最終章 77話 世界を救った少女の最期
ラストバトル最終話です。
「らぁ!」
璃紗が大鎌を振るう。
リリスは迫る刃を――手の甲で防いだ。
「!」
リリスに触れた途端、大鎌が溶け落ちる。
侵食され腐食する刃。
「チッ……!」
璃紗は大鎌の刃の先端を蹴り折ることで、得物を失うことを防ぐ。
「退いてよ、ネッ!」
リリスが璃紗の腹を蹴りつける。
足裏から噴射するウイルスの奔流が璃紗の体を弾き飛ばす。
「まだ!」
続いて悠乃が氷剣を突き出した。
しかしそれはリリスの頬を掠めるだけ。
「はぁ!」
そこからさらに薫子が殴りかかる。
「ぁぐっ……!?」
だがリリスの手が薫子の首を掴んだ。
薫子の首が触れられた部分から黒ずんでゆく。
彼女の体をウイルスが蝕む。
そして彼女はついに動かなくなる。
だが――
「は……?」
薫子のドレスから大量の手榴弾がこぼれる。
一つや二つではない。
自分ごと敵を吹き飛ばす物量だ。
噴き上がる爆炎は悠乃たちごとリリスを襲った。
「っ……」
薫子が地面を転がる。
爆発の中心にいたこともあり、彼女は全身に大火傷を負っていた。
「ったく……!」
爆炎からリリスが脱出する。
彼女も火傷を負っており、煙を吸ったのか咳き込んでいた。
ほんの数瞬だがリリスの動きが止まる。
――ここで降りかかる一つの幸運。
悠乃が爆風に跳ばされた先。
そこには――
「悠乃!」
――璃紗がいた。
彼女は空中で悠乃を受け止める。
「璃紗……!」
彼女に受け止められたことで悠乃の勢いが止まり、すぐに攻勢に転じられる。
一方でリリスは動き出していない。
戦いの中、一筋の光明が見えた。
その隙を逃さない。
「悠乃……!」「悠乃君……!」
璃紗と薫子。
二人と悠乃の視線が交わる。
5年前と今。
二つの大きな戦いを支えてくれた大切な仲間。
彼女たちの言葉が再び――
「行って来い!」「行ってください……!」
――悠乃の背を押した。
璃紗は空中で腰をひねると、悠乃を投げ飛ばす。
標的はもちろんリリス。
「これで――」
迫るリリスの姿。
悠乃は氷剣へとさらに魔力を込める。
細身の剣は今や、大剣に近いほどに肥大化している。
「これで――終わりだぁ!」
一撃で倒す。
その決意を示すように。
☆
(あア――)
リリスの視界に悠乃が映る。
彼女は弾丸のように接近してくる。
その目には不退転の意志が宿っている。
次はない。
ここで勝つという意志を感じさせる。
「アハッ!」
リリスは笑う。
狂気的に、破滅的に。
恐れを知らない特攻。
それが彼女の心に火をつけた。
狂気の炎にリリスは身を焦がす。
「本当に最高だよォ……!」
死を恐れぬ狂気。
それでいて絶対に生き延びるという強い意志をも併せ持つ。
狂っていて、傲慢がすぎる。
だがその強いエゴこそが美しい。
「そんなに愛しいと――壊したくなっちゃうヨォ」
身一つで、剥き出しの心で迫ってくる少女。
そんな彼女に最大の敬意を。
そして――
――――――最大の絶望を。
リリスの口元が三日月を描く。
「あっははきひははひきははははははははははっ!」
哄笑が響き渡る。
世界を壊す狂気を纏い――リリスは吐き出す。
「魔法少女の権限を簒奪ゥ! CODE:『蒼井悠乃』ォォ!」
「『蒼井悠乃は魔法少女ではない』と再定義ィィィ!」
「………………ぇ?」
悠乃の衣装が――消えた。
長い青髪が短くなってゆく。
膨らんでいた乳房が小さくなる。
そして氷剣が――溶けた。
空中という身動きの取れない空間。
そこで蒼井悠乃は――人間になった。
変身が解除されたのではない。
蒼井悠乃は魔法少女でなくなったのだ。
リリスの《花嫁戦形》によって、彼女の魔力が奪われたのだ。
もう悠乃はこれからの未来において魔法少女になれない。
適性というレベルから魔法少女としての芽を摘まれたのだから。
そうして彼女はただの平凡な人間に成り下がった。
――それでも悠乃の体は慣性の法則に従ってリリスに近づいてゆく。
そこに悠乃の意志は介在しない。
たとえ彼女がいくら抗おうとも、もう逃げられない。
人間の身で、神に挑むという運命からは逃げられない。
もうどうしようもないほどに絶望的だ。
「あ、はぁぁ~~~~! こっちにおいでヨォ」
リリスは腕を広げて悠乃を出迎える。
健気な少女に迫る死を想うと、リリスの頬は紅潮する。
そして最後は果実を摘み取るように――
「なっ……!」
だが、リリスの思考が凍りついた。
悠乃の手から溶け消えていった氷剣。
そのまま無手となる――はずだった。
だが――
「はあああああああああああああああああああああああああああああああっ!」
蒼井悠乃の手には――大鎌が握られていた。
(あれは朱美璃紗のっ……!)
おそらく璃紗によって投げ飛ばされた際に、彼女から受け取っていたのだろう。
悠乃が手にしていた氷の大剣。
それは、璃紗の大鎌を芯にして生成されていたのだ。
悠乃の魔力が失われ氷剣が消えたことで、その軸となっていた大鎌が姿を現したのだ。
「これが、最後だぁぁぁぁぁ!」
彼女は――否、彼は叫ぶ。
魔法少女としての力はない。
だが今の悠乃は弾丸のようなスピードでリリスに迫っている。
魔法少女としての筋力がなくとも、スピードを乗せたのならばその刃は――リリスに届く。
「ッ…………!」
悠乃が大鎌を振り抜いた。
折れかけていた大鎌がリリスの胴体を引き裂く。
半ばまで胴体を切断する一撃。
黒い楽園に、鮮血の彼岸花が狂い咲く。
蒼井悠乃の一撃は、女神の命に届いていた。
リリスを倒しても、悠乃の魔法少女としての才能は消失したままです。
だからこそ、世界を救った『少女』の最期なのです。
あと一話で天魔血戦は終わり、エピローグを最後に本編完結となります。
――まあ、エピローグが一週間分くらいある予定なんですが。
それでは次回は『散華』となります。




