、イワモンは嘆息するのであった。


「分かった。薫嬢を被験体とすることを認めよう」


 薫子、怪しいブツに手を出してしまう。


 ちなみに、薫子、春陽、美月の《花嫁戦形》も考えてあります。

 次回は『マリアの記憶を取り戻そう』です。

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