最終章 エピローグ6 タロットが裏返ってから
エピローグは10話前後になる予定です。
「――――――」
とある墓地。
そこには一人の少女がいた。
小学生くらいの幼い少女。
黒で統一されたゴスロリ服と日傘。
彼女――星宮雲母はとある墓石の前にたたずんでいた。
その墓石には書かれている。
――天美、と。
そう。この墓は、天美リリスのために作られたものだった。
彼女の死体は残っていない。
光の粒となり消えてしまった。
だから天美リリスは行方不明として扱われている。
ゆえに美珠倫世がこの墓石を用意したのだ。
彼女の死に様を、雲母たちだけは知っているから。
「今日は、見て欲しいものがあった」
雲母の服が消えてゆく。
変身を解除したのだ。
そうして雲母の服装が元のものへと戻ってゆく。
そして見えたのは――制服だった。
「来月……中学生になるから。見て欲しかった」
雲母がくるりと回れば、制服のスカートがふわりと広がる。
覗く白い肌は、心なしか大人の香りをかもす。
それは肉体的なものか、精神的なものに起因するのか。
「やっぱりここにいたんだねー」
そんな雲母に声がかけられる。
白い肌に白銀の髪。
喪に服すかのような黒ワンピースを身に着けた少女――黒白春陽がそこにいた。
「家にいないと思ったら、ここにいたんですね」
彼女の後ろには、黒いブラウス姿の美月がいた。
携えているショルダーバックには筆記用具と教科書が入っているのだろう。
「?」
雲母は首を傾ける。
黒白姉妹は二人とも黒い服を着ている。
普段なら明るい色の服装を好む春陽もだ。
それはまるで――
「元々、星宮さんの家に行ったら一緒にここへ来る予定だったので問題はなかったんですけど」
美月はメガネを指で押し上げる。
「どうしてここが――」
「今日は、ちょうど二か月ですから」
今日の日付は3月1日。
1月1日に勃発したあの戦争からちょうど二か月。
――彼女が死んでからも、そうだ。
だから雲母はここに来ていると、美月たちは考えたのだろう。
そしてそれは正解だった。
「……手伝ってほしい」
雲母は傍らに置いていたバケツを持ち上げる。
「もちろんだよー」
「ええ。当然です」
二人はそれぞれに道具を手に取り、墓石を綺麗にしてゆく。
「勉強の調子はどうですか?」
「――――――まずまず」
「からのー?」
「――マズすぎるくらいマズい状況。略してまずまず……はっ」
自分の発言を理解し、雲母は肩を跳ねさせる。
しかし時すでに遅し。
美月の視線が鋭くなっていた。
「……春陽さんの誘導尋問に嵌められた」
「高校生パワーだよー」
「とはいえ、姉さんも頑張らなければならない側だと思うんですけどね」
美月は嘆息する。
――現在、雲母は美月に勉強を教えられている。
雲母はこの一年間学校に通っていない。
それを知った美月が、雲母が中学生になるまでの間に学力を底上げしようとしたのだ。
小学生の内容とはいえ、一年分だ。
元より勉強が好きだったわけでもない雲母にとっては大変な作業だった。
事実、難航している。
「美月さん」
「なんですか?」
「最近……テレビの楽しさを知ってしまった」
――小学生が娯楽に勝てる道理があろうか。
そう言外に主張した。
もっとも、
「勉強をしてから見たんですよね?」
「…………ぁぅ」
もっとも、美月ママには通じない言い訳なのだが。
「……人生の楽しみを教えてくれる約束」
「私は、星宮さんの人生に責任を持つ約束もしました」
美月は雲母に顔を寄せる。
「私は貴女を幸せにすると約束して、そのことに責任を持つと決めました。だから、甘やかすだけでいるつもりはありません」
美月はそう熱弁する。
「もちろん勉強がすべてではありません。ですが、だからといって努力でどうにでもなる選択肢を放棄するのは非合理です」
「ねえツッキー……」
「それはもちろん姉さんにも言えることです。むしろ時期を考えれば――」
「……藪蛇だったよー」
美月の叱責が飛び火し、春陽は頭を抱える。
しかし美月が苦言を口にするのは、相手を想っているから。
それが分かっているから、雲母も春陽の口を挟めない。
(――リリス先輩)
ふと雲母の口元に笑みが浮かんだ。
(まだ、わたしは幸せだって自信を持って言えない)
過去の影は今でも雲母を追いかける。
その手から逃れるには、まだ時間が必要だ。
(でも――いつか幸せになれるって……今なら信じられる)
未来に希望を託せる。
それくらいには、雲母を捕えていた絶望は薄らいだ。
それは小さくても、初めの一歩。
一切の希望のない世界に、一縷の光明が生まれた瞬間。
0%が1%になった瞬間。
不可能が、可能性に変わった瞬間。
戦いの果てに、雲母が得た最高の宝物の話だ。
「……二人とも――ちゃんと聞いてますか?」
「はい……」「聞いてるよー……」
(リリス先輩)
(今はもう、死にたいなんて思ってない)
(死にたくないとも思ってない)
――生きたいって、思ってる。
――それが言いたかった。
絶望が裏返ってからのお話です。
もしも雲母が本作の事件に関わらなかった場合はどこまでもバッドエンドになってしまいます。
だからこそ、彼女は《逆十字魔女団》に誘われたのでしょう。
それでは次回は『旅立ち』です。




