最終章 エピローグ2 暴君が遺した希望
ラフガの正の遺産の話です。
「――――――――――」
とある喫茶店の裏。
金龍寺薫子は土下座していた。
そんな彼女の前で複雑な表情を浮かべているのは灰色の少女――灰原エレナだった。
断食によって成長が止まっていたエレナ。
しかし魔法少女として魔力を地力供給できるようになったことで体の成長が始まり、彼女の背は伸び始めていた。
――もっとも、中学生に見えなくもない程度止まりだが。
大人になった際の妖艶な容姿を想えば、まだまだ年齢相応とは言い難い状態だ。
「先日は……本当に申し訳ありませんでした」
その薫子の言葉には色々な感情がこもっていた。
彼女が女神を目指すことで戦火が拡大した。
エレナと戦い、勝つためとはいえかなり非道な手段を用いた自覚はある。
戦争だったから仕方がない。
そう水に流すわけにはいかない。
灰原エレナと再び友人として歩むためにも、これは必要なケジメなのだ。
あの日の行いを曖昧なままに済ませてはいけない。
そう薫子は考えていた。
「あれは立場上仕方がないじゃろう? それを言うのあれば、妾のほうが人間にとっては……害であったじゃろう」
「それは――」
薫子はそれを安易に否定はできない。
エレナが望んでいなかったことなど百も承知だ。
それに彼女が魔王軍と合流しなければ、魔王ラフガがどのような暴挙を犯していたかなど考えたくもない。
魔王ラフガは思い通りにならないことを嫌う。
思い通りの結果のためなら、殺戮など手頃な手段としか思わない。
ある意味で、エレナが従順であったことはラフガの暴走を抑制する役割を果たしていた。
間接的にではあるが、ラフガによる犠牲者を減らせた。
だがそれは結果論だ。
あのまま魔王ラフガが戦争に勝利していれば、人間にとっての暗黒期は避けられなかった。
そう考えているからこそ、エレナはそんなことを口にしたのだ。
「ともかく、戦争など善悪で語れるわけがないのじゃ。結果として妾もお主も生きておる。そして以前の関係に戻れた――と考えてよいのじゃろう?」
「……はい。また、一緒にお茶会をしてくれますか?」
「無論じゃ」
エレナは花が咲くように笑う。
本当の意味で、全ての重荷から解放された晴れやかな笑顔だ。
もう彼女を縛り付けるものはないのだ。
「そういえば、もう一人誘いたい者がおるのじゃが――」
そんなことをエレナが言いかけた時、店の扉が開いた。
「お姉様~? お客が増えてきたから戻ってきて欲しいんだけど……」
扉の向こう側から顔を出したのはギャラリーだ。
現在、彼女はエレナと共に暮らしている。
灰原エレナの妹として。
かなり無理のある設定だが、元より身元も分からないエレナを拾うような善良な老夫婦なのだ。
深く詮索することもなく、夫婦はギャラリーを家族として迎え入れた。
――こうして二人は、やっと平穏な日常を手に入れたのだ。
「お体の調子はどうですか?」
薫子が尋ねると、ギャラリーはピンクのツインテールを指で弄ぶ。
「夢かと思うくらい調子が良いわね」
――先代魔王の置き土産だと思うと複雑だけど。
ギャラリーはそう息を吐いた。
「貴女たちが得た力――《彩襲形態》は魔法少女をルーツとする力です。だからこそ――今の貴女は、外部からの魔力摂取が必要ない」
――つまり今のギャラリーは、人間を食べなくても生きていけるのだ。
人間と《怪画》。
その種族の間にあった埋めがたい差。
被捕食者と捕食者の関係。
最後までエレナとギャラリーの関係を妨げ続けたであろう要素はすでにない。
――二人を結び付けたのが魔王ラフガだというのは皮肉な話だが。
「正直、先代魔王に感謝する日が来るとは思わなかったわ。それに――女神にもね」
食事の必要がなくなったことに気付いたのは世良マリアの指摘があったからだ。
彼女は魔法少女のスペシャリスト。
そんなマリアだからこそ、ギャラリーの体質の変化にも気付けたのだ。
彼女の指摘がなければ、ギャラリーもその事実を知ることはなかったか――遠い先の話になっていただろう。
自分で気付くには、餓死寸前まで断食しなければならないのだから。
普通に暮らしていて分かるわけがない。
普通に人間を食べ続けていれば、体質の変化など分からない。
「色々と振り回された一年じゃったが……それに見合うものはあった」
「お姉様……」
エレナの言葉にギャラリーが微笑んだ。
「アタシも……諦めなくてよかった。お姉様との未来を諦めなくてよかった……!」
(あの戦いも……悪いことばかりではなかったんですね)
二人を見ていてそう思った。
自分に罪がある事は弁えている。
だが、運命に翻弄され続けた姉妹が笑いあえる今を目にして――少しだけ救われた。
町には戦争の傷跡が今も残っている。
だが、この戦いが残したものは傷だけではなかった。
ギャラリーに関する結末は決めていたのですが、過程は当初と結構変わっていたりします。
そもそも、
《彩襲形態》→レディメイドのキャンバス時点から考えていたと見せかけ、思いついたのは6章中盤。
《彩襲形態》による副次的効果→7章から考えられていたように見せかけ、最終章の途中で気付いた。
という風に、自分で気づいていない描写が遡って伏線になっていたりします。
それでは次回は『黒猫の帰る場所』です。




