3章 プロローグ 無冠の女帝
5年前――先代魔王が敗北した直後のお話。
とある少女が重すぎる責務を背負わされる話。
そして、とある少女が夢を失った話。
「魔王様が! 魔王様が魔法少女に敗れただと!?」「なんということだ! あの方が勝てぬ相手に、我々で太刀打ちできるのか!?」「ここで我らの命運も尽きるのか……!?」
魔王城はかつてないほどのパニックに蝕まれていた。
当然だ。
彼ら――《怪画》にとって絶対の存在である魔王が敗北したのだ。
《怪画》としての本能に従って人間を殺し、暴虐の限りを尽くした王が。
それを押し通すだけの力を持っていた王が敗北したのだ。
彼の足元にも及ばない力量しかない《怪画》たちにとって、その知らせはあまりの絶望的であった。
「落ち着け……。王だ。我々には新しい王が必要だ」
だから、そんな結論に至るのも時間の問題だった。
導き手を失った彼らが、新しい指導者を求めるのは。
「そうだ。王がいれば……新しい王がいれば我らはまだ終わらない」「では誰が王になるのだ」「やはり、ここは魔王様の血筋の者から選定するのが妥当だろう」
魔王の子を新たな魔王に。
そんな流れが場を支配する。
だから――『彼女』は確信していた。
新たな魔王に選ばれるのは自分――
「――グリザイユ様だ。私は、あの方を新たな王に推薦する」
グリザイユ・カリカチュア。
その名が出ると、《怪画》たちはどよめいた。
だがそれは決して疑問の声ではない。
「そうだ。グリザイユ様であれば、我らの未来を託せる」「あの方こそ、我々の新しい希望となるだろう……」「新しい魔王はグリザイユ様だ……」
次々と湧く同意の声。
それを否定する者もいるが、圧倒的多数の声に押し流される。
多数決で決した。
一人の暴君に導かれてきた民が、民主主義で新たな王を選んだ。
なんの策謀も根回しもなく決めた。
魔王の娘――次女であるグリザイユこそが王なのだと。
その日、《怪画》を統べる魔王が敗北した。
そして、新たな王が生まれた。
これを機に、《怪画》と魔法少女の戦いは新たな局面を迎えてゆく。
そんな時、少女――キリエはうつむいていた。
柱の陰に隠れ、《怪画》たちの話を耳にして。
「なんで……?」
キリエはそう漏らす。
「なんでそんな簡単にお父様の後継を決めるの……? お父様の役にも立てなかった雑魚共が……」
キリエの声は震えていた。
疑問と怒りの炎を燻らせ。
「なんで……あいつなの? なんでアタシじゃ駄目なの……?」
キリエの足元には複数の水滴が落ちていた。
だが、視界が滲んでいて彼女はそれに気付けない。
足元が崩れてゆくような感覚。
自分の信じてきた未来が砕け散る音が聞こえた。
「アタシが姉なのに……。お父様の考えを一番分かっているのはアタシなのに……」
キリエはそう繰り返す。
「……なんで。アタシが魔王になったらダメなの?」
魔王の血筋――その長女たるキリエ・カリカチュアはそう問いかけた。
それからすぐ彼女の妹であるグリザイユ・カリカチュアが新魔王に就任した。
彼女はこれまでの体制を一新し、独立独歩を貫いていた《怪画》をまとめ上げた。
すでに半壊している戦力を駆使し、彼女は魔法少女を追い詰めた。
その手腕を多くの《怪画》が褒めたたえた。
そしてグリザイユは魔法少女との一騎打ちに臨み――敗れた。
その事実に《怪画》は打ちのめされ、多くの《怪画》は離散した。
そこで《怪画》と魔法少女の戦いは終わるはずだった。
キリエ・カリカチュアがいなければ。
彼女は再起を諦めていない《怪画》を集め、残党軍を作った。
そして五年もの年月を経て、ついに魔法少女と矛を交えるまでの勢力へと回復させたのだ。
――たった一つの夢を胸に。
ついに来ました第3章。
第1部の最終章ということもあり、ボスの強さはこれまで以上。
グリザイユを君主として敬愛したレディメイド。
グリザイユを家族として愛したギャラリー。
そんな二人に続く次なる敵は、グリザイユの陰に埋もれて魔王にはなれなかった《怪画》キリエ・カリカチュア。
初めてグリザイユに明確な憎悪を持つキリエとの戦いの結末は――。
余談。お正月ということで、短編小説『もう一度世界を救うなんて無理:世界を救う少女たちの初詣』を投稿いたしました。
設定としましては5年前。それもグリザイユの夜の直前のお話です。
よろしければ、昔の悠乃たちの物語を読んでください!




