未踏章 2話 永遠も悪くないわね
※こちらはIFの物語となります。
天美リリス Happy END『永遠も悪くないわね』
解放条件
・3章終了までにリリスとの邂逅イベントを発生させる(探索パートで美術館を選ぶと低確率で発生)
・6章終了時点でリリスの親愛度が最大。
・9章終了時点までに雲母の救済イベントを発生させる(親愛度が80/100で発生)
本編との差異
・6章終了時にリリス加入イベントが発生
・6章終了時に雲母加入イベントが発生
・黒白姉妹の《花嫁戦形》習得イベントが発生しない。
ラスボス
――世良マリア
総評
・広範囲殲滅型のリリスと、常時カウンター状態の雲母が加入するため戦力はかなり充実している。一方で精神的に不安定な二人が加入することで、精神面での管理を怠ると内部崩壊は避けられない。
ちなみに雲母を救済しないまま本編を終えた場合はノーマルエンド『壊しちゃいたいくらい好きだカラ』へと進む。
「はっ……はっ……!」
悠乃は廊下を走り抜けた。
息を切らし、汗が飛ぶのも構わずに足を動かし続けた。
「院内では走らないでください……!」
「ご、ごめんなさいぃ!」
看護師からの注意に悠乃は首だけで振り返りながら謝罪した。
今、蒼井悠乃がいるのは病院。
だがそのことを忘れてしまうほどに悠乃は焦燥していた。
「――――ふぅ」
悠乃は胸を押さえながら走る速度を緩めた。
彼の下に緊急の連絡が届いたのが二時間ほど前。
慌てて職場を抜け出したものの、病院にたどり着くまでに時間が経ってしまっていた。
「ここ……だよね」
部屋の前のネームプレートを確認する。
そこには一人の女性の名前が書かれていた。
――蒼井リリス、と。
☆
「お、遅れましたぁ……」
おそるおそる悠乃は扉を開く。
そこにいたのは黒髪の女性だった。
彼女――蒼井リリスはベッドに横たわっている。
かすかに聞こえる呼吸音。
どうやら眠ってしまっているらしい。
「頑張ってくれたんだね」
悠乃は彼女を優しく撫でた。
指先が黒髪を滑ってゆく。
以前は手入れもされていなかった髪は、今となっては照明を反射するほどに艶を取り戻している。
「そして何より――ありがとう」
悠乃は彼女が眠るベッドのさらに向こうへと視線を向けた。
そこには小さなもう一つのベッドがある。
上で寝ているのは、小さな命。
蒼井悠乃と蒼井リリスの間で生まれた宝物だ。
「ん……」
わずかにリリスが身じろぎをした。
そして薄く目が開く。
「ごめん。起こしちゃった?」
悠乃がそう問いかけるも、リリスは寝ぼけた様子で目を擦っている。
そして彼女は疲労を色濃く残した表情で欠伸を噛み殺し――
「別に……寝てないから」
「いや。寝てたよね?」
「……寝てないわよ。眠らされたいのかしら?」
「しょ、小学生みたいな主張の上に半ギレ……!?」
悠乃が戦慄していると、リリスが視線を逸らした。
彼女が目を向けているのは――
「あれが……私たちの子供なのね」
「うん」
二人は子供の姿を目に焼き付ける。
親馬鹿なだけかもしれないが、これまで見てきた子供とは比べ物にならないくらい愛らしい。
「――永遠も悪くないわね」
「え?」
リリスが口にした言葉。
あまりに唐突な内容に悠乃は聞き返す。
するとリリスは微笑みを浮かべた。
「私は永遠なんて信じない。愛も友情も、いつかは破滅してしまう」
「…………」
それを悠乃は否定できなかった。
否定したい、とは思う。
自分は彼女をずっと愛し続けると言いたい。
信じて欲しい、そう言いたい。
だけど、リリスが望むのはそんな安易な否定ではないと分かっているから。
ただ静かに続きの言葉を待った。
「だから、朽ちてしまう前にすべてを壊したかった」
きっとそれが、リリスという女性の原点。
「終わってしまう前に自分で壊したのなら『私が壊さなければ永遠だったかもしれないのに』って幻想に浸っていられる」
恐怖。
永遠がないと知ってしまうことへの恐れ。
滅びをまき散らし、永遠を嘲笑う彼女。
だけど永遠を一番信じたがっているのは彼女自身だった。
永遠が幻想だと知ってしまうのが怖いから、すべてを滅ぼしてしまう。
破滅的で退廃的。
綺麗事を純粋に信じているがゆえに、綺麗な幻想を穢さないために破滅を生み出し続けた少女。
「……プロポーズ直後に首を絞められたのを思い出すなぁ」
悠乃はしみじみと天井を見上げた。
「だって、あの瞬間の気持ちを永遠にしてしまいたかったもの」
「僕は内心で『あれ? 僕って結構イタい勘違い男だったのかなぁ?』って思ってたんだからね?」
正直、あの時は本気で殺されると思った。
いや、実際にあの時のリリスは本当に悠乃を殺そうとしていたように見えた。
「だけど悠乃は、最後まで抵抗しなかったわ」
「だって好きな女の子に暴力は振るえないよ」
「――それが初めて」
「?」
リリスの真意が分からず、悠乃は首を傾ける。
「私が永遠を信じても良い、って初めて思わされたって言っているのよ」
そうリリスは微笑む。
小悪魔のような蠱惑的な笑みに、悠乃は思わず赤くなる。
「そんな悠乃となら、一緒に生きていけるかもしれないと思ったわけだけど」
――間違ってなかったみたいね。
「そして、今日が二回目」
リリスは我が子を見つめる。
その柔らかな表情は、破滅的な少女のものではない。
母親の顔だった。
「今の私なら、偽りなくこう言えるわ」
「この子のことを、永遠に愛し続けるって」
――貴方のおかげよ。
☆
「ただいまぁ……」
音を立てないように悠乃は玄関の扉を開く。
そして忍び足で廊下を歩いてゆく。
時刻はすでに午後11時。
どうしても終わらせなければならない仕事があって、なかなか帰ることができなかったのだ。
「もう寝てるよねぇ……」
子供が生まれたら生活のリズムも変わる。
子供の睡眠に合わせ、家族が眠る時間帯も前倒しになっていた。
この時間ならもう、リリスは子供と一緒に眠っていることだろう。
「あれ……?」
家の中に明かりが見えた。
(アトリエ……?)
