最終章 エピローグ9 王の胎動
あと二話――
今回はキリエの話です。
「《彩魔王》が死んだか」
暗闇の中、影が起き上がる。
影は人型となり、周囲を見回す。
影がいるのは大聖堂。
ステンドグラス越しの色彩豊かな日差しが部屋を照らす。
荘厳な雰囲気の空間。
だがそれも、影が君臨した瞬間に覆る。
禍々しい魔力を纏う影は、一瞬にして神聖な場を悪徳で染めてゆく。
「オオ――」「ベリアル様……!」
影の周囲に大量の化物が控える。
黒翼を生やした者。雄牛のごとき角を誇る者。
その誰もが、跪く。
一人の男――ベルセリオ・アレクセイを前にして。
「やはり、世を統べるのは俺様でなくてはならないらしいな」
《悪魔王》はそう笑った。
「悪魔の恐ろしさは強さでも狡猾さでもない。何千年かけてなお滅びたことがないという歴史そのものだ」
悪魔。
それは遥か昔より存在し、今もなお人に闇をもたらす存在。
幾度人間が持つ光に照らされても根絶されない絶望。
それこそが悪魔の本質。
「人間たちが俺様の復活を察知するまで時間はある。今のうちに、準備をしておくとしようか」
――念入りにな。
ベリアルは悪辣に笑む。
影に身を隠し、万全の準備が整うまで機をうかがう。
人間が彼の存在に気付いたころには、もう手遅れだ。
「まずは――」
ベリアルが部下の悪魔たちを率いて歩み出した時――聖堂の扉が破壊された。
すさまじい切れ味でサイコロのような欠片に変わった扉。
「うん。幸先が良いね」
少女の声が聞こえる。
逆光のせいで顔は見えず、シルエットのみが映し出される。
声も、体も普通の少女にしか見えない。
――異様に大きな鉤爪以外は。
「お前は誰だ?」
晴れやかな門出を邪魔され、ベリアルは不機嫌さを隠さずに問う。
とはいえ答えが聞きたいわけではない。
問いかけと同時にベリアルは魔力を解き放つ。
王の名を冠する者の魔力。
それが持つプレッシャーは小娘など容易く跪かせ――
「?」
ベリアルは眉をひそめた。
確かに魔力を当てた。
なのに少女は揺るぎさえしない。
そよ風でも受けているかのように揺らがない。
「キリエ――――キリエ・カリカチュア」
「……なに?」
「おや。名前が聞きたかったんじゃないのかな?」
少女――キリエは一切の動揺なくそう口にした。
だが、問題は彼女が名乗った名前。
――カリカチュア。
その名が意味するのは。
「なるほど――《彩魔王》の娘か」
言われてみれば、彼女が持つ魔力はラフガのものと似ている。
「そうか。父を失い、俺様たちの庇護下に入ろうというわけか」
どういうわけか、彼女はベリアルの復活を察知した。
王の後ろ盾をなくしたキリエは、悪魔と合流することで生き永らえようというのだろう。
「うん。なんだか勘違いをされているみたいだね」
しかしキリエが漏らしたのは苦笑。
呆れさえ滲んでいる。
「庇護下に入るのはアタシじゃないよ。君たちさ」
キリエは笑う。
不敵に。
その笑みはまるで、己が王であるかのようだ。
「アタシの部下になりなよ。《悪魔王》」
「ッッ!」
あまりにも無礼な妄言。
ベリアルの脳髄が沸騰した。
「俺様を。王を。魔神を前にして――部下になれだと?」
ベリアルが纏う魔力がさらに重苦しいものに変貌する。
「――奇妙なものだね。悪魔が、神に焦がれているだなんてさ」
キリエの皮肉。
それが最後の一線だった。
「貴様ぁぁぁぁぁぁ!」
ベリアルが床を蹴る。
大聖堂の長椅子を吹き飛ばしながら彼はキリエに迫る。
黒い矢となったベリアルを前にし、死のまま彼女は内臓をぶちまけ――
「はぁ……」
「なッ……!」
ベリアルは瞠目する。
理由は、目の前の少女だ。
片手。
キリエは片手でベリアルを受け止めていた。
彼女の表情にはあからさまな失望が浮かんでいた。
「いくら魔王といっても――お父様に比べたらゴミじゃないか」
キリエの背中が裂ける。
そこからは大量の刃が触手のように噴き出していた。
その凶悪な立ち姿は――悪魔よりも悪魔的だ。
「さっさと決めなよ。お前程度の駒、時間をかけてやるほど貴重じゃないんだからさぁ」
――格付けが終わった。
この瞬間、《悪魔王》のプライドは完全に折られた。
☆
これは始まりの物語。
5年後、10を越える《魔王》の上に君臨する《万魔王》と呼ばれる魔神の始まりを綴る物語だ。
以前も言った通り、5年後の物語を書く予定は今のところありませんが考えてみると面白いものがありますね。
魔法少女としての能力を失った悠乃。
新旧女神の共闘。
など、書いてみると面白そうなアイデアが浮かびますし。
それでは次回は正真正銘の最終話『明日への鼓動』です。




