最終章 エピローグ7 旅立ち
マリアたちのこれからの話です。
「旅に出る……?」
美珠倫世は首を傾げた。
その原因は、目の前の少女が発した言葉だ。
「うん☆」
少女――世良マリアは笑顔で頷く。
どうやら冗談ではないらしい。
「この国も良いけど……海外も良いなぁ」
すでにマリアは旅先へと思いを馳せている。
――世良マリアはあの戦いの後、美珠邸に滞在していた。
戸籍も身分証明書もない彼女が暮らせる場所は簡単に見つからないからだ。
幸いなことに彼女を養うくらいは倫世の家にとってたいした重荷にはならない。
「でも旅となると……お金はどうするの?」
「へい☆イワモ~ン」
「了解した」
マリアが目を向けると、イワモンが立ち上がる。
彼は大風呂敷を背負っている。
その中には――
「これ――――」
「宝石だ」
煌めく宝石たちだった。
その透明感は、倫世が見てきた宝石と比べても見劣りしない。
とはいえ……
「イワモン?」
「なんだね?」
「これ……魔力を感じるんだけど」
そう――この宝石は微量ながら魔力を漂わせている。
明らかに普通の石ではない。
「それは当然だ」
「魔法界から削ってきたもん☆」「魔法界から拝借した」
「な、なっ……!?」
倫世は絶句する。
以前に訪れた魔法界。
あそこには大量の水晶があった。
確かにあれは加工すればかなりの美しさを――
「そ、それ大丈夫なのよね……」
「ああ。テッサさんからもらったのだよ」
「『データは手に入った。これ以上うるさい馬鹿がウロチョロする日々は耐えがたいから、どこかに行け』だって☆」
「追い出されているように聞こえるのだけど!?」
心底面倒そうにマリアたちを追い出すテッサの姿が浮かぶ。
「そんなことないぞ。テッサさんとは、再会の約束を交わした」
「『たまにはデータの補充のために戻ってこい。ガムテープはこちらで用意しておく』だって☆」
「口塞がれるわよね……!? 明らかに鬱陶しがられているわよね……!?」
あまりにも雑な扱いだった。
あからさますぎる。
「この世界を楽しみ尽くすよ~☆」
「うむ」
盛り上がってゆく二人。
倫世はそんな彼女たちを見つめ――
「二人とも、行くアテは特にないのよね?」
倫世はマリアたちから目を逸らしつつ尋ねた。
話の雰囲気から、二人はまだ明確な目的を持っていない。
それなら――
「良かったら…………ロンドンなんかはどうかしら?」
「「?」」
倫世の唐突な提案に、マリアたちは疑問符を浮かべる。
「実は私、来年からロンドンの大学に通うことになっているの」
倫世は名家の娘として、ある種のステータスを得るために海外留学をする予定となっていた。
向こうでは入学式のタイミングが違うため4月から大学生活が始まるわけではない。
しかし、高校卒業と同時に現地へと向かうことになっていた。
知り合いのいない国に、一人で。
一人でいることには慣れている。
だから寂しくない――つもりだった。
だけど――知ってしまった。
誰かといる温かさを。
「向こうにはもう家も用意されているから……」
――拠点は、あったほうが良いでしょう?
そう倫世は言った。
照れのせいで、ひどく尻すぼみになってしまったが。
「「………………」」
マリアとイワモンは顔を見合わせる。
迷惑だっただろうか。
不安になり始める倫世だったが――
「ふむ。二人きりの旅も良いが――楽しみを共有できる相手は多いほうが良いだろう」
「うん☆」
マリアは笑顔で倫世に抱き着く。
「ねー。ベッドはふかふか?」
「そ……そうね。多分、ふかふかよ」
「えへへぇ~。倫世ちゃんの家のベッド大好き~☆」
マリアは些細なことを子供のように喜ぶ。
娯楽どころか平穏さえ奪われた少女。
彼女にとってこの世界は楽しみに満ちているのだろう。
「人間だった頃は海外になんて行ったことなかったし、女神になってからは外国も壊れかけで面白くなかったからね。すぅっごく楽しみっ」
はしゃぐマリア。
しかし、倫世には懸念があった。
「水を差すような話になってしまうけど……パスポートは大丈夫なの」
海外に出るとなれば必須だろう。
そして、身分を証明できないマリアにとって最大の障害。
「…………ぱすぽーと?」
マリアはどうやらパスポートそのものを理解していないようだった。
そうなれば――
「マリア。パスポートは海外旅行をするうえで、必ず持っていなければならない物なのだよ」
「そうなの? じゃあ、取りに行かないとね☆」
「ちなみに、自分の身分を証明できない人間には発行されないものでもある」
「ぇ――――」
マリアが固まる。
理解したのだ。
自分にとって、海外旅行がどれほど困難なものなのかを。
(どうにかしてあげたいけれど――)
倫世はそう考え、あるアイデアを思いつく。
「安心するんだマリア。妙案がある」
(あまり褒められたことではないけれど、魔法界を経由していけば――)
「倫世の親が偽造パスポートを作ってくれるだろう」
「人の親を何だと思ってるのかしら!?」
「? 政治家は全員黒なのだろう?」
「偏見……!?」
「ああ。そうだったな。政治家が白といえば白だった。というわけで、美珠家が総力を挙げて真っ白な偽造パスポートを作ってくれるそうだ」
「私のお父様を無職にする気なの……!?」
「無職と無色をかけたのか……上手いな」
「この上なくマズいのだけど!?」
倫世が半泣きで叫んでいると、イワモンが肩をすくめた。
「冗談だ。一旦魔法界を経由すれば、身分証がなくとも海外に移動できる。かなりグレーだが仕方があるまい」
「そ……そうね」
倫世はその場に座り込んだ。
この二人のテンションに振り回され、精神に疲労感がのしかかる。
(テッサも……大変だったのね)
彼がこの二人を早々に追放したかった気持ちが少しだけ分かった。
作中で語ることはなかったのですが、実は倫世と薫子は同じ高校に通っています。
二人ともぼっちだったので互いを認識していなかったわけですが。
倫世がこの町にいたのは、彼女がここの高校に通っていたからなんですよね。
それでは次回は『さよならまたいつか』です。