あの場所にあるのは、リリスの希望で作ったアトリエだ。
大きなものではないが、彼女が絵を描くことに集中できるようにと用意した部屋。
最近は子育てが忙しくてあまり使えていないと聞いていたが――
「リリス……? 起きてるの……?」
静かにアトリエへと足を踏み入れる悠乃。
そこにはキャンバスを前にしたリリスがいた。
懐かしい絵の具まみれのエプロンを身に着け、彼女は真剣な眼差しをキャンバスに向けている。
本来、天美リリスという画家が描くのは、彼女の思想を映し出したかのような破滅的な光景だ。
そこには血も涙も慟哭もない。
なのに胸が苦しくなりそうなほどに絶望的なのだ。
直接的な表現を一切用いない。
にもかかわらず、人間の根幹にある感情を揺さぶる。
そんな作風だったはずなのだが――
「何を……描いてるの?」
「アニメのキャラよ」
どうやら気のせいではなかったらしい。
キャンバスに描かれていたのは、動物をモチーフにしたキャラクターだった。
悠乃も、名前までは覚えていないが見た記憶はある。
「…………なんで?」
「莉乃に……『お母さんの絵は可愛くないから嫌い』って言われたわ」
「………………あぁ」
リリスが拗ねたように頬を膨らませているのを見て、悠乃は納得した。
蒼井莉乃。
それが二人の間に生まれた子供の名前だ。
今年から幼稚園に通い始めたせいか、情緒面での成長がめざましい。
そんな子供の目から見て、リリスの作風は肌に合わなかったのだろう。
自分が描いている絵が子供に酷評され、どうやらショックを受けていたらしい。
そして、莉乃が好きなキャラクターの絵を描いて心を慰めていた。
そんなところだろう。
「ちゃんと……可愛い絵も描けるわよ。描いてないだけだもの。勘違いしないでちょうだい」
「言ってないよね?」
思わぬ飛び火に悠乃は苦笑する。
今日の妻はご機嫌斜めだった。
「もう寝るわ」
リリスはそう言うと、エプロンを脱ぐ。
そのままエプロンを椅子へと乱雑に投げ捨て、アトリエを出た。
「……おやすみなさい」
悠乃はただそう見送る。
リリスはアトリエさえあれば創作活動は可能ということで、家事全般を担当してくれている。
手伝おうとは思っているのだが、仕事で遅くなることが多い悠乃は家庭内の仕事の大半をリリスに任せてしまっているというのが現状だ。
子育てに家事。そこに画家としての活動ともなれば、負担も大きいのだろう。
少し疲れの見える背中にそっと感謝する。
「よいしょっと」
悠乃は脱ぎ捨てられていたエプロンをたたむ。
これくらい手伝ってもバチは当たらないだろう。
「お母さんの絵は嫌い、かぁ」
悠乃は小さく笑った。
「――――――これを見せてあげれば良いだけだと思うけどなぁ」
アトリエの奥には、家族を描いた絵があった。
悠乃がいて。
リリスがいて。
その中心には莉乃がいる。
木漏れ日に照らされた、温かい家庭を描いた絵。
そこにはキャンバスから溢れそうな幸せが存在していた。
「まあ、そんなに器用な生き方はできないよね……」
彼女のことだ。
きっとこの絵は、誰にも見せるつもりはないのだろう。
不器用で、優しさを見せるのがとても苦手な女性だから。
だから――蒼井悠乃は彼女を愛している。
――永遠に。
ハッピーエンドではリリスは破滅主義を捨て、普通の幸せを手にする。
ノーマルエンドではリリスは破滅主義を抱いたまま、自分なりの幸せを手にする。
そんな感じです。




